第9話 リトル・レディ(4)襲撃

 北浜と順子を二階に上げ、悠花をつける事にする。

「必ず守ります。

 レディ。泣かないで大人しくしていてくれるかな」

「と、当然でしょ。こんな時レディたるもの、泣きわめいたりしないのよ」

 順子は震える手で北浜の腕に捕まりながら、そう強がる。

「チビ、いいか。お前はレディのナイトだ。敵に突破されたら、容赦するな。レディを守れ」

「ウォン!!」

 チビは言う事がわかるのか、力強く一声上げた。

「絶対に鍵を開けるな。それと、すぐに警察へ連絡してくれ」

「はい!」

 悠花はスタンガン片手にそう言い、すぐに北浜と順子とチビを連れて階段を駆け上がった。

「侵入口は、表玄関かリビングの大きな窓ね」

 言っているうちに、玄関チャイムが鳴らされる。そして、庭を横切って行く影もすりガラス越しに見えた。

 階段下を死守すれば二階へは行けないが、その階段は、家の真ん中あたりにある。

 玄関ドアをこじ開けるのは近所から丸見えで目立つ。その点リビングなら、塀で見えない。

「リビングだな」

 言いながらリビングへ移動する。

 大きなガラス窓の向こうに、男が何かを振りかぶっているのが見えた。

 ガラス窓の鍵のところにガムテープが貼ってある。

「ガラスを割られたら掃除も大変だな」

「そうね。ガラス代を支払うかどうかもわからないわ」

 中から人が現れて躊躇したらしいその男2人を見ながら、湊と雅美は大股でガラス窓へ近付いて行く。

「おい?」

「庭で対処する」

「涼真君は、中で万が一抜かれた時の為に待機してて頂戴」

 湊と雅美は言いながら特殊警棒を伸ばし、無造作といえる足取りで窓を開けた。

 途端に男がスパナを振り下ろして来るので、湊はそれを避け、肩を打ち据え、膝を蹴り飛ばした。

 雅美の方は、もう1人が降り下ろしてくる前に接近して顎を膝で蹴り上げ、腹を蹴り飛ばす。

「伸びてるな。涼真、拘束しててくれ」

 言い、湊と雅美は玄関へ回る。涼真はポケットからビニールの結束バンドを出して、脳震盪を起こしている彼らの腕を拘束した。

 湊と雅美が玄関へ回ると、玄関ドアの前でチャイムを鳴らしていた男が、ギョッとしたような顔をし、逃げ出そうとした。

「仲間を置いて行くの?友達甲斐の無い人ね」

「付き合えよ」

 庭に回った男2人はチンピラ丸出しだったが、この男は、スーツをきちんと来たセールスマンのように見えた。

「くそ!」

 しかし、この男が手にした武器は、大きなキャンプ用ナイフだった。

 女性の方が何とかなると思ったのか、雅美に突っ込んでいく。

 それを湊は悠然と見ていたが、雅美もそれを難なく弾き、肘に警棒を叩き込んで突き放す。

「ぎゃあ!」

「近所迷惑だ。黙れ」

 無造作に湊が男のすねを打つ。

「うわああ!」

「うるさいわね」

 雅美が顔をしかめ、肩を打ち据えた。

 それでやっと男は地面に倒れ込み、パトカーのサイレンが聞こえて来た。


 リップスティック型のメモリースティックは被害者のもので、会社の裏帳簿が入っていた。

 男達の自供によると、撲殺された女性はある会社の経理係で、裏帳簿に気付き、係長が横領していると思ったらしい。それで係長を脅したら、それは横領ではなく、献金のために上からの指示でしていた裏金工作で、上が懇意にしている暴力団に依頼してその女性を殺したという。

 しかし裏帳簿のデータが見付からず、探しているうちに、どうもそこを散歩している女の子が拾ったのではないかと思い至り、盗聴器を付けさせて監視していたらしい。

 最後の確認と挨拶に家を訪れると、順子はツヤツヤの唇で澄ましていた。

「リップクリームですか。お似合いですよ」

「あら。よくわかったわね。チビと同じくらいには気が利くようになったじゃない」

 機嫌よく笑う順子に、皆は笑いをこらえる。

「少しはママみたいになれたかな」

 悠花はにっこりと笑った。

「順子ちゃんは、素敵なレディですよ」

 順子はにこにことしている北浜に嬉しそうにくっついた。

 井川も、順子を引き取る事は諦めたらしい。

「この子と2人、やっていきますよ」

 北浜は笑った。

 と、チビが音もなく現れて、涼真に飛びかかる。

「うわあ!チ、チビかぁ」

「チビ、フリスビー取りの競争がしたいのね!」

「わん!」

「勘弁してくれぇ!」

 思わず悠花が吹き出し、皆が笑い出したのだった。


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