番外編2 イカサマ麻雀掃討戦

EX2.流れ連荘無間流局 前編



 麻雀小説の第一人者であり、雀聖とも呼ばれた作家・阿佐田あさだ哲也てつや氏については、今更紹介するまでもなく周知のことだろうと思う。かの大作家の代表作『麻雀放浪記』については、私も思春期の時分に、時間を忘れて耽溺するほどはまり込んだものだ。


 もし阿佐田哲也氏の作品を読んだことのない方がいれば、どの作品でもいいのでぜひ手にとっていただきたい。ならず者やごろつきと言ったアウトローたちがしのぎを削りあうピカレスクロマン。それは、ギャンブルというものの本質が描かれた痛快娯楽である。


 さて、今回はそんな阿佐田先生の、とある作品を本歌取りにしたものだ。


 かの大傑作と比べるのもおこがましいが、調子に乗ったイカサマ男を三人の雀士が袋叩きにした痛快劇であるので、息抜きとしてご覧頂きたい。


 そんなわけで。

 お話は四年前、私が二十歳の頃のことである。



※ ※ ※



 高校を卒業して二年。

 アイドルとして下積みをしつつも中々芽が出ないでいた私に、ライアーコインの企画が立ち上がった時期に、私はマサキこと正木賢太郎と再会を果たした。


「あれ、あれあれ、あれれれれ?」


 都内の雀荘である。

 フリーで入った私は、対面に居たチャラい男から声をかけられた。


「もしかして、みやび先輩ですか? わあ、久しぶりっすね」

「……どなたでしょう?」


 新手のナンパかとはじめは思ったけれど、それにしては名前を言ってきた。


 若い女一人ということで声をかけられる事自体はしょっちゅうなので、フリー雀荘では特に自己紹介をせずに打つことも多い。こうして本名を、それも下の名前を知られているということは、本当に知り合いなのだろう。


 はて、と首を傾げていると、マサキは大げさにおどけながら言った。


「何言ってんですか! 美化委員で一緒だった正木っすよ。まさか忘れたんすか? そんなのひどいっすよ。あんなに一緒にゴミ拾いしたじゃないっすか」

「……あー。ああ。いたいた。そうそう、確か正木――こうたろうくんだっけ?」

「賢太郎っす」

「そうそう、そんな感じだった。久しぶりだね」


 この時点で私が覚えていたのは、委員会活動の時にやけにやかましい後輩が居たなという程度である。特に深い関わりがあるわけでもなかったので、感慨もなにもない。とは言え、後輩と名乗る相手を無下にするのも悪いので、適当に話を合わせた。


「こんなところで何してるの? っていうか、雀荘って高校生は出入り禁止のはずだけど」

「がっこは辞めったっす。誕生日は四月なんで、年齢は大丈夫っすよ」


 サラリとすごいことを言っているが、それを気にした風もない。マサキは対局中にも関わらず、スマホをいじりながら私に向けて質問を返した。


「みやび先輩こそ、麻雀なんてやるんすね。危ないっすよ、女の人がフリー雀荘なんて」

「それは女性差別かな? うかつな発言は謹んだほうが良いよ」

「あはは、なんか難しい話っすね。じぇんだー、って言うんでしたっけ? そういうのオレよくわかんないっすわ」


 他の二人をよそに、私とマサキは会話を続けながら打牌を続ける。


「でも、マジで心配してるんっすよ?」


 やがて、上家からリーチが入り、これは降りかなと思って暗刻の『中』を捨てた時だった。


 マサキが、「ロン」と発声した。


 驚いて目を丸くする私に、マサキはスマホから顔を上げて、勝ち誇ったように言った。


「オレ、相手が誰だろうと手加減出来ないんで」


 中単騎の鳴き対々和トイトイ


 生牌ションパイだから切れずに待ちに使ったのか、それとも私を狙い撃ったのか。その時点では定かではなかったが、まるで狙いすましたかのようなマサキの和了アガリは、その後も続いた。


「みやび先輩は今、何してるんスか? 進学でしたっけ」

「ううん。ちょっと知り合いのところでアルバイトしてる」

「あははー、今どき不景気っすから、定職着いたほうが良いっすよ」

「きみがそれを言うんだ」


 どの口が、と思いつつ、私は逆に尋ね返す。


「正木くんの方こそ、高校を辞めて何してるの? 就職でもした?」

「いや、オレは就職する必要ないんっすよ」


 ロン、と。

 マサキはまたしても私の捨て牌を打ち取りながら言った。


「オレ、麻雀で食っていくんで」


 半荘を二回行ったが、どれもマサキがトップ。

 麻雀で食うと豪語するだけあって、それなりの実力があるようだった。最も、私程度に違和感を見抜かれるのだからプロと言うにはおこがましいし、何より、時折奇妙な和了り方をするのが頭の片隅に引っかかり続けた。


 致命的だったのは、二枚切れの字牌を地獄待ちでロン和了された時だった。


 七対子チートイツの地獄待ち。他にも待ちの候補はたくさんあるはずなのに、敢えて二枚切れでかつオタ風でもある『ペー』で待っていたのは、明らかに狙い撃ちのためだろう。


 その半荘二回で、疑惑はほぼ確信に変わった。

 正木賢太郎はイカサマをしている。



※ ※ ※



 私はすぐに、マサキのことを伯父に話した。

 すると意外なことに、伯父もまた、似たような話を知っていた。


「妙に勝率が良い若い奴らが、都内の雀荘を荒らし回っているって話を聞いている。幸いにも、うちはまだ被害にあっちゃいないがな」


 同じような事例は、ここ数ヶ月で複数起きているのだという。


 まるで捨てる牌が読まれているように振り込んでしまう。それは雀力によっては日常的に起こり得るものだが、それほど強そうじゃない相手なのに、思いもしない一手で振り込んでしまうのだから、不審に思う客も多いのだという。


「私が言うのも何だけど、それだけだとイカサマって感じじゃないよね。純粋な不運もあるだろうし、そもそも同じイカサマをしている集団だって証拠もないし」

「グループなのか個人かはわからないが、一つ共通点がある」

「うん? どんなの」

「全員、対局中にスマホを触っているそうだ。マナーが悪いから、余計に記憶に残るらしい」


 言われてみると、マサキもスマホを触りながら打っていた。


 あの時は私も単にマナーが悪いなと思っただけだが、なるほど、スマホを使ってなにかやっていたのか……。実際、スマホを触るだけなら誰でもやるから、よっぽど対局が中断されない限りは、触るなとも言いづらい。


「スマホを使って出来るイカサマか……。壁役を使っての通しとか?」


 『とおし』は麻雀の典型的なイカサマだ。

 誰かが後ろで手牌を見て、それを味方に知らせるというもので、手牌を覗く役のことを『壁役かべやく』と言ったりする。


 通常の通しでは、簡単なサインを決めておいて、身振り手振りや隠語を使って手牌を教えるけれど、スマホが使えるのならチャットなどで教えあえるから、難易度はかなり下がる。


 しかし――


「でも、私がマサキくんとやった時は、後ろに誰か居た感じはしないけど。というか、ぶっちゃけ明るい時間だったからガラガラだったしね」


 この頃の私は、まだ夜遅くに雀荘に行かない程度の常識は持っていたので、行くとしたら日中だった。平日昼下がりの雀荘なんてものは、暇を持て余したおじいちゃんや、職業不明のプー太郎くらいなもので、それほど混雑しているものではない。

 これが夜の雀荘なら、人も多くて観戦者も居るだろうから通しも可能だけど、同時にスマホの画面も見られる可能性があるから、イカサマも難しくなる気がする。


 ウンウンと悩んでいる私に、伯父は雀卓に並べた牌を拭きながら言う。


「通しではないだろうな。すり替えも、トラくらいの腕前でない限りは簡単に見破られる。だとすると、あとできるイカサマとしたら――


 伯父は汚れのついた牌をピカピカに磨く。


 ガン牌――予め牌にガンを付けておいて、どの牌か裏から分かるようにしておく技術が存在する。麻雀牌は何度も使い回すため、自然と傷や汚れが付く場合もあるので、それがイカサマかどうかは見分けづらいものでもある。


「ガン牌に関しちゃ、もっと詳しいやつがそこにいるだろう」


 言いながら、伯父は店の奥に居る人物の方に視線を向けた。


 そこに居たのは、糸目でのんびりとした痩身の男性だった。年齢は三十六歳。長い黒髪と白い肌は中性的で、どことなく柔らかい印象を与える。紺色のトレーナーを着たラフな格好のその男性は、せっせと卓上の麻雀牌に傷をつけている。


「それは私のことですか、一色さん」

「お前以外に誰が居る。この器物破損野郎」


 いつも店の麻雀牌にガンを付けやがって、と伯父は苦々しくぼやいた。


 そんなわけで。

 私の麻雀師匠の一人、ガン牌のゲンこと、みなもと克巳かつみお兄さんの登場である。



 ※ ※ ※



 さて、ここからは伝聞の話となる。


 時刻は八時過ぎ。雀荘『紅一点』に、マサキは一人でふらりとやってきた。この店は最近高いレートでやっている割に、客がぬるいという評判を周りの雀荘に流していた。それを聞き込んだらしいマサキは、一見客を装い、軽薄な様子で来店した。


 半分ほど埋まっている店内の卓のうち、空いている席にはすでに二人の客が待っていた。


 ギリ抜きのトラこと、早見寅男。

 ガン牌の源こと、源克巳。


 方や四十後半の肥満体のおっさんで、方や三十代の中性的な男性。二人の姿を見ても仲間だとは思わなかっただろう。マサキはヘラヘラと笑いながら席についた。


「ヨロシクっす。あ、オレ結構強いんで、負けても怒らないでくださいっすね」

「がはは、中々ガッツのある挨拶だな、兄ちゃん。なんだ、これで食ってくつもりか?」


 くい、と牌をツモる動作を見せるトラおじちゃんに、マサキは「ハイっす」とこれまたヘラヘラと笑う。そこには緊張感の欠片もない。肝が座っているのか単に馬鹿なのか。私は後者だと思っているけれど、あれでマサキは意外と根性があるので真相は謎だ。


 マサキの挑発に、源さんはゆるりとほほ笑みを浮かべた。


「なるほど、自信がお有りのようだ。若い人の勢いは馬鹿にできませんからね。これは用心しないといけませんね」


 まもなく、もうひとりの客がやってきて、四人で打ち始めた。

 初めは特に目立った動きはなかった。マサキの動きも勝ったり負けたりで、イカサマをしている様子もない。

 ただし、マサキは始めからスマホはずっといじっていた。


「お客さん。できればゲームに集中して欲しいのですがね」


 店内見回りの途中に通りかかった伯父が、やんわりとマサキを注意する。

 それに対して、マサキは不愉快そうに眉をひそめた。


「え? 別にスマホを触っちゃいけないってルールは無いっすよね? オレ、現代っ子だからスマホが気になるんスよ。ちゃんとテンポよく打ってるんすから、別に良いじゃないっすか」


 居直りもここまで来ると清々しい。現時点でイカサマを指摘できるほどの情報もなく、伯父はため息を付きながら、「迷惑にならない範囲で行ってくださいよ」と言った。


 一度注意を受けた以上、二度目の注意をすることも難しく、そこから先はマサキがスマホを触り続けるのは公然のこととなってしまった。


 そうするうちに、一時間ほど経過した。

 半荘二回。

 成績はマサキが少し浮いていた。


 四人のうち、トラおじちゃんと源さんはそのまま続行したが、もう一人が席を立って帰ってしまった。卓割れしてしまった三人は、新しい客が来るまで小休止となった。


「なあ、おっちゃん。アンタ強いっすよね。どうっすか、少し握らないっすか?」

「お、差しウマか。いいね。いくら握る?」


 差しウマとは、ゲーム中の点棒の勝ち負けとは別に、対局者同士の順位によって点数やお金のやり取りをすることだ。


 通常の麻雀には順位ウマというルールがあって、半荘終了時に、一位が四位から、二位が三位から、それぞれ決められた点数をもらう事ができる。それだけでも十分に博奕要素は大きいけれど、差しウマはさらに、一対一で金額を賭けるギャンブルとなる。


 差しウマに参加しなかったプレイヤーとのトラブルなどもあるため、賭けを容認している店であっても禁止されていることが多い。伯父の店でもそれは同じだったが、今回はマサキを罠にはめるためなので、伯父は聞かないふりをしていた。


 金額を聞かれたマサキは、ニヤリと笑いながら言った。


「二十万、どっすか」

「いいですね」


 答えたのは、トラおじちゃんではなく源さんだった。

 彼は相変わらず内心の読めない薄ら笑いを浮かべたまま、トラおじちゃんとマサキの差しウマ勝負に乗った。


「私も参加させてもらいますよ。では、順位が上のものに二十万ずつ払うということで」

「よし、じゃあ半荘何回にする?」

「せっかくなんで、四回くらいしたいっすね!」

「よし、じゃあだ」


 そうして、三人の間で勝負が決まった。

 あとはもうひとりを待つというところだったが、そこで伯父が席についた。


「新規の客が来ないので、それまで私が入らせてもらいます。レートもみなさんの取り決めに合わせますので、ご安心を」

「ああ、店長さんがやるんっすね。良いっすよ。じゃ、ちゃっちゃと始めましょうや!」


 この時、マサキはようやく大きな勝負に持っていけたと喜んでいたようだが――それはあまりにも無知だったと言わざるを得ない。

 多少なりとも歌舞伎町で麻雀を打ってきた連中なら、そこで雀卓を囲んでいる面子を見れば、尻尾を巻いて逃げてもおかしくない。


 知らないということは恐ろしいことだ。

 無知であるということは、いつだって大罪である。



 ※ ※ ※



 ここで、マサキが行っていたイカサマについて解説しよう。


「簡単なことですよ、みやびさん。彼らがスマホで見ていたのは、特殊塗料を塗った牌を見分けるためです。遮熱塗料というのを聞いたことは無いですか?」


 遮熱塗料――赤外線塗料と言えばわかりやすいだろうか。日光に含まれる赤外線を反射させて熱の伝導率を下げるものだ。透明なものもあり、またコーティングした後は拭き取るためにも特殊な除去液が必要になる。


 実際に、赤外線塗料を使ったイカサマが海外で報告されている。フランスのカジノで、赤外線コンタクトを使ってカードを見分けていたイタリア人が逮捕されたという事件だ。彼らはカジノスタッフを抱き込んでカードに塗料を塗り、ポーカーでイカサマを繰り返した。


 仮に同じことをしていたとして、だとすると麻雀牌に塗料を塗るという手順が必要だ。まさか、一三六枚全てに見分けられるように塗料を塗ったというのだろうか?


「ガン牌作成において重要なのは、すべての牌を見分けること――。ポイントとなる牌を的確に見分け、それを利用する臨機応変さ。それこそが重要なのです。なので、極論を言えば一枚でも二枚でも、それがキー牌であるのなら意味を持ちます」


 つまり、マサキたちはすべての牌ではなく、一部の牌だけ浮き上がるように塗料を塗っていた。ポケットの中に塗料が染み込んだ脱脂綿を潜ませておき、自分の手牌の側面や裏面をなぞればいいだけだ。


 また、これは集団で行われていたイカサマだったため、複数の仲間が時間差で塗料を塗り合っていたということが後から分かった。マサキの場合は赤外線塗料だったが、例えば光触媒塗料や低汚染塗料など、建築で使う特殊塗料をそれぞれ担当している牌に塗り合って、それをスマホのアプリで見分けていたというのが真相だった。


 麻雀牌はそれなりに高価なので、よっぽど目立つ傷がつかない限りはすべてのセットを買い替えなどはしない。交換するとしても、傷ついた一つや二つだ。こうやって長期に渡って店中の麻雀牌にガンを付けられたら、対策を取るのも難しくなるだろう。


「キー牌として私がよくガンを付けるのは、数牌のうち、三と七に印を付ける方法ですね。これは漫画で書かれたことがあるくらい有名ではありますが、順子は三と七を使わないパターンが四五六の一組しか無いため、見分けられるだけでかなりの手牌を予想できます。

 あとは、字牌ですね。言うまでもないことですが、字牌は三枚揃えて暗刻アンコにならないと意味を発揮しません。雀頭ジャントウだった場合や七対子チートイツ国士無双コクシムソウという例外はあるにしても、通常であれば字牌を抱え込んでいる場合は、暗刻アンコとして持っているか安牌あんぱいとして取っているかのどちらかです。なので、字牌は一つでも場所がわかれば、その人物の手牌が透けて見えます。

 最後に、赤ドラですね。数牌の五は真ん中なので、先程の理屈と同様に場所がわかれば順子をかなりの確率で読めますし、何よりドラを狙い撃ち出来るという強みは無視できない。仮に相手の手牌にはいったとしても、その分警戒をすることが出来るので利益しか無いです」


 以上が、源さんによるガン牌講座である。


 普通に打っている分ではすべての牌にガンを付けることなど出来ないので、あくまでキー牌となる数個に目印を付けるのが理想だが、マサキたちはそれを集団でやっている。ガン牌はその現場を押さえるのが難しく、対策の取りづらいイカサマだが――さてさて。


 伯父を筆頭とする私の師匠たちは、どうやってそれを倒したのだろう。


「なあに、あんなものは何の問題でもありませんよ。スマホのカメラなんかを使わないとガン牌を見分けられない程度の素人、相手になどなりません」


 源さんはそううそぶくのだった。



※ ※ ※



 東一局。

 起家チーチャはマサキ。


 二十万の差しウマがかかった勝負。自然と肩に力が入るが、果たして、開いた配牌は最高のものだった。白と發が二枚ずつと、筒子が複数固まった、混一色ホンイツが見える配牌。


 これは楽に上れそうだと、親の第一打を打った直後だった。


「悪いな、九種九牌だ」


 マサキの次の席順、下家に座っていた伯父が、あっさりと手を倒した。


 九種九牌――配牌時点で么九牌やおちゅうはい(一と九の数牌と字牌)が九種類以上あった場合、手を倒してその局を終わらせることが出来るというルールだ。あまりにも手が悪すぎる時の救済措置として設けられたルールで、対子トイツや暗刻が含まれてはいけないなど、限られた条件下で認められる宣言である。


 勢い込んで勝負を始めたマサキは、出鼻をくじかれて憤る。


「おいおい店長さん、そりゃないっすよ! どうせなら国士狙いましょうや」

「悪いな。国士も分が悪いと思っただけだ」


 伯父はいつの間にか店主としての敬語を外し、ぶっきらぼうに答えながら手を崩した。


 ちなみに――この時の九種九牌はイカサマだった。マサキが配牌に喜びながら理牌に集中しているのを見計らって、伯父とトラおじちゃんが机の下で牌を交換しあっていた。


 裏でそんな事が行われているとはつゆ知らず、マサキはぶつくさ文句を言いながら牌を雀卓へと流し込む。


「それで、この店では、途中流局の時はどうするんスか?」

「途中流局では局の移動はなしだ。このまま東一局を続ける。おまえさんの親は続くよ」


 流局の扱いは店によって扱いが違うが、今回は親のノーテン流局か、子が和了った場合以外では局の異動はなしというルールになっていた。


 もちろん、伯父たちがマサキをはめるために決めたルールだった。


 そんなわけで東一局一本場。


 積み棒である百点棒を卓の右側において、マサキは配牌を手に取る。

 パッとしない配牌――先程の混一色が恋しくなる。


 とは言え、過ぎてしまったことは仕方ないと、マサキはがっかりしながらも手牌の中で浮いている『南』を捨てる。


 次に、下家の伯父が一枚捨てる――それも『南』。

 続けて、対面に居たトラおじちゃんが、ニヤリと笑いながら捨てる――『南』。


「おや、おやおや」


 最後に、上家の源さんがわざとらしそうに首を傾げた。


「これはこれは……。ふむ、あまり手も良くないですし、こういうのもありですか」


 そう言って、源さんは手牌から一枚捨てた。

 それも――『南』。


。流局ですね」

「は、はぁああ!?」


 思わず叫び声を上げるマサキ。

 そんな彼に、源さんはゆるりと小首をかしげて見せる。


「どうしました? なにかおかしいことでも」

「い、いや……別になんでもねぇっす。ただ、びっくりしただけで。は、はは。こんなこともあるんスね。二回連続で途中流局なんて……」


 まさかと思いながら、さすがに偶然だろうとマサキは思い直す。


 四風連打スーフーレンダとは、全員が第一打で同じ風牌カゼハイを捨てた時に流局となるルールだ。風牌――東南西北トンナンシャーペーの字牌のうち、同じ牌が四つ揃ったら成立する。理由としては、縁起が悪いからゲームをそこで終わらせるという説が有力だ。


 大抵は途中で誰かが気づくので起きにくい流局だけれど、気が抜けていると三枚目が揃い、四人目が意図的に流すという事があったりする。九種九牌よりも起きづらい流局だ。


 ちなみに、ここでマサキが驚いたのは、流局自体ではなく、南が四枚揃ったことだった。


(『南』は対面のおっちゃんが対子で持ってるんじゃねぇのかよ。印のつけ間違えか? 対面に取っちゃオタ風だし、早めに処理しとこうと思って捨てたのに)


 この時、対面に座っているトラおじちゃんが、実は南を二枚持っていた。


 麻雀牌はそれぞれ一種類につき四枚ずつしかないため、この時、場に出た四枚とトラおじちゃんの手牌に一枚で、五枚の南があることになる。


 もちろんイカサマだ。


 源さん打った最後の一枚は、ポケットに忍び込ませていたものを打ったのである。伯父とトラおじちゃんが合わせ打ちをしたので、その意図を組んで四風連打を仕掛けた。


 マサキはスマホのカメラで南が五枚あることが分かったが、それを指摘するとイカサマを公表することになるので言うことが出来ない。それに、印のつけ間違いの可能性もあったので、この場では黙ってゲームを進めることしか出来なかった。


 途中流局は局の移動なし。

 東一局二本場。

 ここから――マサキの地獄は始まった。



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