第22話 再来の熱砂(2)コンテナの夜

 飛行機が着陸したのは、砂漠に囲まれた空港だった。

 今度は自分の足で大地に降り立った湊は、ある種見慣れた景色に溜め息が出た。

「懐かしいか」

 シェンが訊くのに、

「涙が出そうだな」

と返しておく。

 そしてジープに分譲して、またも注射を打たれて眠りについた。


 湊の部屋の鍵を開けてもらい、涼真達はそこに泊まり込んだ。

 待っていた電話は、早く入った。

『やあ』

「もしもし!?オシリス!?」

『もし違っていたらどうするんだ?』

「あ」

 涼真は口を押えた。

『カナリアは赤龍に連れて行かれたんだな』

「そうです。2回は狙われたのに」

『ふむ。興味を持ったんだろうな、カナリアの特技に』

「それって、危険を察知するあれですか」

『そう。あれは重宝するだろう。それにほかのも、便利がいい』

 涼真達はスピーカーフォンで聞いていたが、全員がムッとした。

「そういう言い方はどうかと思います」

『ははは。君はあれのいい友人みたいだなあ。

 安心しろ。必ずあれは取り返す』

「オシリスさん」

『他人のペットに手を出して無事に済むと思っているのかね、あの若造たちは』

「ペットって、湊は――」

『関係ないとは思っていないから、こうして電話を待っていたんだろう?』

「そ……れは……」

 全員が言葉に詰まる。

『意地悪を言うつもりじゃなかったんだがね。悪い悪い。

 まあ、今回のこれは、湊が選び直すいい機会になるだろうね。自分は、どこで生きる人間か』

 涼真は震えそうになった。

 雅美は、

「湊君は、私達のところに戻ってきます。あなたに頼みたいのは、あなた達と赤龍の争いに巻き込まれた湊君を、当事者の責任として助けて欲しいという事だけですから」

と言った。

『選ぶのは本人。そして俺も、諦めのいい男じゃなくてね。

 じゃあ』

 電話は切れ、涼真達は詰めていた息を吐いた。

「何と言うか、変わった人でしたね」

 悠花が言葉を探しながら言う。

「歪んだ、ある種の愛情を持っていない事もないんでしょうか」

「自分のものだっていう独占欲かも知れないし、10年も子供の成長を見て来たには違いないもの。親類か親みたいな気分があるのかも」

 それに涼真が口を尖らせる。

「親なら、自分達が逃げる時間稼ぎに湊を時限爆弾につないだりしませんけどね」

 それには皆、納得した。


 どこをどう走ったのか、ジープは砂漠の真ん中で止まり、それで湊は目を覚ました。

「よう。お目覚めか」

 外は真っ暗で、プラネタリウムの如く星が見える。それと、立ち並ぶテントも見えた。

 シェンはニヤリとすると、おどけたように言った。

「俺達のホームへようこそ」


 テントは遊牧民の使う移動式のもので、ガチャガチャという武器の手入れをしているらしき音や皿の音、話し声がする。

 そして歩き回っているのは男女も年齢も様々だった。

 そんなテントの間を通り、奥のコンテナへと連れて行かれる。

(またこれか)

 子供の頃、他の子供達と一緒に閉じ込められていたのも、こういうコンテナだった。

(昼間は暑いし夜は寒いんだよな。おまけに泣いたりわめいたり叫んだりする声や悲鳴は反響して体中に響き渡るし)

 怯えて泣く子供、兄弟や仲のいい子を失って泣く子供、自分を捨てた親を恨んでののしる子供、コンテナに残されている間に聞こえて来る爆発音に耳を塞いで叫ぶ子供。

 甦るそれらの記憶を、奥へと沈める。

「ここに入っててくれ」

 湊を軽く押して中に入れると、外から鍵を閉める。

 湊は中を見回した。

 コンテナには一応窓が作ってあり、鉄パイプを溶接して鉄格子代わりにしてある。そして、板でふたをして閉められるようにもなっていた。暑い時にはこれを開けて、外の風を入れろという事だろう。

 真ん中には絨毯が敷いてあり、その上に毛布も置かれていた。

 仕方がないと絨毯に寝転がり、毛布をかぶった。


 子供の声がする。

「何で私を売ったの!羊よりも安いお金で!殺してやる!ここから出せ!」

「お母さん、どこ」

「弟はどうしたの!?返して!」

「どうせ皆死ぬんだ。次は誰が吹き飛ぶ番かな」

「死にたくない!嫌だ!何でもするから、歩きたくない!」

 コンテナの中に声が響き、渦巻き、体中に突き刺さる。

 耳を塞いでも、目を閉じても無駄だ。逃れられない。

 ふと、彼らの言葉が理解できている事に気付く。

(そうか。これは夢か)

 そう思った湊だったが、ふと顔を上げると、暗闇の中にゆらゆらと揺れながらこちらを見て立つ子供達と目が合った。

「どうしてあんたは生きてるの」

「何で無事なんだ」

「お前もこっち側に来るべきだっただろ」

「あんたも死ねよ」

「1人だけずるいわ」

 言いながら、ゆらゆらと近付いて来て、手をのばす。

「俺は――!」

「ねえ、何で?」

「ねえ、こっちに来いよ」

「カナリア。お前はこっちだろう」


 ハッとして飛び起き、湊は寝ていた事に気付いた。コンテナのせいで、昔を思い出し、こんな夢を見たらしい。

「……はああ」

 溜め息が出た。



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