「は?」


「俺は、死にたいんです。とにかく早く。なるべく早く。ひっそりと。誰の迷惑になることもなく。俺だけの死に場所で。だから、ごめんなさい」


「いや、え、は?」


「俺は、死線を潜り抜けるような、危険な仕事をしています。いつ死ぬかもわからないということです。だから、あなたを幸せにすることはない。ごめんなさい、季捺さん」


「いや、そこじゃなくて」


「俺は、あなたの隣にいることはできない。それが、変わることのない俺の答えです」


「わたし。あなたのことが好きです」


「はい」


「あなたは、わたしのことが好きですか?」


「たぶん、好きなんだと、思います。だからこそ隣には」


「いや好きなら結ばれてよ。そこは結ばれないとハッピーエンドにならないじゃん?」


「漫画じゃないんですよ。俺は、死にたくして仕事を」


「やだ」


「え?」


「死んじゃやだ」


「いや、えっと」


「いやです」


 なみだ。

 ひととおり泣いて。

 そして。


「ごめんなさい。わたし。あなたにひどいことを。死んじゃいやだなんて。ごめんなさい」


「いえ。べつに。なんとも思っていません」


「ちがうの。ちがうんです。あなたが死にたがっているなら。わたしが。できるのは。あなたの隣に。いる。こと。だけだから」


「でも」


「いいの。おねがい。そばにいさせて。ください。あなたが死ぬそのときまで。私のそばで死ななくていい。いつも一緒にいなくていい。だから。おねがい。死ぬ前に。死ぬまでのあなたを。わたしに。ください」


 レジの音。


「決まったな。お前の負けだ件副くだすけ


「おい店主」


「言い返せねえだろ、彼女に。お前の生き方、死に方よりも、彼女の心のほうが強かった。それだけだ」


「待ってくれ。もう少し待ってくれ。なんとかする」


「無理だな。何を言っても彼女はくいさがるぞ」


「それでも」


「だめだ。もっと深い、根源のところで彼女に応えないと無理だ。そしてお前は、その根源のところで、彼女を好きでいる。負け確定じゃねえか」


 泣き崩れている彼女。


「俺はもう行くぞ。裏で嫁がケーキ仕込んで待機してっからな。呼んでくる」


 店主がいなくなった。

 ふたりきり。


「くそっ」


 舌打ち。


「おい。そこの泣いてる若い女。季捺功夏」


「うう」


「俺は。割りと雑にお前を抱くぞ。いいな?」


「のぞむ、とこ、でず」


「くそっ」


「でも、ざいじょは、やざじぐじでぐだざい。ばじめでなので」


「まずはなみずをふけ。人の言葉を喋れ」


「わがりまじだ」


「おい俺の袖ではなをかむなっ」


「へぐしぇ」


「うわっ至近距離でくしゃみするなっ」


「ふへへ。これであなたはわたひのものだ。へぐしぇっ」

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