第1ステージ 出会いはすれ違い!?⑤

 灰騎士さんに置いていかれた俺は、じゃあそのままバイバイとはならず、女の子とライブ会場から最寄り駅まで一緒に歩くことになった。

 女の子の名前は、「立川亜澄たちかわあずみ」ちゃんと言った。年は一歳違いの大学生。大学名までは聞かなかったが、神奈川に住んでいるとのことだった。


「立川さんはさ」

「駄目です。同志なんで、もっと親しく呼んでください」

「あずみはさ」

「待って!? 破壊力ヤバいです、呼び捨ては情緒が保てません。……あの、録音するんでもう一回言ってください」


 立川さんはけっこう可笑しい子だった。


「あずあずはさ」

「う、ううん……」


 渋い顔を見せる。この呼び方はしっくりこないらしい。


「あー、もうめんどくさい、あずみちゃんはさ! 唯奈さまのどこが好きなの?」

「……聞いちゃいます?」

「やめとこうか?」

「だって1日中話せますよ? 夜も寝かさない自信ありますよ??」

「俺も人のこと言えないけど、あずみちゃんは唯奈さまのこと凄い大好きだね」

「だって、天使じゃないですか」

「わかる、まじ天使」

「うんうん」


 何だろう、この会話。

 幕張のライブが初めてと言っていたが、あずみちゃんも重度のオタクである。


「ところで、救世主さまのお名前も教えてくれますか」

「救世主って……」

「私にとっては救世主です。あなたの名前を入力してください」

「ゲーム風になった!」

「もう早く教えてくださいよ、あなたの呼び方!」

「ごめんごめん、俺は……」


 何となく正確な名前を伝える必要はないのかな、その時はそう思ってしまった。相手が本名を伝えてくれたのに、だ。ネット文化の弊害ですかね。本名を名乗ることを躊躇してしまう。だから何の気もなしに、俺は名乗った。


「俺はって呼ばれているんだ。ハレで宜しく」


 本名をもじったアカウント名を答える。


「わかりました! ハレさん、ハレさん!」

「そんなに呼ばなくても」

「だって、仲間ができて嬉しいんですよ、ハレさん!」


 気持ちはわかるがはしゃぎすぎだ。1週間分、名前を呼ばれた気がする。

 あずみちゃんは大学でもオタクを隠しているのだろうか。うん、清楚な見た目をしているからきっと隠れオタクなのだろう。オープンにしていても、それはそれで姫扱いされて面倒そうだ。

 そんなこんなで話しているうちに、会場近くの駅についてしまった。


「とりあえず、ここから名古屋駅までだよね?」

「はい、そうです! すみません、ICカードの残額足りないと思うんで、チャージしてきますね」

「おう、わかった。ここで待っているよ」


 バッグを漁り、彼女が財布を取り出す。あ、あれはイベントコラボで売っていた、唯奈さまがデザインした財布じゃん。持っているとは、あずみちゃんはさすがだな。

 と思っていた矢先、

 心の中で褒めた彼女が、その場でフリーズしていた。


「ど、どうしたの?」


 駆け寄り、彼女に問うと彼女は抑揚のない声で答えた。


「グッズ買いすぎました」


「は?」

「お財布の中身がありません」

「……」

「……」


 沈黙が流れた。


「君って、けっこう馬鹿なの?」

「そんなことありません! 会場限定ブロマイドを出すのがいけないんです。ほらサイン入りが当たったんですよ、ほらほら」

「まじで!? すごっ! って、今はマウントをとるんじゃなくて、ね」

「唯奈さまが天使なのが悪いんです! いや、悪くない、唯奈さま天使でありがとう」


 どうやらこの子は、相当に馬鹿な子なようです。


「まぁ、ここはお金貸すからさ」

「いやいやいやいや、切符代まで借りるなんて!」

「ATMまで行くの大変だろ? 名古屋駅で返してくれればいいからさ」

「……はい、ありがとうございます」


 しゅんとする彼女に苦笑いの俺だった。喜怒哀楽が激しくて、見ているだけであずみちゃんは面白い。



 × × ×

 窓から見る外の景色は、もう真っ暗だ。


「…………」


 新幹線に乗りながら今日の出来事を振り返る。

 唯奈さまのライブで名古屋に遠征。灰騎士さんは想像した通りのオタクだった。

 灰騎士さんと唯奈様のライブで盛り上がる、最高だった。また、最高を更新してしまった。

 そして、以前ペンライトを貸した女の子に捕まった。さらに一緒にライブに付き合ってください、と言われる。


「……うん」


 一度のライブで色々なことが起こりすぎだろう。

 ステージの上に立つ人間ならわかるが、イベントが複数起きたのは観客の一般モブの俺だ。いったいどれだけ課金すればこんなイベントが起きるんだよ。

 というか振り返る対象のひとつが、隣の席でぐっすり眠っている。この状況が可笑しい。


「帰る方向も同じだから~」とついつい隣席の券を買い、あずみちゃんと一緒に乗車したのだ。車内で連絡先も交換し、駅で買った弁当を食べながら話していたら、彼女はウトウトし出し、やがて寝てしまったというわけだ。

 大人しい見た目だったが、唯奈さまのことになると饒舌になる、ハチャメチャで面白い子だった。

 それに、可愛い。

 男なら惚れていても可笑しくない。まぁ、俺には唯奈さまがいるから、そういうことはないわけだが。

 灰騎士さんにはその後メッセージを送り、謝った。が、特に気にした様子もなく、「今日はすごく楽しかったですぞ。またライブで!」と連絡がきた。ぜひまた行きたいところだが、今後のライブは、『同志』となったこの子と行くことになるのかもしれない。ちょっと億劫なような、楽しみなような、自分でもよくわからない気持ちが入り混じる。


「新横浜、まもなく新横浜です」


 車内アナウンスが流れ、ここで降りるはずのあずみちゃんに声をかける。


「そろそろ着くよ」

「ごはんがほかほか……」

「どんな寝言だ!」


 彼女を揺すり、目を覚まさせる。うとうとだった彼女の意識がすぐに覚醒する。


「ど、どうもすみません! 安心しきって寝ちゃいました」

「いいよ、いいよ。ライブでエネルギー使い果たしただろ?」

「それはハレさんも同じです!」

「いいから、早く降りる準備して」


 彼女が慌ててリュックを背負う。


「次は感想会ですよ? ゼッタイですからね。また会いましょうね」

「……おう」


 「同志としてまずは今回のライブについての感想会をしましょう」とあずみちゃんの提案で開催することになった。

 ライブ後、灰騎士さんとも感想会みたいなことはしたが、「すごい」「すごかった」の応酬でまともに振り返ることはできなかった。

 それとは違い、日を置いてきちんと振り返るとのことだ。ライブから日が経つとその熱は保てるかなと不安だ。家に帰ったら、きちっとノートにまとめておくべきだろうか。几帳面そうな目の前の彼女ならしっかりとまとめそうだ。


 新幹線がスピードを緩め、完全に停止する。

 彼女が晴れやかな笑顔を浮かべ、「またね」と述べた。


「うん、またな」

「はい、楽しみです!」

「いいから、早く下りないと」

「す、すみませんー」


 本当に見ているだけで面白い子だ。


 窓の外を眺めると、今降りたばかりのあずみちゃんが手を振っていた。

 幕張の時は、窓の外の女の子ともう会うことはない、と思っていた。

 それが今回は、「またね」だ。また会うことになったのだ。


 同志。仲間。友達。


 言葉は何だっていい。俺のぼっちだったライブに、仲間が増えていく。

 俺のライブの楽しさが増していく。

 外の彼女に向けて、手を振り返すと、彼女は俺に向かって微笑んだ。

 らしくない。

 彼女が見えなくなると、手で顔を覆った。

 まだライブの余韻が残っているのだろうか。鼓動が早く、なかなか緩やかにならなかった。

 可笑しい。だって、俺は、


 違うのだから。

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