第4ステージ コイは見間違い!?⑤

「唯奈、イン、秋葉原~」

「「わ~~~」」


 大きな拍手ともに、唯奈さまが現れ、客席のファンに手を振る。1週間ぶりの唯奈さまだ。なんて贅沢な一カ月なんだろう。


「ツアーが終わって寂しかった気持ちもありますが、ツアー後すぐにリリイベで皆さんに会えるなんて嬉しいですね」


 大宮のときはサイン会のみだったので、いきなり唯奈さまに目の前で会うことになった。いくら事前準備しても緊張してしまう状況だった。

 だが、今回はトークショーの後にサイン会なので、気持ちが少しは落ち着いていられるはずだ。

 だったなら。

 

「それに次は武道館ですよ。ユニットで出たことはありますが、ソロでは初めてです。緊張もしますが、すっごく楽しみですね」


 でも、は違うのだ。

 唯奈さまのありがたい言葉も、この後のことを考えてばかりで頭に入って来ない。


「では、短めですがトークショーは以上です。このあとはサイン会。皆、楽しくおしゃべりするわよ!」


 前の席から呼ばれ、列が形成される。

 刻々と、出番が迫ってくる。

 私は何をしにきて、唯奈さま、天使に会える、でも私は私じゃなくて、俺は何が言いたくて、逃げ出したい、別に何も変ってない、ファンの中の一人だ、結局言いたいことはいえない、見た目が多少変わっても中身は同じなんだ、意味がない、意味なんて、


「ハレさん」


 名前を呼ばれる。ハレと、隣の子が自分を呼んでくれる。

 震える手を、あずみちゃんが優しく握り、肯定してくれる。


「大丈夫ですよ」

「……うん」


 唯奈さまに喜んでもらうために、私がこのイベントを良い思い出とするために、あずみちゃんがここまでしてくれた。どの格好が似合うか考え、わざわざ重たい荷物を持ってきて、変えてくれたのだ。自信をもって、褒めて送り出してくれた。

 よく見られたい。

 そんな彼女の想いに応えられない自分でいたくない。

 そうだ、よく見られたいんだ俺は。

 イヤイヤいいながら、結局彼女を信じた。信じていいと思った。


「ありがとう」


 口から出た言葉に安心する自分がいる。彼女は嬉しそうに笑った。


 席を立ち、列に並ぶ。

 そして、自分の番がやってきた。


「こんにちは」

「こ、こんにちは」


 唯奈さまが目の前にいるという奇跡。

 何度見てもその強い光に、白くなって消し炭になって消えてしまいそうだ。

 けど、大宮の時とは違う自分がいる。


「唯奈さまの歌声に毎日励まされています」


 言葉は自然と出た。


「辛いことも悲しいことも唯奈さまの歌声に救われています。何度も何度も救ってくれました。こないだのツアーも最高で、本当に幸せな時間でした。今度の武道館もすっごく楽しみにしています!」


 言いたいことを今回はきちんと伝えられた。


「ありがとうございます。お姉さん、今日も来てくれたんですね」

「え」


 今日来てくれた?

 唯奈さまの突然の返答に驚く。


「大宮にきてましたよね」

「えっ、はい、そうですけど」


 けど、あの時は格好が違くて、ジャージ姿だった。

 でも、唯奈さまにはわかっていた。俺が、私であると。


「女性ファンは嬉しくて覚えちゃうんです。私、同性には好かれないと勝手に思っているんで」

「そ、そんなことないです! 唯奈さまは女性から見てもかっこよくて、可愛くて、憧れの女の子です!」

「そこまで言ってくれるなんて嬉しいな~。そういうお姉さんも、カッコいい系もいいけど、カワイイ系もいいですねー。今日のお姉さん、すごく可愛い♪」


 可愛い? 私が可愛い?

 あり得ない言葉の連続で体温が上昇するのを感じる。


「あ、ありがとうございます……! 友達に言われて、唯奈さまのために頑張りました」

「そうなんだ、すっごく嬉しい。おでこもチャーミング」

「み、見ないでください……」

「はは、カワイイお姉さんですね。はい、こちら。また会いに来てくださいね」


 サイン入りのミニ色紙を受け取り、言葉を返す。


「はい、絶対に会いに行きます。武道館も絶対行きます」

「うん、最高の舞台にするよ♪」


 最高の笑顔がいつまでも心に残り続けたのであった。



 × × × 


 終わってその場から去っても、心臓の鼓動が止まらない。ドクンドクンと波打ち、喜びを全身に運ぶ。

 お店の外にでて、思わず声に出してしまう。


「あーーーーーー、ガチ恋になるーーーーーー」

 

 唯奈さまからの言葉が嬉しくて、嬉しくてたまらない。

 認知されていた。

 来ている割合の少ない女性特権といってはなんだが、大宮での姿はぱっと見は男性だ。

 灰騎士は今日は気づかなかったし、あずみちゃんだって間違え、告白するまで気づかなかった。


 でも、唯奈さまはわかっていた。

 わかっていたのだ。


 それにあずみちゃんによって、変わった姿をべた褒めされた。

 可愛い、なんて自分のためにあるものじゃなかった言葉が、言われてこんなに嬉しいとは知らなかった。

 他の男性ファンに申し訳なくなるぐらいに、ファンサービスが過剰だった。

 嬉しくて、嬉しくてどうにかなってしまいそうだ。


「あずみちゃん!」


 遅れて降りてきた彼女の手を掴む。


「ありがとう、たまにはこういう格好してみるもんだな。唯奈さまにすごく褒められてさ、すっごく嬉しくてさ。恥ずかしくて、毎日は嫌だけど、唯奈さまに褒められるのは嬉しい。これからも頑張ってみようと思ったよ」


 デレデレで、テンションがやたら高いことを自覚している。

 でも、嬉しい言葉は止まらない。


「それに大宮にきてましたよね、と言われてさ。皆気づかなかったのに、唯奈さまにはわかるんだな。すごいな、あの人は。天使を超えて、神だよ神。本当、今日は来れて良かった。あずみちゃんのおかげだよ」


「よかった、ですね」


 ……あれ? なんだか元気がない。

 もしや、


「あずみちゃん、もしや緊張して唯奈さまときちんとお喋りできなかった?」

「そういうわけじゃありません。楽しく……喋れました」

「そ、そうなんだ。よかった」


 テンション高すぎたかなと少し反省してしまう。


「この後、何か食べる? 今日のお礼がしたいんだ」

「すみません、今日は夕方から家族で用事があって帰らないといけないんです」

「そうなんだね、ごめん」


 語気が強くて、なんだか苛々しているのを感じた。

 東京駅に行き、着替えた場所で元の姿に戻り、服を返す前でも、あずみちゃんの口数は少なく、素っ気なかった。

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