拝啓、誰そ彼時の闇から。

とりもも肉

プロローグ @

 近くの山に日が隠れていく。今までのことも、これからのことも、不安なんてものはないって言ったら嘘になる。けどこの校舎屋上の一番端、この時間のフェンス越しの風景を見ているだけで他のことなんてどうでもよく思えてくる。

 目線を下に向けると数人の生徒が連れ立って校庭を横切っているのが見えた。


「・・・・・・いい加減戻らなきゃ 」


 そんな独り言を言いながら自分の教室へと続く階段を降りていく。自分の教室につくとさっきまで思春期特有の下らない話で盛り上がっていた友達はおらず、静まりかえっていた。ただ黒板に 「校門で待ってる!」 とデカデカと書いてあったのだ。トイレに行った帰りに、気がつくと屋上へと足を運んでいた俺を置いてきぼりにして、場所を校門前に移動してしまったみたいだ。


 急いで荷物をまとめ、黒板に書かれていた文字を消していく。その時、不意に後ろから笑い声が聞こえた。慌てて振り返る。だって俺以外誰もこの教室にはいなかったはずだ。頭だけ振り返り教室を眺める。並べられた椅子と机だけが窓からのオレンジ色の光に照らされている。誰もいない。深く何度か深呼吸して、心の中で気のせいだと言い聞かせながら、再び黒板に向き直り大きく腕を動かした。パチパチっと手についたチョークを払い、一度きれいになった黒板を眺める。さっきまで話していた内容を思い出しながら、友人たちの元へ行くため教室の入り口へと踵を返した。

 誰もいない廊下を通り、校舎の端にある階段を降りれば、目の前に下駄箱が並ぶ。田舎の学校だから全校生徒の人数も多くなく、そのため校舎自体もそこまで大きくない。校門まで5分ぐらいで行ける。行けるはずだった。


 目の前には制服姿の女の子が立っていた。誰か教室に入ってくる様子はなかった。ましてやこの距離にいればすぐに気が付かない方がおかしい。けれど彼女は俺のすぐ目の前に立っている。俺はそのまま動けないでいた。この状況をどうするか脳を動かすのでいっぱいだった。それを遮るかのように、目の前から笑い声が聞こえて来た。さっきの声も彼女のものであろう。けれどその声の主は全く動いていない。まるでスピーカーから出ているように口すらも動いていなかった。そして俺の頭の中で彼女が何者であるかを察したと同時に、無意識に「あぁ、またか。」とつぶやいていた。



 俺は物心がついた頃から世間一般で幽霊と呼ばれるものを見ていた。俺にとって幽霊はあまりに普通に見えていたから、普通の人とあまり変わらない存在だった。道行く人に必要以上に関わることがないように、特別俺自身から関わることもなく、かと言って向こうから近づいて来ても人見知りだった俺は母親の後ろに隠れていた。それでも周りの人からは目には見えないものを感じる子供をあまりいいようには見てくれなかった。小学校になる前にはそのことを察して、他の人には見えない世界は自分の中だけの秘密になっていた。

 

 幼い頃からそんな感覚で過ごして来た俺にとってこの時も、誰もいない教室に突如として現れた女の子に対して、いきなり現れたことにびっくりはしていたが、幽霊だからという理由で恐怖はしていなかった。もちろん彼女が特に何もせず、笑い声を発しているだけということも理由のひとつだ。

 俺はそのまま動かない女の子の横を通りすぎ校門へ急いだ。けれど階段の前まで来たところでまた後ろから声が聞こえた。今度も笑い声。反射的に後ろを振り返った俺の目に、教室の時と変わらずそこに立っている女の子が飛び込んで来た。「この娘は何がしたいのだろうか?」 不意にそんなことを思った。将来のことも、勉強のことも考えなくてはならないことは山程あるけど、友人たちと下らない話で放課後を過ごすことを何よりも楽しみにしていた俺にとって、それ以上考えることはなく、ただ一言「バイバイっ・・・・・・。」と小さな声でつぶやいてから、1段先に足を進めた。


 『・・・バイ・・バイ・・・・・・・』


 後ろから小さな声ではっきりとそう彼女が返したのを聞いて、少し心の奥の方が痛くなった。



プロローグ @ 完

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