ワールドクルセイダーズ

ビジョン

日本 松本市

プロローグ 世界十字軍

 広大というのも愚かしい遥かな宇宙の彼方で、大きな戦いがあった。その戦いは余波だけで星々が吹き飛び、空間に歪みが生じるほどの苛烈なものだった。


 しかしどれほど激しい戦いであろうと、いや、激しい戦いだからこそ、いずれは必ず勝敗が決する。


 銀河を揺るがす激戦の末、敗れた側の勢力は尽く殲滅されたが、僅かに戦場から離脱し落ち延びた者達が存在していた。


 逃げ延びた落ち武者・・・・達は復讐を誓い、勝利勢力の目の届かない辺境の惑星にて再起を図ろうと企んだ。そんな彼等の目に一つの惑星が止まった。水と大気に覆われ数多の生命が存在するエネルギーに満ちた星。


 彼等はその星を再起を図る拠点とする事を決めた。戦いによってそのエネルギーの殆どを失った彼等だが、その惑星に存在する生命エネルギーを根こそぎ奪い取る事で自分達は復活できると考えたのだ。


 そして彼等はその惑星の各地に降り立って根を張っていく。この星の全ての生命、そして最終的にはこの星そのものを吸い尽くす為に。



 彼等の侵略・・は深く静かに行われた。故にその惑星に住まう生物は殆ど・・彼等の存在に気づく事さえなかった。また仮に気付いた者がいても、敗戦で力を失ったとはいえそれでもまだ強大な力を有している彼等に抗える生物は、この星に存在していなかった。


 徐々に、しかし確実に浸透していく彼等の影響。この星の生物はその侵略に為す術が無いかに思われた。だが……


 彼等の存在に気づき、尚且つ彼等の力に対抗できる能力を備えた者達もこの惑星に僅かに存在していたのだ。


 かつてこの惑星を守護していた、古き神々の血を引く異能者達が……





*****




 アメリカの首都、ワシントンDCに建つ『ワシントン大聖堂』。米国聖公会の主教座(総本山)であるこの聖堂の中にある祭壇で、1人の聖職者が一心不乱に瞑想していた。


 ジューダス・アクランド。総裁主教……つまりは米国聖公会のトップに位置する聖職者である。聖堂には他にも何人かの司教や司祭達が、固唾を飲んで総裁主教の瞑想を見守っている。


 ジューダスは非常に精神を集中しているらしく、その額には大量の脂汗が浮かんでいた。そんな時間がかれこれ1時間ほど続き……



「……!!」


 ジューダスが目をカッと見開いた。同時にその場に崩れ落ちるように倒れ込む。


「主教!」


 見守っていた何人かの司教達が駆け寄って介抱する。ジューダスは激しく息を荒げながらも、その目線は鋭く見開かれていた。


「来るっ!」


「え……!?」


 司教や司祭達が一斉に注目する。ジューダスは彼等に向かって声を張り上げる。



「神の預言書に記されていたその時・・・が遂に来たのだ! この地上に生けとし生きるもの全てに大いなる災いが降りかかる! いや、既に侵略・・は始まっている! 邪悪で異質な存在がこの星を蝕んでいる! 我々はすぐにでもこれに対処せねばならん! さもなくば遠からず人類は……地球は滅亡する!」



「……っ!!」


 その場に居合わせた者達は一様に息を呑んで青ざめる。何も知らない外部の者がこの光景を見たら総裁主教が錯乱したとしか思わないだろう。だがここにいる者達は聖公会でも上位に当たる司教や司祭達ばかりで、彼等はジューダスが真実を述べているという事を知っていた・・・・・


「殆どの人間はこの侵略に気付いてすらいない。よしんば気付いたとしても、只の人間・・・・にこの侵略に抗う術はない。どのような軍隊や兵器を持ってしてもだ」


 ジューダスは周囲を取り巻く者達を見渡す。



十字軍クルセイダーだ。邪神の侵略に対抗する為の十字軍を結成しなければならん! 我らだけでは駄目だ。この地上に存在するあらゆる力・・・・・が必要だ。外宇宙からの侵略に対抗する世界十字軍・・・・・ を結成するのだ!」



「せ、世界十字軍……!」


 司教たちが慄く。仮にもキリスト教聖公会の長たるジューダスが、何の躊躇いもなく他の神々・・・・の力も借りなければと宣言した。それこそが差し迫る危機の深刻さを物語っていたからだ。



「アリシア司祭は今どこにいる?」


 ジューダスに問われた司教の1人が渋面を作る。


「今はアリゾナで発生した邪鬼退治に出掛けていますが……あのテキサス女・・・・・を使うのですか?」


「当然だ。あやつは現在、我が聖公会が有する唯一の『神化種ディヤウス』。まさにこのような時の為に聖職者らしからぬあやつの放蕩を許してきたのだ。今こそ存分にその役割を果たしてもらわねばな」


 ジューダスの言葉に司教は増々渋面を深める。


「全く……あのようなはみ出し者がガブリエル・・・・・の力を有する『神化種』とは。神は一体何をお考えなのか……」


「神の御心は我ら定命の者には計り知れん。いいからアリシア司祭を呼び出すのだ。これは人類全体の存亡が懸かっておる一大事。つまらぬ遺恨は捨てよ」


「……仰せのままに」


 有無を言わせぬジューダスの態度に、司教は嘆息しつつ一礼した。




*****




 ナバホ・ネイション。アリゾナ、ユタ、ニューメキシコの3州に跨る広大な先住民インディアン自治区。


 広大と言えば聞こえは良いが、その大部分は不毛の荒野で、碌に電気も水道も完備されていない貧しい暮らしを強いられている先住民達の集落が点在しているのみだ。


 そんな集落の一つで大きな問題が発生していた。水道が整備されていないこの集落では未だに生活用水を村外れにある井戸に頼っているのだが、最近になってその井戸を無法者達が占拠し、使用できなくしていたのだ。


 州警察は『自治区』の問題だからと対処はしてくれない。アリシア・・・・がその集落を訪れたのはそんな状況であった。



 彼女が村外れの井戸に赴くと、そこには10人程のガラの悪い男たちが屯して、井戸から好き放題水を汲み出して、笑いながらがぶ飲みしたりその辺にぶち撒けたりしていた。一見して暴走族ヘルズ・エンジェルスのようで、周囲には彼等の乗ってきたバイクが並んで停めてある。男達は全員が銃で武装していた。確かにこれでは村の人々は手が出せないだろう。いや、それ以前に……


 アリシアが近づくと男達が一斉に視線を向ける。そして一様に口笛を吹いて囃し立てる。


「ヒュウ! おいおい、見ろよ。色っぽい姐ちゃんが近づいてくるぜ!」


「出張エスコートか? 村の連中も気が利いてるじゃねぇか!」


「よぉ、カウガール・・・・・の姐ちゃん! 俺たちの相手してくれんのか!?」


 男達の野卑な目線がアリシアに集中する。それもそのはず。彼女の外見はゴージャスな金髪美女であり、メリハリのあるそのボディを包む衣装は丈の短いホットパンツと革製のベスト、カウボーイハットにブーツという露出度の高いウェスタンカウガールの衣装であったのだ。男の目を惹かないはずがない。


 だがアリシアはそんな視線には慣れっこだったので特に気にしていない。否、それよりも彼女にはある意味でその衣装に相応しいもう一つの特筆すべき点があった。


 その腰にベルトと一体になったホルスターが装着されていて、そこには武骨なリボルバー式の拳銃が収まっていたのだ。男達もそれに気付いた。


「おい、姐ちゃん。物騒な物持ってるじゃねぇか。怪我する前にそいつを寄越しな」



「ふん……低級の邪鬼どもだな。大方その男達の欲望と凶暴性に反応して取り憑いたか」



「……!」


 アリシアがここに来て初めて口を開いた。美声だが凛々しい口調だ。だが男達はその言葉の内容にこそ反応した。


「てめぇ、ナニモン――」


 ――バァァァンッ!!!


 男達の目つきと雰囲気が変わり、手にした銃を彼女に向けて詰問しようとした瞬間、激しい光と銃声・・が迸った。



「な……」


 アリシアが銃を抜いていた。そしてその銃口からは硝煙が上がっている。彼女がいつ銃を抜いたのか男達にはさっぱり見えなかった。その恐ろしい早抜きもさる事ながら、何よりも驚くべきはほぼ同時・・・・に男達の約半分……つまり6人ほどが銃弾で胴体を撃ち抜かれて倒れたのだ。


 銃声は一発しか聞こえなかったにも関わらず、同時に6人が倒れた。実際には連続した銃声だったのだが、あまりの早業に大きな一発の銃声に聞こえたのだ。


 そして更に驚くべき事が起こった。銃弾を受けて倒れた男達の身体が急速に変異・・して、毛のない青っぽい皮膚に乱れた蓬髪と異様に長い牙が生え並んだ怪物の姿になったのだ。そしてその怪物の姿のまま動かなくなった。


「馬鹿な……!?」


 残った男達が動揺する。自分達・・・がただの銃弾などで死ぬはずがない。自分達の正体を知っていた事といい、彼女が只者ではない事に遅ればせながら気付いたようだ。


 残った男達が一斉に怪物の姿に変異する。だがアリシアは全く慌てず、それどころか馬鹿にしたように鼻を鳴らした。



「ふん、ようやくその気になったか。呑気な連中だ。尤も私がこうして来た時点で貴様らは詰んでいるのだがな」


『ホザケ、人間ノ雌如キガ……!!』


 残った邪鬼達が一斉に散開して襲いかかってくる。見た目だけでなくその身体能力も人間離れしており、凄まじい速度で殺到してくる。アリシアの銃は一丁なので、どれだけ早撃ちであろうと複数の方角からの同時攻撃には対処できないはずであった。ましてや銃はリボルバー式で、とても次弾を装填している余裕はない。だが……



「人間? 違うな。私は……『神化種ディヤウス』だ!」



 アリシアがリボルバーを構える。そしてその上にもう一方の手を置いて、自らの神力・・を銃に送り込む。


拡散神聖弾ホーリー・スプレッド!」


 その瞬間、彼女の銃口から先程よりも更に強烈な閃光が迸った。同時に発射された光弾は6つの方向に拡散・・した!


『ナ……!?』


 邪鬼達の目が驚愕に見開かれる。そして迫ってきていた邪鬼達全ての胸を、拡散した光の銃弾が撃ち抜いた。神力が込められた銃弾で撃ち抜かれた邪悪な魔物たちは、断末魔の声を上げる間もなく消滅していく。



 時間にして30秒にも満たない短時間で邪鬼達を殲滅したアリシアは、しかしそれを誇るでも驕るでもなく、憂いを帯びた表情で嘆息しながら銃をホルスターに収納した。


「……今月だけでもう3件目だ。雑魚とは言えこう頻度が上がってくると人への被害も馬鹿にならん。最近明らかに魔の存在が活性化してきているな」


 何かの前兆か、もしくは既に何かが起きはじめているのか。アリシアは漠然とした不安を感じていた。

 その後村人にもう井戸が安全だと伝えて集落を後にしようとした時、彼女の携帯が鳴った。


「む……? ち……ダヴィド司教か。今度は何だ?」


 彼女は舌打ちしつつ電話に出る。電話の相手は一応・・組織上では彼女の上に当たる相手だ。無視する訳にも行かない。


 あからさまに面倒そうな顔と声で電話に出たアリシアだが、しばらく通話を続ける内に徐々にその表情が真剣な物に変わってきた。


「……了解した。これからすぐに主教座に戻る」


 アリシアはそう言って通話を切った。図らずも彼女が先程感じた漠然とした不安の原因がある程度・・・・判明した。しかし彼女の顔には電話を取る前の憂いや不安はなく、むしろ自らの使命に逸る喜びがあった。



「どうやら私の『神化種』としての力を存分に役立てる時が遂にやって来たようだ。ふふ……|日本・・か。不謹慎だが、楽しみではあるな」



 彼女は不敵な表情で笑うと自らの単車に跨り、一路主教座のあるワシントンDCに向かって走り出した……


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