第24話 犬猿の仲が……
桐井が美葉の祖父に失恋した、だと?
それはつまり、既に気持ちを伝えたということだろうか?
「お2人ともそんなに硬直しないでください。直接告白したわけではないんです」
「じゃ、じゃあ、なんで失恋したって思うんです⁉」
美葉は食い気味に尋ねた。桐井は態度を変えず、ゆっくりとお茶をすすってから話を再開した。
「幹夫さんとは私の部屋でお茶をよくご一緒していました」
「私の部屋でって……連れ込んだんですか⁉」
「まぁ、美葉、落ち着いて」
美葉はちゃぶ台から身を乗り出して桐井に問い詰めた。
まだ遺産狙い(あるいはもっと悪質なこと)を疑って必死なのかもしれない。
「連れ込んだのではなく、私の実家がこの玉露を定期的に送ってくれているので、そのおすそ分けという形です。幹夫さんは大層気に入ってくれていたんです」
「あなたを⁉」
「……玉露をです」
美葉は桐井の言葉にかなり敏感になっている。そんな彼女とは対照的に、美葉の言葉に動じない桐井。
犬猿の仲、という言葉が脳裏をよぎった。
「幹夫さんは玉露と猫がお好きでした。実家で『みゃあ』という猫を飼っているのですが、このお茶を飲みながら『みゃあ』の思い出話をすると、とても喜んでくださるんです。それが嬉しくて、たくさんお話させていただきました」
「おじいちゃんは保護猫の支援もしていたので」
「そうですよね。本当に素晴らしい方だと思います」
話を聞けば聞くほど、美葉の祖父は懐の深い善人だと感じる。
俺自身も1度、美葉の心を救った彼女の祖父に会ってみたいと思い始めた。
「そしてある日、私がいつものように『みゃあ』の話をしていると、幹夫さんはボソッと呟いたんです。『
「おじいちゃんとおばあちゃんの仲は不可分です!」
「はい、その通りでした」
「……」
桐井の言葉を聞き、美葉は口を噤んだ。
「幹夫さんは、奥様との思い出話を楽しそうに語っておられました。どこか遠くを見つめ、とても優しい目をしていました。私には見せないような……」
先程まで淡々としていた桐井が、急に言葉に詰まった。切なそうな目をしている。
「そうしたら、『僕は一生妻を愛するよ、ここでずっとね』って仰ったんです……私の入る余地なんてありませんでした」
淡く微笑む桐井の目から一筋の雫が静かに流れた。
すると、隣から鼻をすする音が聞こえた。驚いて横を向くと、なんと美葉も泣いている。
「お、おじいちゃん……ずっとごごにいだいんだよねぇぇ……おじいちゃんががえっでぐるまで、美葉、ごごを守るよぉぉ……」
「お、おい、美葉、大丈夫か」
「小桜さんは、幹夫さんを本当に大切に思っているのですね……私のような
「ぎりいざぁぁん……」
美葉があまりにも泣くので、桐井は押し入れからハンカチを取り、美葉の涙を優しく拭いた。
すると美葉は、そのまま桐井に抱きついた。
数分前まで犬猿の仲であった2人が和解した瞬間だった。
2人は性格が正反対だけど、美葉の祖父を想う気持ちは共通していた。だからこそ、打ち解けたのだと思う。
そして10分程経過すると、美葉はようやく泣き止み、落ち着きを取り戻した。
「……失礼しました。桐井さんが邪悪な目的でおじいちゃんに近づいたわけではなかったことがよく分かりました」
「それは良かったです」
「それどころか、お優しい方ですね」
「勿体ないお言葉です」
「それで気になったんですが……、どうしてずっと家にいるのですか? こんなにお優しい方なら、きっと他の住人ともすぐに打ち解けると思うんですが」
「おい、美葉……」
俺は美葉の不躾な質問に泡を食ったが、桐井は全く動じていないので少し安堵した。
俺と初めて出会った時もそうだが、美葉は遠慮という言葉を知らない。いつもオブラートに包まず、直球を投げてくる。
それは一見短所のような気もするけど、同時に長所であるのかもしれない。
美葉に直球を投げられると、何故かどうしても無視できないのだ。
桐井もそれは同じだったようだ。
「わかりました、お話しますね」
桐井はお茶をひとくち飲むと、ゆっくりと話し始めた。
「自分で申すのは憚られますが、私は2つのジャンルの有名人なんです」
「「え……」」
俺と美葉の声が重なった。
確かに美人ではあるけど、彼女の顔をテレビや雑誌で見たことはない。
一体、何の有名人なのだろう?
すると、美葉は再び直球で尋ねた。
「失礼ですが、私は桐井さんを知りません。何をやっていたんですか?」
「そうですよね、ご存知ないのは当然といえば当然かもしれません。私は……」
すると桐井が、小さく深呼吸をした。緊張感が漂っている。
もしかしたら桐井は、自分のことをあまり人に話さない人間なのかもしれない。
「私は……元アイドル、そして現漫画家です」
……俺と美葉は再び絶句した。
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