第24話 ガレージセールへの誘い


 放課後、いつものように僕は部室へ行くと、


「実はお願いしたいことがあるの」


 部長が話し始める。


「何かしら? 私にできることがあればお手伝いしたいわ」


 中崎さんの言葉は心からのものだ。

 本当にいい人だなぁ。

 でも、僕の心は戦々恐々としている。

 果たして何を言い出されるやら。


「ガレージセールに協力してほしいの」


「ガレージセール?」


 僕と中崎さんが声を揃えて聞き返す。


「実はね。私の行きつけの美容室に通う奥様たちが、自分の作った手芸品を置いていくの」


「美容室に手芸品を?」


「ええ。それを待合室に展示して、欲しい人がいれば売ることになっているの。価格は製作者本人が決めているわ」


「売れるんですか」


「時々、興味を持った人が買っていくのだけれど、オーナーから別な方法を試したいと相談を持ち掛けられたの」


 ふーん。

 オーナーは奥様方をプロデュースしたいわけ?


「それでね。オーナー家のガレージでセールをすることになったの。売上の一部をチャリティとして寄付するわ」


 で……僕たちが何をするんだ?


「お願いは二つあるの」

 

 いよいよ本題だ。

 僕は部長の話に神経を集中させる。


「一つは私たちも出品をすること。お客様の作品だけだと、数が少ないし、傾向も偏るから。オーナーは、せっかくやるならば、規模を広げたいと言っているの。だから、何かしらセールのために作って欲しいの。もちろん私も用意するわ」


「私やるわ。チャリティバザーみたいなのものよね? 一度やってみたかったの」


 中崎さんが即答した。


 なるほどー。

 まぁ、そのぐらいならば協力してもいいかな。


「もうひとつは……全体の売上が上がるようなアイディアを出してほしいの」


 売上か……。


「どうかした? 坂下君」


 部長が僕を見た。


「……」


 僕は考える。

 なかなか面白そうだ。好きな手芸品に関われるし……。

 だけど……。


「参加したくないの? 自由参加だからかまわないわ。これは部活とは別のことなの。課外授業みたいなものね」


「いえ。そういうわけではありません。ただ……」


「ただ?」


「僕が協力するのは、二つ目のクエストだけにしていただけませんか?」


「二つ目だけ? 売り上げをあげるアイデアを考えてくれるの?」


「はい。一人がいろいろなことをするよりも、分担制の方が効率がいいと思います」


「なるほどね……」


 部長は、あごに手を軽く添えて考え込んだ。


「でも、それだと出品数が減るわ」


「それは考えておきます」


「ふーん」


 部長が興味深そうに僕を見た。


「分担制ねぇ。確かに効率がいいわ。でも、責任も重くなるのよ。達成できなければ、ダイレクトに貴方がそれを背負うことになるわ。それでもいいの?」


「はい」


 荷が重いけど、目的を達成するためにはその方がいい。


「じゃぁ、それでいきましょう。私に何か協力できることはある?」


「まずは、美容室のお客さんの創作物の画像と、それぞれの価格、過去の売り上げを調べてもらいたいんです」


「ふーん」


 部長が再び考え込む。


「いいわ。オーナーに掛け合ってみる。でも、これは許可が下りるかどうかわからないわよ。お客様の個人情報だから」


「はい。その時は別の方法を考えます」


 そして、部長は薄い唇の端を少し上げると、


「やっぱり、貴方は面白いわね」


 と言った。



 数日後、僕の家に部長から電話があった。


「坂下君。資料が集まったから、私の家に見にきてくれないかしら? 考えがあるならそれも聞きたいわ」


「部長の家に?」


「ええ。お客様の個人情報だから、受け取りに何かあると困るの。一応、用心のため」


「わかりました。僕も部長に確認したいことがあります」


「ええ。今週の日曜日に。いまから住所を言うわね」


 僕はメモをとり、それを復唱した。


「それでいいわ。そこに午後一時に」


「午後一時ですね。わかりました」


 メモを見る。


 あれ? この住所……。見覚えがあるぞ。



 日曜日、僕は渋谷からバスに乗る。

 この前、日菜と乗ったバスだ。


「あの住宅街だったか……」


 バスは閑静な住宅街へ入って行く。

 部長の家は、アンティークレース展を開催した美術館の近くだった。同じバスに乗り、少し手前で降りる。

 どの家も高い塀に囲まれ、そこから顔を出す建物の姿から、施主のこだわりが垣間見られる。

 どの家も敷地が広い。区の条例で定められていると聞く。


「ここだな」


 僕は塀に囲まれた家の前に立った。塀の向こうにコンクリート造りの四角い建物が見える。


『神宮司』


 表札を確かめる。


「中学まで日菜と同じ学校だって言っていたけど、ここから通うとなると遠いんじゃないか?」


 余計なお世話だった。

 立派な門の横に、立派なガレージがある。

 運転手くらいいるだろう。


 インターホンを鳴らすと、中年女性が応対に出た。


「坂下です。坂下慎一と申します。一時に藍音さんとお約束しています」


 インターホン越しに僕が言うと、


「少々お待ちください」

 

 返事が返ってきた。


 しばらく待った後、エプロンをした女の人が現れ、門を開けてくれた。

 芝生の上のアプローチを玄関向かって歩く。ポーチには人が立っていた。

 部長だ。神宮司部長だ。

 白いブラウスに、透かし網の紺のカーディガン。プリーツスカート。

 アーモンドのような切れ長の目が僕を見ている。

 背中まで伸びた黒髪が、時折、微風になびいた。

 広い庭に敷かれたアプローチは長く、いつまでも、いつまでも続くような錯覚を起こさせる。


 ようやくポーチに到着すると、


「いらっしゃい。待っていたわ」


 部長が静かに言った。





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