第31話 告白……?

 うららかな春の日差しが雨雲に遮られて薄暗い午後。 


 俺と舞音は気まずい雰囲気のまま帰路についた。

 その間、俺は心の底から懺悔していた。


 ずっと俯いている舞音。あれから1度も目が合っていない。


 この状況で俺はどうしたらよいのだろう。

 そのことをずっと考えあぐねていたら、とうとう『コーポ夜桜』についてしまった。


 103号室のドアノブに手をかける舞音。このままではダメだと考えた俺は、咄嗟に言葉を発した。



「舞音、本当にごめん」



 俺は、かつてないほど深く頭を下げた。



「舞音の気持ち、何も考えられてなかった。2人でいるのにちゃんと話を聞いてあげられなかったし、美葉を追いかける時に放置してしまったた。酷いことをしたことを自覚して、深く反省してる。本当にごめん」



 しばしの沈黙。やっぱり許してもらえないかと気を落としていたが、ややあって頭上から小さな声が聞こえた。



「……なめしゃん、頭上げてくれん?」



 その言葉を聞き、俺は恐る恐る顔を上げた。

 舞音は、予想に反して淡く微笑んでいた。



「なめしゃんも辛か時に機嫌悪うしてごめんね。気持ち伝わったばい」



 こんな時でも俺に気を使ってくれる舞音。その優しさに心が締め付けられ、涙腺が僅かに刺激された。慌てて目に力をこめる。



「許してくれてありがとう」

「なめしゃん。2つ葉のクローバーばい」

「え?」

「2つ葉のクローバーを美葉しゃんに渡したら、きっと許してくれるけん」



 2つ葉のクローバー。

 花栗がゆるるに教え、ゆるるが俺に伝え、俺から舞音へ渡し、舞音とゆるるから美葉へ渡った。


 『コーポ夜桜』の心を繋ぐ植物。今度は俺から美葉へ渡して、謝ろう。



「……うん。わかった」

「それとね、桐井さんに今日のこと報告するとき、訊きたいことは訊いた方がよかよ」

「ああ。ありがとう」

「それとね……」



 舞音は言葉を切り、少し頬を赤らめた。

 


「また、仲良くしてくれる?」

「……うん。もちろん」



 今度こそ、舞音を傷つけちゃいけないと思った。



***



 舞音が部屋に戻って直ぐ、俺は初めて『コーポ夜桜』の裏庭に向かった。そこにはゆるるの言っていた通り、一面にクローバーが生えていた。


 しかし、大方は3つ葉。2つ葉は中々見つからず、腰が痛くなるほど長時間探した。

 ゆるるはいつも早く見つけてきて本当にすごいと思う。


 そしてやっと見つけた2つ葉のクローバーを優しく握りしめて101号室へ向かったが、何度インターフォンを押しても美葉は現れない。


 せっかくスピーカーを直しても、心の距離が遠ざかってしまえば無意味なのだと思い知らされた。


 心を痛めながら向かったのは201号室。気は沈んでいても、桐井への報告はしなければいけない。

 俺はいつも通り三三七拍子のリズムでドアを叩いた。



「こんにちは。先程幹夫さんに漫画をお渡ししたのでご報告しに来ました」

「こんにちは。お入りください」

「はい……」



 桐井に促され、恐縮しながら部屋の奥へ進み、ちゃぶ台の前に座った。ややあって彼女が玉露を淹れて俺の前に差し出してくれた。


 いつもと比べて心なしかそわそわしているように見える。告白の結果を聞くわけだもんな……。


 もし俺の伝え方が悪かったら、彼女を泣かせてしまうかもしれない。


 もう、女性を泣かせたくない。どう伝えたらよいだろうか……。



「……ダメ、だったんですよね」

「え」



 突然の言葉に思わず狼狽えてしまう。表情を読み取られてしまったのだろうか。


 だが、頷くだけで終わらせてはいけない。俺の口から責任を持って伝えなくてはならない。


 心が痛むが、幹夫さんから預かった言葉をそのまま全て伝えた。泣いてしまうことを覚悟しながら。


 しかし桐井は涙を見せなかった。それどことか、憑き物が落ちたようなすっきりとした表情をみせた。



「ありがとうございます。結果はわかっていました。でも、『また会おう』とおっしゃってくれたことがお世辞でも嬉しい」

「あの、幹夫さんは本当にあなたに会いたいのだと思います。漫画も喜んでいましたし……」

「お気使いありがとうございます。でもいいんです。私、幹夫さんのお言葉通りにします」

お言葉通り……?」

「あの、私――」



 桐井は俺の目をまっすぐ見つめた。

 穏やかなのに強い目力に圧倒されてしまう。



「あなたのことを、好きになってもいいですか?」



 恋には『好きになっちゃう』場合の他に、『好きになろうとする』という種類が存在することを、俺は初めて知った。




 ……じゃなくて、え、俺? どうして?



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