5.大七星と緑一色



 一色勘九朗の伝説は、七星と仙道会という二つの組織を敵に回した夜から二年後、誰もが忘れかけていた頃に幕を開ける。


 それまで姿を消していた彼は、唐突に歌舞伎町に現れて、雀荘という雀荘を荒らし始めた。それは五年前、上京したての頃に暴れたのとは明確に違う、目的を持った攻撃だった。


 五年前は手当り次第に喧嘩を売っていた伯父だったが、今回は的確に、裏社会の息がかかった雀荘を攻め落としていった。

 店で一番の古株や名の通った雀士を一人ひとり潰していき、一色勘九朗の名を轟かせた。その時の対決こそが雀伝記であり、歌舞伎町中の雀荘を出禁になったという伝説の正体である。


 伯父がそんなことをした理由は、ただ一つ。

 もう一度、七星研吾と正面から戦うためである。


 七星とは二年前の裏切り以来、一度も顔を合わせていなかった。

 あの夜のことを伯父は後悔していなかったそうだが、一つだけ心残りだったのが、七星と直接対決せずに袂を分かったことである。せめてもう一度、七星と戦いたい。それこそが、伯父を突き動かす原動力だった。


 しかし、そんな派手なことをしていれば、七星以外の相手からも目をつけられる。特に、伯父のことを殺したがっていた仙道会の幹部は、真っ先に襲ってきたらしい。


 だが――伯父も馬鹿ではない。

 その時には、強力な後ろ盾を持って帰ってきていた。


「仙道会は構成員二千人の大規模組織だが、それと同規模の組織力を持つ双龍会そうりゅうかいと勘ちゃんは繋がりを持ってきたのさ。三次団体の賀古川かこがわ組っつー小さな組だが、腐っても双龍会系組織だ。大組織同士の下っ端が衝突して抗争が起きる、なんてことはどっちの組織も避けたいから、どうしてもにらみ合いとなる。結果、勘ちゃんは自分の土俵で勝負ができたってわけだ」


 つまり、麻雀での決着である。


 賀古川組とのつながりは、言ってしまえば互恵関係であり、もっと言えば伯父と賀古川組長がメチャクチャ仲良くなったから出来たつながりらしい。その関係は今でも続いているそうで、たまに伯父は組長さんと飲みに行っているそうだ。


 そんなわけで、飼い殺しのような関係でなく、本当に後ろ盾としての組織力を手に入れた伯父は、仙道会の因縁のある幹部と、麻雀で勝負をしてこれを倒した。


 そうしてようやく、七星研吾が表に出てくる事になった。


『ご活躍みたいだな、一色。嫌でも評判は聞こえてきやがったぞ。迷惑なこった』

『そう言うなや。あんたとやるために頑張ったんだぜ、七星さんよ』

『ちっ。跳ねっ返りは昔から変わらねぇな。そういう所――嫌いじゃないがな』


 七星と再び会えた時には、伯父が歌舞伎町で活動を再開してから三年後が経っていた。

 そして、二人の決着がつくには更に二年の月日が必要となった。


 六本木代理戦争。

 赤坂サバイバル戦。

 大宮風俗利権戦。

 上野地権争奪戦。

 八王子麻雀大会。

 横浜三麻バトルロイヤル。

 そして最後が――歌舞伎町頂上決戦。


「都合七回、直接的にしろ間接的にしろ、勘ちゃんと七星は激突した。そこには、ヤクザも半グレも関わったし、中には財界や政界の大物だって争いに巻き込まれた。財力、権力、暴力、あらゆるもんが、二人の男の戦いのために振るわれたわけだ」


 中々のスケールに、鯨波は「ふぅん」とぼやく。


「そんな抗争みてーな状況でありながら、勝負の内容が麻雀だったっつー所が漫画みたいな話だな。ま、平和で何よりだが」

「平和? そんなわけねぇさ」


 鯨波の感想を、トラおじちゃんは一蹴した。


「財力も権力も暴力も、どれ一つとっても、人を破滅させるにゃ十分だった。正直、この二人の戦いで身を滅ぼした人間は両手の指じゃ数え切れないぜ。それでも、抗争として表沙汰にならなかったのは、それぞれが抑止力として牽制しあっていたのもあるが、何よりも間に、あの上實うえざね一家が仲介として入ったからに他ならねぇ」


 ん? 上實一家?

 不意に出てきた名前に思わず反応する。確か、こないだのマンションバカラで、借金の回収に来たのが上實一家の代貸だった。

 まさかこんな所で名前が出るとは思わなかったが――さすがにここで詳しく聞くわけにも行かず、私は話を静かに聞くしかなかった。


 私と違って鯨波はその辺りに詳しいのか、腑に落ちたようにうなずく。


「上實一家っていやぁ、博徒集団の古参組織だな。ヤクザの中でも、あれだけは中立だ。なるほど、そいつが仕切りやってんなら、勝負は公平だったわけだ」

「ああ。だからこそ、勘ちゃんと七星は周囲に死人を出しながらも、全力でぶつかりあえた。そして――最後の歌舞伎町頂上決戦で、七星は没落した」


 歌舞伎町で始まった戦いは、東京どころか関東中を巻き込み、あらゆる場所で伯父と七星は対決をした。

 伯父が顔を出す所には必ず七星は自分の息のかかった雀士を送り込んだし、伯父はそれを承知で七星の息がかかった組織に喧嘩を売りまくった。


 いくら伯父が賀古川組の後ろ盾を得たとは言え、七星研吾は不動産王とまで言われる男だ。普通だったら、彼を凋落させることは不可能に近い。事実、最後まで七星は身を滅ぼすようなことはなかった。


 しかし――最後の歌舞伎町での頂上決戦を最後に、七星は裏社会から完全に身を引いた。


「要はプライドの話さ」


 半荘二回戦目。

 すでに南場ナンバに入り、得点トップはトラおじちゃんだ。このまま独走を許せば、この半荘もおじちゃんがトップで終了するだろう。そんな状態で、彼は話を続ける。


「平成の不動産王。七星研吾の絶対性を支えるのは、昭和の時代に培ったギャンブラーとしての名声だ。名だたる博奕打ちを倒して築き上げたその牙城は、簡単には崩せないと誰もが思っていた。しかしそこに、一色勘九朗というチンピラが喧嘩を売ったんだ。最初は素手で。次に武器を持って。そして最後には、強力な暴力を後ろ盾に、少しずつ迫ってきた」


 その時の七星研吾の心中は察するに余りある。

 なにせそれは、


 昭和の時代を腕一本でのし上がっていった豪傑。どこの組織にも与さず、ただ一人で裏社会を渡り歩いた男。気に入らない相手は叩き潰し、欲しいものは奪い、そして、強敵には嬉々として立ち向かう。


 おそらく七星は、一色勘九朗という若者に、自分の姿を見たはずだ。


「一流の博奕打ちにとって、金なんてものは大した価値を持たない。金で満足するようなやつは、どのみちギャンブルの途中で身を滅ぼすからな。金は勝負に必要な力だが、それで心が満たされるようなことはない。なら、博奕打ちは一体何に満たされる? そりゃあ――」


 、と。

 トラおじちゃんはツモを宣言しながら言った。


 リーチ・門前メンゼンハク混一色ホンイツ・チャンタ・ドラドラ――倍満。


 更に裏ドラが乗って、三倍満。

 一万二千オール。


「要するに七星研吾は、一色勘九朗に対して、プライドを賭けた上で負けたから姿を消したのさ。それは、平成の不動産王の伝説が終わり、一色勘九朗っつー博奕打ちの伝説の始まりでもある」


 以上、このおじさんたちが過ごした、青春とも言うべき時代の物語。

 何人も身を滅ぼし、中には死人を出しながら、大金で殴り合い、利権を食い合い、終いには意地とプライドだけで戦いあった二人の男の話だった。


「なるほど、ね――」


 話を最後まで聞き終えた鯨波は、淡々と点棒を渡しながら、素直な感想を口にする。


「頂上決戦の話は聞いちゃいたが、一色勘九朗と七星研吾の確執についちゃ詳しくなかったから、参考になったよ。なるほどね。通りで、七星研吾についちゃ、消息が全くつかめねぇわけだ。はっ、下手するととっくにくたばってやがるかもな」

「噂じゃ、田舎に帰ったって話さ。ただ、あれから二十年経つ。当時でも年齢は六十過ぎだったし、確かにそろそろ寿命を迎えてもおかしくないだろうぜ」


 たく、時間の流れってのは世知辛いぜ、と。おじちゃんは自嘲げにぼやく。


 ――さて。

 話がある程度まとまった所で、トラおじちゃんの集中力も切れてきたらしい。


 ナン二局。

 私の親で、おじちゃんは非常にぬるい一打を打ってきた。


「ロンだよ、おじちゃん」

「む?」


 おそらくそれは無警戒の一打だったはずだ。ホーに二枚切れの『ペー』。それに対して、私はロン宣言とともに手牌を倒した。


 それと同時に――手の中に握り込んでいた『ペー』を端の余剰牌とすり替える。雀頭のみを狙い撃ちにしたこのイカサマは、話に一段落がついて、全員が気を抜いて居たからこそ成功した。



。――



 親のロン和了りなので、四万八千点の直撃である。

 先程の三倍満和了あがりの点数をほぼ奪ってやった。


 さすがに予想外の点数だったのか、トラおじちゃんはビックリしている。それに気を良くしながら、私は牌を崩して自動卓に流しながら言った。


「さて、一本場だよ、おじちゃん」

「がはは、麻雀がうまくなったじゃないか、みーちゃん」

「負け惜しみなら喜んで受け取るよ」


 最も、もう間に合わないと思うけど。

 この半荘二回分、ただトラおじちゃんに負け続けたわけじゃない。私は私で、話を聞きながら入念に準備を重ねたのだ。


 その結果は、次の局ですぐに出る。


 そこから私は三回連続で和了あがった。それも、全てトラおじちゃんからの直撃だ。安手だが確実に狙い撃ちして連チャンし、ついにおじちゃんをトバした。


 何度も直撃を狙い撃ちできた理由は、ガン牌だった。


 五萬ウーワン五索ウーソウ五筒ウーピンの三種類、合計十二個の牌に口紅で印をつけた。よく見なければわからない程度の汚れだが、意識しないと消えない程度の汚れ。これに寄って、相手の手牌の順子シュンツがある程度予測できるようになった。麻雀において特定の牌が予測できることのメリットは計り知れない。これは、ガン牌の源さんの教えである。


 これに鳴き麻雀を加えると、和了あがりの速度は格段に上がる。幸い、上家カミチャはあまり雀荘に慣れていない英知くんなので、キー牌をどんどん鳴かせてくれる。あとはロン牌をトラおじちゃんの余剰牌に絞ればいい。この鳴き麻雀の技術は、黒井先生の教えだ。


 そして、極めつけはトラおじちゃんから教わったすり替え。トラおじちゃんほどではないけれど、急所を絞れば気づかれないくらいさりげなくすり替えられる。


 トラおじちゃんは一人だが――私には何人もの麻雀の師匠がついている。平打ちでもそれなりに自信はあるけど、ことイカサマ勝負なら、いくらでも正面から殴り合ってやるさ。


「さ、それじゃ、半荘ハンチャン三回戦目ね」


 半荘ハンチャン二回戦は私の圧勝だったので、意気揚々と次の場所決めをする。

 場は変わらず、風だけが変わる。起家チーチャはトラおじちゃん。使っている牌は変わらないので、このまま一気に突っ切ってやる。


 しかし――ここまで、鯨波が妙に静かなのが気になる。まったく和了あがってないわけでは無いけれど、最初にトラおじちゃん相手に意気込んだ割には、普通に打っているだけだ。まあ、それで楽しいのなら別にいいけれども――


「ふ――そうだな。せっかくだし、もしておくか」


 打牌を進めながら、急にトラおじちゃんが話を始めた。


「歌舞伎町頂上決戦。それが事実上、一色勘九朗と七星研吾の最後の勝負って事になってる――が、実はその後、一度だけ、勘ちゃんと七星は勝負をしている」

「…………」


 あれ? なにそれ知らない。


 七星と伯父の因縁については、それこそ耳にタコが出来るくらい色んな人から教えられたから、それなりに詳しいつもりだったけど――頂上決戦で互いのすべてをぶつけ合って、完全燃焼した後に、どうしてまた戦うことになったんだろう?


「舞台はこの雀荘だ。『紅一点』こそが、二人の因縁の最後の場所さ」


 ちらりとカウンターの伯父の方を見るが、相変わらず新聞に目を落としたままだ。さっきから新聞のページがめくれてないよ、伯父さん。しかもコーヒーが完全に冷めている。そのまま微動だにしない伯父をしばらく横目で見ながら、私はトラおじちゃんの話に耳を傾ける。


「七星は敗北したとは言え、その膨大な不動産の利権を処理するのには、一年近い時間がかかった。そうして身ぎれいにした後、奴は最後に残ったこの雀荘にやってきたんだ。それは、ここが勘ちゃんと七星が最初に出会った場所だったからだ。そして、この店の権利を信頼できるヤツに譲るためにな」


 人知れず行われた最終決戦。

 それは、最初から最後まで関わった、本当に少人数で行われた戦いだったそうだ。


 ――伝説が最後の戦いに入ったのと同じく、私とトラおじちゃんのイカサマ合戦も、終盤に差し掛かっていた。


「七星の和了あがりの代名詞として、大七星ダイシチセイっつー役がある。ローカル役の役満だ。字牌を七種類、対子トイツ系で集めるという、七対子チートイツで作る字一色ツーイーソーだな。実際に和了あがったことはそうないはずだが、その名前も相まって、七星研吾なら大七星だろう、って言われるくらいだった」


 トラおじちゃんが和了あがれば、次の局は私が和了あがる。

 もはやどちらも技を隠そうともせず、英知くんや鯨波のことを蚊帳の外に、互いに相手からの放銃のみを狙うような打牌を繰り返す。


「それに対して、勘ちゃんはその名の通り、染め手が代名詞だった。中でも緑一色リューイーソーは最もきれいな染め手として、勘ちゃん自身が気に入っていた役満だ」


 途中で鯨波が何度か和了あがったが、それを気にせずに私はすり替えを繰り返す。自分の当たり牌をあえて山に仕込んで、トラおじちゃんに掴ませる。それに気づいたトラおじちゃんは、それを手牌で握りつぶして逆に自分の当たり牌を送ってくる。純粋な麻雀を汚すような、イカサマとペテンが場を支配する異様な勝負。


 そうして迎えたオーラス。

 私とトラおじちゃんは、互いに大物手を作り上げていた。


「地上に七星、染める一色。この店『紅一点』での最終決戦で、二人は代名詞とも言える二つの役満を、それぞれ一向聴イーシャンテンまで持ってきた。結果的に、和了あがり牌もかぶることになったのさ」


 ああ、そうだろうと、私は黙ってうなずく。

 なにせ、


 緑一色リューイーソー

 索子の内、赤色の入っていない牌、二索リャンゾウ三索サンゾウ四索スーソウ六索ローソウ八索パーソウ。そして、字牌のハツを使い、手牌を緑に染める、最もきれいな染め手。私にとっても好きな役だ。


 私は対子となったハツを軽く撫でる。緑一色リューイーソー聴牌テンパイ。仮に發をツモるかロンすれば、役満だ。


 しかし――同時にそれは、トラおじちゃんも同じだろうと分かった。


大七星ダイシチセイ緑一色リューイーソーも、どちらも『ハツ』を使う。一枚は七星に、二枚は勘ちゃんの手牌に入り、残りの一枚が二人の当たり牌だった。当たり前だが、捨て牌を見れば、誰だって二人が役満を張ってるのはわかる。よっぽどのバカじゃないと振り込みはしない。自然と、どちらが先にツモるかの勝負になった」


 それはおそらく、今の状況も同じだ。

 おそらくトラおじちゃんは、『ハツ』待ちで張っている。


 大七星ダイシチセイはさすがに出来すぎだから、おそらく字一色ツーイーソーか、あるいは他の待ちで雀頭にしているんだろう。くそう、場に一枚も見えないハツが憎らしい。こうなったら緑一色リューイーソーを諦めてしまう手もあるけど、おじちゃんがハツ待ちの可能性が高い以上、下手に手を崩すのも危険だ。


 じれるような気持ちを抱えながら、私は打牌を繰り返す。

 もうここまで来ると、イカサマは意味をなさない。あとは山のどこにハツが眠っているか。ただそれだけの勝負だ。


「――それで」


 と。

 不意に、鯨波がツモった牌を手で止めて、トラおじちゃんに尋ねた。


「その大七星ダイシチセイ緑一色リュウイーソーの勝負、その最高の舞台の決着は、どっちが勝ったんだよ?」

「ん? ああ、それがな――」

「いや、やっぱり言わなくていいや」


 わざわざ尋ねておきながら、鯨波はトラおじちゃんの言葉を遮った。


 ニィっと。

 唇の端を限界まで釣り上げ、愉快でたまらないとでも言うように満面を笑みで染めながら、彼女は手に持ったツモ牌を大きく卓上に叩きつけた。


 南四局、オーラス。

 親は鯨波雫。


 彼女はツモを宣言しながら、最後の一枚であるハツをツモるとともに、手牌を倒した。



――! 。逆転だな、うしし」


「……………」

「……………」


 この女――最後に役満をツモりやがった!


 私とトラおじちゃんは思わず手牌を見下ろす。私の手には緑一色リュウイーソー聴牌テンパイが、そしてトラおじちゃんにも、同等の手が入っていただろう。それを、見事に鯨波が横からかっさらっていった。


 この半荘、私とトラおじちゃんは互いに点棒のやり取りをするだけで、大きくリードはしていなかった。そこに、鯨波が一人浮いたのだから、勝敗は決した。


「うはは! やー、すげぇ面白かったぜ。伝説の話も、勝負もな。さてと。満足したし、悪いけどこれでラス半にさせてもらうわ。それとも、リベンジする?」

「……いいえ。あなたには負けましたよ。鯨波さん」

「そうかいそうかい」


 ニヤニヤと笑いながら、鯨波は意地悪そうに言う。


「ま、イカサマもいいけどさ。今度は正面から勝負したいもんだな、一色ちゃん。実はあんた、平で打ったほうが強いだろ?」

「…………」


 わー、バレてら。

 まあ、あれだけ露骨にやってれば、現場を押さえられなくても、何かやってるのはわかるだろう。そんな中で、鯨波はイカサマをやっている様子はなかったので、完敗である。


「ちょっと待ちな、姉ちゃん」


 帰ろうとする鯨波に対して、トラおじちゃんが呼び止める。


「せっかくオレっちに勝ったんだ。勘ちゃんの居場所、聞いてかなくていいのかい?」

「ん? あー、そうだな」


 鯨波は言いよどんだ後、バツが悪そうに頭をかいて見せながら、ちらりとカウンターに座っている伯父の方を見ながら言った。


「まあ、出直すよ。話を聞いて、ひととなりはだいたい分かったからな。無理に詰め寄るより、ちゃんと手順を踏んだ方が良さそうだ。はは、ま、気長に挑戦するとするよ」


 それじゃあな、と言って、鯨波はあっさりと去っていった。

 あとに残された私達は、まるで勝負を途中で取り上げられたような消化不良感を抱えるしかなかった。


「ふん、完敗だったな、二人共」


 鯨波が帰ったことをいいことに、伯父は近づいてきながらそっけなく言った。


「イカサマ勝負なんてするからだ。小手先の技なんかより、まっとうに勝負しているやつの方がトータルでは上になる。みーちゃんも、いくらなんでも遊びすぎだ」

「……はい、ごめんなさい」


 これには口答えもできないので、素直に謝っておく。


 私の麻雀の師匠の中で、唯一率先してイカサマを教えなかったのがこの伯父だ。もちろん、伯父もそれなりにイカサマの技術は持っている。しかし、それを使うのは他人のイカサマに対抗するためであり、自分が主体で使うものではないというのが、伯父の教えだった。


 まあ、主義主張はどうであれ、さすがにイカサマのみに集中しすぎたというのは敗因の一つだろう。そうでなかったら、鯨波の国士をもっと早く気づいていたはずだ。まあ、ツモアガリなので気づいた所でという話ではあるけど。


「……あのー」


 と、そこで、ずっと黙っていた英知くんが手を上げた。


「どうした、マネージャーの兄ちゃん」

「あと、今の七星さんと一色さんの最終決戦の話ですけど――結局、大七星ダイシチセイ緑一色リュウイーソーの対決は、どちらが勝ったんですか?」


 あ、それは私も知りたい。

 流れで言えば、一度格付けが済んだことを考えると伯父が勝っていそうだけど、七星研吾が最後に人知れず勝って姿を消したというのもちょっとエモい。


 果たしてどっちが勝ったのか。

 その質問に、伯父は苦々しそうに顔を歪め、代わりにトラおじちゃんが生き生きとし始めた。


「おうおう、勘ちゃん。若人たちが結果をご所望だぜ。言ってやれよ」

「……あのな。こいつが嬉々としてしゃべるネタだぞ?」


 嫌そうな顔をしてトラおじちゃんを指差す伯父と、もう愉快で仕方なさそうなトラおじちゃん。

 伯父はとうとう深い溜め息をつきながら言った。


「ちなみに、その勝負にはこいつも同席してた」


 へぇ、と相槌を打つ。

 そういえば、最終決戦で七星と伯父以外のメンツは今まで聞いていなかったけど、最初期からの因縁で言えば、トラおじちゃんも含まれるのか。


 あ――分かっちゃった。


 この、メチャクチャ楽しそうなトラおじちゃんの顔と、嫌そうな伯父を見ていれば、自ずと答えはわかる。



 渋々と、伯父が白状した。

 最終局面、南四局オーラス。


「そこのトラの野郎が、国士無双コクシムソウ和了あがりきったよ。しっかり、ハツを手で握りつぶしてな」


 なんともまあ締まらない結末。

 だけれど、それこそが麻雀だという感じの決着だ。


 だって――麻雀は四人でするものだ。


 二人だけの勝負になるはずもなく、そして、その一戦を最後に、七星研吾は表からも裏からも姿を消した。


 地上に七星。

 輝くような伝説を起こした男は、最後に、なんてことない一局を打ち、そして明確な決着をつけることもなく、次世代に伝説を継いで身を引いたのだった。



 それが、歌舞伎町雀伝記。

 物語のような麻雀打ちの伝説は、今でも熱く語られるのだった。




 EP3『歌舞伎町雀伝記』 END


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