第36話 原作

「――とまあ、そんな事があったんです」

「それはまあ。なんというか」


 俺は何と言えば良いか分からず唸った。

 学校の事情に関してはそもそも桜子ちゃんからもそして朋絵ちゃんからもあまり話を聞いていない。

 だからそんな事が学校で行われていたなんてまるで知らない。

 それ以上に原作でもあまり学校での話はしなかったからな。

 抜きゲーなんてそんなもんだ。

 情報の欠如なんて当たり前。

 情報が少ないから矛盾も起きにくいと考えられるかもしれない。

 

「それにしても、マンガかぁ」


 イラスト同好会があるのは知っていたけれども、そんな風な内部構造をしているとは知らなかった。

 謀反を起こす者、と言ったら少し物々しいか。

 その言い方が不味いなら、音楽性の違いと表現すべきか。


「その子達が、夜月ちゃんにストーリーを書いて欲しいと、そういう風に言ったんだね?」

「ええ、そう言う事らしいです。何でも、自分達の能力では面白い話を作り出すのは不可能なのだと痛感したからだとか」

「……それが分かっているなら普通にイラストの方向に転換するべきなのでは?」

「それでもマンガを描きたいって事でしょうね」

「まあ、気持ちは分るけどね」

「それで、私に原作を書いて貰って、それで学園祭の時に結果を出し、部員を増やし、そして独立するというのが彼女達の計画なのだそうです」

「何て言うか、ガバガバだな」

「ガバガバです」


 勝手に人を巻き込もうとするなら、もっと緻密に画策して欲しいです。

 珍しく不愉快そうにぶつくさ言う夜月ちゃん。

 そうとう腹立たしかったのか、はたまた面倒くさかったのか。

 多分、両方だろう。

 彼女の性格的に、そういう事に巻き込まれるのはイヤだろうし。


「でも、私は。」

「……うん?」

「えっと、ですね」


 彼女は少し口ごもった後、それから顔を上げる。


「彼女達の計画とやらに、便乗してみようかと思います」

「……便乗?」

「原作の話を書くって事です」

「それは、どうしてだい?」


 少し驚く。

 こんな事をするようなタイプじゃないのに、夜月ちゃんは何を考えているのだろう。

 何か、内面の変化があったのだろうか?

 もしくは嬉しい事でもあったのか。

 ……弱みでも握られたのか。


「ああ、いや。別に何か悪い事があったからではないです」

「あ、そう」

「ただ、彼女達は、こう言ってくれたんです」

「……」

「私の考えた話が、面白いと」

「それは」

「だから、彼女達のための物語を、ちょっと書き記してみようかと、そう思いました……駄目でしょうか?」

「いや」


 少し、ほんの少しだけ頼りなさげにそういう彼女に俺は微笑み、言う。


「そんな事はないさ。きっとそれは、君にとって大切な経験となるだろう」

「別に経験が欲しいからって訳じゃないんですけどね」

「同じ事だよ。そもそも、そんな風に思える事自体が成長だと、俺は思う」


 だから、と俺は言う。


「好きにしたら良いと思うよ。好きにして、いろいろな事を彼女達と話してくれば、きっと面白いんじゃないかな」

「ええ、そのつもりです」


 少し恥ずかしそうにはにかみながら頷く夜月ちゃん。

 そんな風に笑顔を向けてくれる事自体が、彼女にとって大きな成長だ。

 改めて、そう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る