12.決戦準備、あるいは金策



 雲川くもかわ流一りゅういちというルーレットディーラーは、現在群馬県の東部でひっそりと隠居していた。


 今邑環季にルーレット技術を仕込んだのは三年前。

 環季は彼にとって最後の弟子であり、そして、彼が闇カジノから足を洗うきっかけとなった娘だった。


「カジノ未経験なのを、一ヶ月でモノにしろだなんて無茶なことを言われて、はじめはふざけるなと思ったもんだ。だが、一緒に練習を始めてすぐに分かったよ。天性のもんか後天性かは定かじゃねぇが、あの子には、ボールが落ちる位置が見えていた」


 ボールが投げられた後に、どの出目に落ちるかを彼女は高い確率で当てていた。もちろん、通常のルーレットではランダム性が高いため、百発百中とは行かなかったが、近い結果を予測することができていた。


 その理由を、雲川氏はこう考察する。


「まず特筆するべきは、動体視力と体内時計だ。あの子はボールが走る速度を瞬時に計算できた。きっと頭の回転も早いんだろうさ。俺はルーレットを教える時、投げる時の強弱を何よりも重視して見せるが、他人が投げたボールをそこまで正確に見きれるものかと驚いたもんだ」


 環季の才能を実証するために、雲川氏は海外時代に譲り受けたアンティークのルーレット台を持ち出してきた。それは、古い時代にカジノでディーラーがイカサマをする時に使っていた、年代物のルーレット台だった。


 イカサマと言っても、その仕組は単純だ。ただ、ボールが落ちる上でのランダム要素を極限まで削り落としているというだけの話。それは、ディーラーが出目を狙うことを意図して作られたウィールだった。


「あのウィールは、確かに出目を狙いやすい代物だが、それでも百発百中出せるディーラーなんてそう何人も居ない。回転まで加えたんだったらなおさらだ。海外に居た頃だって、化石みたいな老人ディーラーがやったのを見たのが最後だった。だが――今邑はものの一ヶ月で、それを可能にしやがった」


 ウィールの回転速度を計算し、反対に弾くボールの勢いを調整する。

 それは、気が遠くなるような反復練習だ。


 全く同じでは駄目だ。常に変わる条件を瞬時に把握し、微調整を加えていく。人間の持つ感覚を限界まで鋭敏にし、自然現象が起こす紛れをすべて計算し尽くす必要がある。


「今邑は自分のことをどんくさいだのノロマだのと言っていたが、ありゃ反応が遅いんじゃなくて、反応が良すぎるんだ。考えても見ろ。高速で回転するボールの速度を見て取れるほどの動体視力と、それを処理する計算速度だ。日常的な物事なんて、全部止まって見えてもおかしくない。あいつにとって、視界に映る世界は情報が多すぎるんだ。一つの判断に時間がかかってもおかしくない。だが――その集中力をたった一つに絞りきれば、常識を超えた結果を叩き出してもおかしくないだろう」


 例えば、ルーレットのディーリングにすべてを集中させれば、ということだ。

 それはもはや、人間業ではない。


 だからこそ今邑環季は――


「あの子は、化け物だよ」


 環季の才能を目の当たりにして、雲川氏は引退を決意した。


 そもそも、闇カジノ事業自体が日本ではすでに下火だった。

 暴対法で弱体化したヤクザと、インバウンド需要によってグレーゾーンを排除しようとする行政。店舗を構えたカジノはリスクでしかなく、ひとところにと留まれる期間は数ヶ月が限度だ。潮時だと思っていたところに、今邑環季のような才能を見て、御年六十七歳の雲川氏は未練をなくしたのだった。


「今邑のルーレットは、絶対がないギャンブルの世界で、限りなく絶対に近いものだ。俺と練習していたときでさえ、あいつが狙った出目を外した回数はそう多くない。ただ、あいつも人間だ。疲労が溜まればミスも多くなった。相当な集中力を要する技術であることは確かだからな。だから、確実に出目を狙えるのは、二十回が限度だと本人も言っていたよ」


 逆に言えば――二十回までなら、集中力が続くということだ。

 ヒットチャレンジルーレットは、日に三人、一人五回までの挑戦という設定なのは、それが理由だからだろう。


 雲川氏からの話で分かったことは、以上だ。





 その報告を、私はバー『シークレット』で聞いた。


「報告は以上だ」


 そう言ったのは、還暦過ぎの痩身の男だった。


 黒井くろい蓮爾れんじ


 このバーの店長であり、裏の顔として探偵業を営んでいる人物。

 そして、私の伯父である一色勘九朗とかつて競ったこともある好敵手。


 私は子供の頃、伯父に連れられて色んな人の家にお邪魔したけれど、そのうちの一人がこの黒井先生である。朴訥とした物静かな人で、一見すると気難しい人なんだけど、教え方は伯父の知り合いの中でも一番丁寧でわかりやすかった。それもあって、私は彼のことを『先生』と呼んで慕っている。


 私はそんな黒井先生に、環季ちゃんの師匠として名前が上がった『雲川流一』の調査を依頼していたのだった。


「僕の私見を言わせてもらえば、この今邑環季という娘は『本物』だ。訓練当時の映像も見せてもらったが、神業というほかない。たまにいるんだ、こういうが」


 黒井先生は私にノンアルコールのカクテルを作りながら、淡々と言う。


「一色も大概おかしい奴だったが、それでも敵わない化け物じみた人間は確かに居た。七星研吾を始めとして、心を読む魔性の女・化野あだしの美豆湖みずこ、勘を狂わせる魔人・九鬼くき真人まひと。老獪な調教師・猫宮ねこみや春馬はるま。天運に愛された男・龍光寺りゅうこうじ比澄ひずみ――あの辺りには、一色だって負け越している。せいぜいが一矢報いることができた程度だ」


 グラスを私の前に差し出しながら、黒井先生は言った。


「今邑環季からは、そいつらと同じ匂いがする」


 差し出されたのは、『シンデレラ』と呼ばれるカクテルだ。オレンジとレモン、パイナップルのジュースを混ぜたもので、私はこれが子供の頃から好きだった。黒井先生には、よく作って欲しいとねだった記憶がある。


 黒井先生はグラスを洗いながら、目線を合わせずに言う。


「挑むだけ無駄だぞ、みやび」

「うん、分かってるよ。黒井先生」


 シンデレラを口に含む。オレンジとパイナップルの甘みの中に、レモンの酸味がしっかり残っていて美味しい。子供の頃、大人たちの難しい話を聞きながら、よくこれを飲ませてもらったものだ。


 おそらく黒井先生は、私を説得するつもりでこれを出してきたのだろう。

 でも――私はもう、引くつもりはない。


「ギャンブルというのは、理不尽なものだ。だが、それ以上に理不尽な人間が存在する」


 黒井先生は諦めたように小さくため息をつく。


「仮に挑むのなら、相手が人間である部分を狙うべきだろう。それはもはやギャンブルではない。運に頼らず、確実な理詰めで相手を追い詰めるんだ。それは――ギャンブルで勝つよりも、遥かに辛く、苦しい道だ」

「勝算はあるんだ。黒井先生の考えに、多分近い」


 私はその勝算を説明する。

 それに対して、黒井先生は仏頂面で返した。


「可能性はあるが、机上の空論だ。何より、それには莫大な資産がいる。僕に払った調査料なんて、ちり紙になるほどの大金が必要だろう。一色でさえ、今ではそこまでの資産は持っていないはずだ。君がいくら高給取りだろうと――いや、ちょっと待て」


 私が提案しようとしていることを事前に察したのか、黒井先生は慌てたように言う。


「確認するが、一色はこれを知らないんだな? 知らないに決まっている。把握していたら、君のこんな暴走は止めるはずだからな。クソ、僕が一色に告げ口しないだろうと分かっていながら調査を頼んだな」

「勘がいいね、黒井先生。正解だよ」


 ニコニコと笑いながら、私はおじいちゃんに甘える孫のような声を出した。


「だってこんなの、伯父さんに伝えたら反対されるに決まっているもん。あの人、自分は向こう見ずなギャンブルばかりしていたくせに、姪の私には過保護なんだから」

「くそ、同じ黙っているなら、早見の方を頼ればいいだろう。あいつなら面白がって口を閉じるに決まっている。なぜ僕を巻き込む」

「そりゃあトラおじちゃんは黙っていてくれると思うけど、あの人お金持ってないもん。その点、黒井先生はそれなりに余裕あるし、なんとかなるでしょ?」

「この悪ガキめ!」


 珍しく取り乱す黒い先生を見て、私はくすくす笑う。


「黒井先生はきっと黙っていてくれるし、なんだったら協力してくれるよね。だって、私の依頼を受けた時点で共犯者だもんね。それに――黒井先生は私にを握られてるんだもん。断れるはず、ないよね?」


 探偵の守秘義務はもちろんだが――実は一つだけ、私は黒井先生の弱みを握っている。


 弱みと言っても、それは私が勝手に作ったものと言うか、まだ伯父に引き取られたばかりの頃、周りの大人に対して複雑な感情を持っていた私が、黒井先生に気に入られたくて無理やりキスをしたというなんとも微笑ましいお話なのだが――それを黒井先生は、ずっと負い目に見てくれているのだ。


 ほんと、涙が出るくらい優しい人。

 こんな人を脅迫するなんて、私はなんて悪い人。


「だから、ね。黒井先生」


 私は露悪的に笑いながら、可愛らしくお強請りした。


「お金貸して、ね?」



※ ※ ※



 準備は進む。

 その日は、胡桃ちゃんを誘って海外サイトでポーカーをしていた。


「ふぅん。それでみやびさんは、最近そのルーレットディーラーと逢引を繰り返していたんだ」

「逢引ってあなたね……女友達と会うのに使う言葉じゃないでしょ」

「それでどこまでいったの? 女同士なら口づけもセーフだと思っているなら大間違いだよ」

「胡桃ちゃんは私のことを何だと思ってるの……」


 今日の胡桃ちゃんは随分とネチネチしている。多分機嫌が悪い日なんだろう。女の子はそういう日があるから仕方ないね。


 胡桃ちゃんとはこうして、ダラダラと喋りながら同じ卓のリングゲームに参加するようなことをたまにやっていた。ポーカーは二人だけでやろうとしてもどうしても単調になるので、こうして知らない人も交えた卓に入った方が、面白いからだ。


 胡桃ちゃんのレイズに、参加者が全員降りる。私のハンドはKKだったので、ここは降りない。リンプして受ける。

 このゲームは私と胡桃ちゃんだけの対決になった。


「でもみやびさん、その『今邑環季』って人のこと、助けたいって思ってるんでしょ?」

「まあ、そうだけど」


 フロップ。

 ボードに三枚のカードが開かれる。♡Q、◇2、♠7。ドライボード。ストレートもフラッシュも難しいボードだ。こういう時、Kのポケットペアである私のハンドは強い。


 強気にレイズ500ドル。

 それに胡桃ちゃんはコールしてきた。


「本人に助けてって言われても居ないのに、助けようとしているんだ」

「……そうだけど? なにか文句ある?」

「別に。ただ、一方的で押し付けがましいものを『愛』って言ったりするんだろうなって」

「今日は随分噛み付いてくるね」

「そうかな」


 ターン。四枚目に開かれたのは◇10。


 まだ押せる。

 私は更に500ドルレイズしたが、逆に胡桃ちゃんの方からレイズを返された。


「噛みつかれているって思うなら、それはみやびさんの方に心当たりがあるんじゃない?」

「……はは、しゃらくさいね」


 胡桃ちゃんの挑戦を受けて立つ。コール。


 そして最後のリバー。

 落ちてきたのは、◇Q。


 これで私はKとQのツーペアが完成。

 ほぼ勝てる手札なので、ならばとレイズ2000ドルを加えた。


 しかし――それに、胡桃ちゃんはオールインで答えてきた。


「さ。どうする、みやびさん」

「…………」


 このボードにおけるK、Qのツーペアはナッツではない。さりとて、決して弱いハンドではない。もし胡桃ちゃんのオールインがブラフなら、十分に勝てる可能性のあるハンドだ。


 私は制限時間の延長ボタンを押して、胡桃ちゃんに声をかけた。


「ねえ、胡桃ちゃん」

「なあに、みやびお姉ちゃん」

「賭けをしない?」


 私は今、最低なことをしようとしている。

 けれど、これは必要なことだ。


「今いるこのテーブルで、一時間後に持っている金額が多い方が勝ち。勝った方は負けた方のお願いを可能な限り聞くこと。どう?」

「ふぅん、この状態で、そんなお願いをしてくるんだ」


 胡桃ちゃんは愉快そうにクスリと吐息を漏らす。


 現在のテーブルは、スタート時のスタックが5000ドルでBビッグBブラインドが10ドル。この状態で、相手より少しでも多く増やせば勝ちという勝負だ。


 仮に胡桃ちゃんの今のオールインを受けて勝てば、勝負はほぼ私の勝ちになるだろう。


 それを理解した上で――胡桃ちゃんは喜んで了承した。


「良いよ。その勝負受ける。で、みやびさん。ここではどうするの?」

「んー。そんなの」


 

 私はあっさりとKとQのツーペアを捨てた。


「あなたのハンドがポケットエースだってことくらいは分かってるんだよ。そうじゃなきゃ、胡桃ちゃんほどのプレイヤーが、お願いの内容も聞かずに勝負を受けるわけ無いでしょうが」

「あはは! 御名答!」


 もちろん、フォールドで終わったゲームなので、相手のハンドは公開されないけれども――胡桃ちゃんならほぼ確実に私のハンドの上位ハンドを持っている。そういう信頼があった。


 大丈夫、今の私はティルトしていない。

 仮にAAを持っていても、状況が不利だとわかれば降りられるだけの冷静さを保っている。


 現在の私のスタックは、2950ドル。

 胡桃ちゃんは今のゲームで勝ったおかげで、12000ドル。


 この差を、一時間で埋めてみせる――


「お願いかー、何にしよっかなぁ。みやびさんがお願い聞いてくれるんでしょ。えへへ、みやびさんが何でも言うこと聞いてくれる権利。楽しみだなぁ」

「もちろん私の出来る範囲でね……」


 この子、一体私に何をやらせるつもりなんだろう。


 次のゲームに移って画面上にカードが配られた所で、ふと、ようやく思い至ったように胡桃ちゃんは聞いてくる。


「ちなみに、みやびさんは僕に、どんなお願いをするつもりなの?」

「うん、それはね――」


 私は自分の手に配られたハンド――燦然と輝くAAを見て、レイズしながら言った。


「お金、貸して欲しいなって」



※ ※ ※



 仙道会系赤津組若頭、浅黄あさぎ毅彦たけひこ


 現在進行系で行われている无影との抗争における、赤津組側を主導する人物。組長が床に伏せている現在、赤津組の実権を握っているのがこの男だ。 


 そんな彼に、上實一家の櫻庭は状況について説明をしていた。


「つまり、新藤一人を差し出す代わりに手打ちにしろと、そう言うことか?」

「事がうまく運べば、という条件付きではありますがね」


 櫻庭の表情は重い。

 もともと仏頂面な男だが、額のシワはここ数日で更に増えた。銀縁眼鏡を押し上げて目元をもみながら、彼は続ける。


「表向きは、和解目的の親睦会です。賭博で始まった諍いですから、勝負で決着をつけようと、そう、相手側にも話をつけてきました。ルーレットで勝負を行う代わりに、これまでの対立を水に流すというものです。犠牲者の出ていない无影側からすれば、好条件でしょう」

「一人やられてるうちのメンツはどうなる?」

「和解金に五千万を当日手渡すそうです。一億まで釣り上げられなかったのは、こちらの力不足です。申し訳ない」

「組員一人の命、五千万か。随分足元を見られたもんだが――ふん、重要なのは金額ではなく、、ということか」

「はい。そちらを優先させていただきました」


 浅黄が納得を示したことで、櫻庭はかすかに胸をなでおろす。

 続けて、相手側の状況を説明した。


「无影の幹部とも話をつけてきました。あちらも、一部の支部の人間が勝手にやったことで、無駄に騒ぎを大きくしたくないというのが本音のようです。うちの組で捕らえた構成員を脅しのつもりで引き合いに出しましたが、見殺し同然で知らん顔していましたしね。ですが――漁夫の利で利権を得られるなら、それも良しと思っているでしょうが」

「クソが、ヨソモンが人のシマで好きにやりやがって。昔なら一人ひとりマトにかける所だが」

「止めてください。我々にまで迷惑がかかります」

「分かっとるわ。くそ、七面倒臭い時代になりやがった」


 浅黄は憎々しげにぼやく。

 彼は乱暴にタバコをつけると、苛立たしげに煙を吐きながら言う。


「ふん、身内を見捨てる連中だ。程度が知れる。だが、それならなぜ、奴らは新藤を匿ってる?」

「単純に利用価値があるからでしょうね」


 浅黄の疑問に、櫻庭は冷めた口調で答える。


「彼の運営するカジノはかなりの利益を上げているようで、その上納金がある限りは見捨てないでしょう。彼のマネジメント能力はそれなりですし、何より、今邑環季という反則を抱えている。昨今の短期営業が基本となっている闇カジノに置いて、確実に客を負けさせることの出来る今邑環季は、手放すには惜しい人材でしょう」

「逆に言えば、不利益を与えるならすぐに見切りをつける、というわけか」


 新藤蛍汰のマネジメント能力については、赤津組もケツ持ちをしていた時から把握していた。だからこそ、半グレには不相応なくらいの準備金を赤津組は与えていたのだ。

 もっとも、それを持ち逃げして无影に寝返っているのだから、今では憎々しい限りだ。


 新藤に利用価値がある限り、无影は彼を守り続ける。

 ならば――このルーレット勝負で、无影が彼をかばう必要がなくなるまで、負けさせる必要がある。


「つまり――お前の描いた絵図では、そのルーレット勝負で新藤を負けさせ、无影に大損をさせて切り捨てさせると、そういう魂胆なんだな」

「おっしゃるとおりで。まあ、私の絵図と言うよりは、勝負の代打ちの提案なのですが」


 櫻庭の肯定に、浅黄は「それで」と尋ねる。


「勝算はどれくらいあるんだ? その――『モノクローム』っつうカジノを潰すっつう話に、うちはどこまで賭けたら良い?」

「先程の手打ち金五千万はそのままベットしていただくとして、それとは別に、赤津組さんには最低でもキャッシュで――」


 金額を聞き、浅黄は眉根を寄せた。


「ふざけとる、わけじゃないんだな?」

「勝負をする代打ちの言うことです。私の目から見て、勝算は五分」

「五分の勝負に、賭けろっちゅうんか?」

「そういうことになりますね」


 櫻庭としても、それ以上のことは言えない。

 ただ淡々と、私情を交えずにメッセンジャーとしての役割を続ける。


「浅黄さんが乗った場合、新藤を引き渡すと同時に、勝金の配当分を収めるとのことです。まあ、提示できる条件としてはこれが限度でしょう」

「ただし、負けた場合は新藤を取り逃し、賭け金も戻らない、と。その代打ちにケジメを付けさせるっちゅうんは、どうせ貴様が許さんのだろ?」

「というより、こちらも債権の回収がありますので」


 冷えた目で櫻庭は静かに言う。


 仮に一色雅が負けた場合、貸した分はきっちりと回収する。彼女の伯父とは知らない仲ではないが、それとこれは別だ。きっちりケジメはつける。


 最も、そのことは一色雅も承知しているようで、櫻庭との間の取引は慎重に進められていた。


「私の方で債権を回収し終えた後でしたら、いくらでもケジメを付けていただいて構いませんが――まあ、赤津組さんも出がらしをもらっても仕方ないでしょう」

「ふん、そうだな」


 浅黄はわずかに逡巡する。

 しかし、答えは最初から決まっていた。


「まあ、良いだろう。うちの組から死人が出ている以上――戦争は避けられんのだからな。仮に負けたなら、その時はその時でやりようがある」


 どうやら勝負の結果を期待しない方に賭けたようだった。その代わり、勝負そのものは成立させられるように、初期投資として出資することに同意した。


「おう、櫻庭。その勝負の仕切り、進めてくれや」

「承知しました」


 こうして、対決の準備は進む――



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