第34話 準備は整った!

 まずは、作った私から試食してみる。


「……!」


 んん~~~~!

 私は両方のほほを手で押さえた。

 固さに関しては、スイのものよりは柔らかめ。歯を使わずとも、ホロホロと崩れていく。味についてだが、ただ甘さと酸味のバランスが良いだけでなく、旨味うまみもしっかり出ている。むしろ一番のポイントか。隠し味に蜂蜜を入れたのだが、トマトの味を邪魔していない。本当に『隠し』程度なので。飲み込んだ時の喉越しはスルンとしていて、冷たさも手伝って気持ちが良い。

 これは……会心の出来かもしれない。


「ソラのも食べてみていい?」


 ハナが言ってきたので、私は2回首を縦に振った。これは是非ぜひ、食べてほしいので。


「……ふおッ! う、うま~~! 何これ、超美味おいしいんだけど!」


 フフフ、驚いてる驚いてる。彼女は今にも跳びはねそうな雰囲気だった。

 そこへ入ってきたのが、スイだった。


「ちょっと、オーバーリアクションなんじゃない? そんなにいいの? これ」


 スイも、スプーンで一口分をすくって口の中へ運んだ。


「!」


 私は競争相手の感想を期待した。


「……ま、まあまあね。私のものと比べても……まぁ、そんなに大した差はないんじゃないかしら? いい勝負にはなりそうね」


 私の料理をけなすような発言はしなかった。ちょっと意外だと思っていたら、


「やばっ、負けそう……?」


 こっそり漏らしたこの一言。それを私は聞き逃してはいなかった。心の中でだけVサインをした。

 とりあえず、2種類の料理をハナに食べてもらったが、これは正式な審査ではない。勝敗を決めるのは、私の旅の同行人ではなく──赤の他人。それも、私やスイのことを知らない者でなければ、公平とは言えない。では、この店の主人も駄目なのかと私が言うと、


「ん? 呼んだかい?」


 その彼が、ひょっこり顔を出した。私が頼んでみると、できないと言われた。


「悪いけど、俺は審査員にはなれないな。両方とも美味しそうにに見えるけど……たぶん、スイのことを贔屓目ひいきめで見てしまうんだろうからなぁ。やっぱり、昔なじみってのは大きいから。そこのお嬢さんではどうだい?」


 主人は、目でハナのことを指した。私は、似たような理由で(彼女は)適さないと言った。どちらも、人情というものがボトルネックになっている。

 ミラさんは? とハナが言うと、


「私は、魔物入りのものを食すこと自体、ちょっと……」


 というわけで、断られた。


「あ、そうだ!」


 ハナが手を打って、こう述べた。

 この町にも冒険者ギルドがある。そこにつどうのは、この町の者だけとは限らない(どこのギルドでも言えることだが)。他所よその地方の、自分たちのことを全く知らない者が来る可能性も低くはないはず。自分がこれから行って、誰か引き受けてくれる者をこの場所に連れてくれば、問題は解決するのではないかと。


「いいんじゃない? この町のギルドは小さいながらも、人の出入りはそこそこあるから、私は期待してるわ。ソラも、それでいいかしら?」

「うん、私も賛成」

「決まり! んじゃ、善は急げってことで。ミラさんも一緒に行こ♪」


 ハナは、ミラさんの手を引いて食堂を出た。残った者たちで、テーブルのセッティングをすることにした。

 2種類の料理をそれぞれ1人分、水の入ったグラス、フォークとスプーンを、手際よく並べていく。複数人でやると、完了するのもあっという間だ。



 あれから約10分。ハナたちの方はうまくいくだろうかと思っていた矢先に、


「ただいまー!」


 戻ってきた。彼女はどのような人を連れてきたのか。私は少し胸がドキドキしていた。


「ヨォ! 君たち、料理勝負とは粋なことをするもんだねぇ! う~ん……どちらも美味しそうだ。たいしたもんだねぇ。おっと、腹の虫が鳴っている。早く食べたいぜ、フゥ~!」


 現れたその男性のテンションの高さに、私もスイも唖然としてしまった。

 まさかとは思うが……。


「え、もしかして、この人が……?」


 他人を指さすのは、マナーとしては良いとは言えないが、つい、手がそのように動いてしまった。


「うん。ギルドに行った時、この、なんかチャラそうな人から声をかけられてね。ちょっと怖かったけど事情を話したら、審査の方、やらせてくれって。なんとなく不安はあったんだけどさ、断ったら失礼だろうし……全然知らない人って条件にも当てはまってるんだし、この人で妥協してくれないかね?」

「う、うん。まぁ……ちゃんとやってくれるんだったら、どんな人でもいいんだけどね、こっちとしては」


 特徴的な、盛った髪型と派手な配色の服の、この男性。第一印象は、お世辞にもカッコイイとは言えなかった(私の美的センスは人並みです)。スイは、怪訝けげんな表情で彼のことを見ている。私も、『怪しい』というフレーズが頭にこびりついて離れない。

 だが、当の本人は楽しそうに鼻歌なんて歌っている。レンズの黒い眼鏡めがねをかけているため、表情は読み取りにくいが。


「おっと、食事の前には手を洗わなければ。ちょっと失礼」


 男性が一時的に離れた(視界から消えた)ところで、スイがハナに抗議する。


「アンタねぇ、もうちょっとマシな人連れてきなさいよ。なんだってまた、あんなヤバそうなの……」

「お嬢さん、人を見た目で判断するのはよくないぜ。俺はこう見えて、ガラスのように繊細つピュアなハートの持ち主なのさ。ちょっとでも傷がついたら、立ち直るのに一晩はかかっちゃうねぇ」


 戻ってくるの、早っ!


「あら、結構長く引きずるタイプ? そういうの、私は苦手だわ」

「綺麗な心を持ってるのかぁ……」

「ハナ、ソラがこの人を肯定しようとしてるわよ」

「や、それくらいなら別に。ソラがこの人色に染まらなければいいだけのことだし」


 ハナたちと一緒に来た男性、恰好かっこうはアレだが、悪事を働くような人物ではないのだろうな、と思えるようになってきた。とはいえ、こちらからはやはり少し話しかけづらかったので、ハナにたずねた。それは報酬の件。いくらで引き受けてくれたのかというと──なんと、無料タダ

 うむ。間違いなく、この男性は良い人だ。

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