2.ブラックりんごカードシステム



 雀荘『紅一点』

 現在、店長一人と客が三人。


 見事に閑古鳥が鳴いていた。


「まだ帰宅ラッシュ前とは言っても、ほんとにお客さん来てないんだね」

「夜には少しは来るんだがな。ま、営業再開して日も浅いし、仕方ないさ」


 そう言いながら、伯父はオレンジジュースを二人分持ってきてくれた。そのまま彼は雀卓の空いている席に座って、四人で卓を囲む形になった。


 私の対面トイメンにトラおじちゃん、上家カミチャ(左側)が英知くんで、下家シモチャ(右側)に伯父が座る。


 並べてあった麻雀牌を自動卓に流し込みながら、伯父は私達を見渡した。


「悪いが、バイトのメンバーが来るのは夜からでな。それまでは人も居ないことだし、他の客が来るまでは俺が入るとしよう。マネージャーさんは、麻雀のルールは大丈夫か?」

「は、はい。基本なら。学生時代にセットで打つくらいでしたけど」

「なら符計算もそれなりに出来るか。あとはこの店のルールの説明だな」

「あの。それなんですけど」

「なんだ?」

「みやびちゃんから、この店はノーレートって聞いたんですけど、それ本当です?」


 どうやらまだ疑っているらしい。

 ふふ、全く疑り深いことだ。そんな英知くんには、伯父が考えた素晴らしい店のシステムをしっかりと説明してあげないといけないね!


を賭けないのは本当だよね、伯父さん」

「ああ。は賭けないからな。ここはアミューズメントカジノと同じシステムだ」


 うんうん、とうなずきながら、伯父はカードケースに入ったカードの束を取り出してきた。


「まあうちも商売だ。場代だけじゃ儲からないし、それに客も面白くない。そこで、場代の代わりに、換金出来ないチップを購入してもらい、それをやり取りすることにしている」

「それが、そのカードですか?」

「ああ。一セット二百枚で六千円。なくなったら別途購入だ」


 伯父はカードを雀卓の上に広げてみせる。りんごのシルエットが描かれた、既視感のあるデザインのカードだ。ちなみに、見覚えがあるのは主に夏恋ちゃんだ。そこまで似ていないとは言え、訴えられないか心配だ。


 その一枚を手に取りながら、伯父は説明を続ける。


「千点につき、りんご一枚。あえてレートで言えば点三だ。換金はできないがな」


 しつこいくらいに『換金はできない』を強調して、伯父は言う。


「点棒は二万五千点持ちの三万点返し、ウマは無し。これなら、箱ラスでも一回でりんごが尽きることはない。負けまくっても半荘三回は出来るだろう」

「……良心的ですね」


 英知くんがまだ疑わしそうな顔をしている。どうやら、あまりにも良心的すぎて逆に不安になってきたようだ。


「というか、これ預り金とゲームチップのシステムと同じじゃ――」

「同じじゃないよ、換金できないから」


 私はかぶせるように言った。

 しかし、さすが英知くん。雀荘経験者らしいのは聞いてたけど、やっぱり知ってたか。


 通常、雀荘におけるチップと言えば、特定の条件を満たして和了った時にもらえるご祝儀のことだ。赤ドラを使って和了あがったり、役満を和了あがったりとかすると、点棒と別にチップをもらえて、半荘ごとに精算される。雀荘での麻雀はこのチップを集めるのがギャンブルとしてとても面白いのだけれど――それとは別の話で、精算のシステムそのものを、現金ではなく代替の遊戯チップやカードでやっている雀荘もある。


 曲がりなりにも賭け麻雀は違法だ。テーブルに現金を置いてお金のやり取りなんてしてたら、普通なら一発でお縄である。なので、あくまで賭けているのは仮想マネーの遊戯チップであって、現金を賭けているわけではないですよ、という体でゲームをしているわけだ。


 どの雀荘も、最初に預り金と言って、一定の金額を預けることになる。これは、客が大負けして賭け金を払えない、という状況を防ぐためのものだけど、その預り金を遊戯チップに交換してやり取りさせれば良いんじゃない? と考える人が居たわけだ。


「確かにこれは、遊戯チップと同じだ。だが、先程も言ったとおり、ここではアミューズメントカジノと同じで、換金はできない。このりんごカードは、あくまでゲームを遊ぶための道具としての扱いしかしていない。仮に大勝ちしてカードを大量に獲得したとしても、現金は持って帰れない。勝ち取ったカードは、預り証を発行して店に預けて帰るシステムだ。次回以降は、割引して引き出して遊べる」


 健全だろう? と伯父はニコリともせずに強面のまま言う。


 そこまで言われれば、英知くんもそれ以上追求する気もなくなったようで「そうですね。疑ってすみませんでした」と謝った。


 と、そこで。

 英知くんは顔を上げるとともに、不意に視線を店の奥にやって、怪訝な顔をした。


「……カレーの値段。30枚ってなんですか?」

「……………」


 伯父、黙る。


 英知くんが言っているのは、店の奥、スタッフルーム前に貼られているメニュー表のことだろう。

 雀荘は遊戯施設だけれども、長時間遊ぶ客のために軽食を提供していることがある。大抵はレトルトの簡単なもので、これが意外と癖になる。


 メニュー表、そこまで大きい文字では無いけれど、視力の良い英知くんにはバッチリとその内容が見えたようだった。



 焼きおにぎり…15枚

 からあげ………20枚

 カレー…………30枚

 焼きそば………30枚

 ラーメン………40枚

 チャーハン……30枚(大盛り40枚)

 エトセトラエトセトラ



「…………カレー、900円ですか。高いですね」

「何のことだ?」

「っていうかラーメン一杯1200円はボリ過ぎでは!?」

「何のことかわからないな」


 無駄とわかっていても、雀荘の店主として認めるわけには行かないので、すっとぼけ続ける伯父。これはあくまで独自の金額表示であって、決して麻雀用のりんごカードでやり取りするわけではないという抵抗だ。


 ちなみに、風営法では遊戯チップと飲食物を交換するのも、換金性のある行為として禁止されている。遊戯チップが換金性を帯びた時点で、ゲーム中のやり取りが賭博となるためだ。まっくろクロスケだね!


「がはは、まあ仕方ねぇわな。オレっちたち見てえなゴロツキは、ちっとでも賭けの要素がねぇと、どうしてもやる気が出ねぇからよ」


 黙り込む伯父の代わりに、トラおじちゃんが愉快そうに言う。まあ、この世代の人達は呼吸をするように麻雀でお金を賭けてきた人たちだから、今更ノーレートなんてやってられないのだろう。このお遊びみたいなレートでもやりたがるのが不思議ではあるけど。


 さて、そんなギャンブル狂いなトラおじちゃんは、次に英知くんに絡み始めた。


「つーわけで、オカマのマネージャーさんよぉ」

「え? 僕ですか?」

「おめさん以外に誰がいんだよ、あぁ?」

「僕は別にオカマってわけじゃないんですけど……えっと、なんですか?」

「がはは、まあ悪いことは言わねぇさ。もし大勝ちしたら、勝ち分の預り証を持ってうちの店に来いってだけの話だ」

「うちの店?」


 説明しよう。

 トラおじちゃんの本業は金券ショップなのである!


「そのりんごカード、欲しがってる奴がいてよ。50枚単位で好きな金券と交換させてやる」

「真っ黒すぎる! ただの三店方式じゃないですか! パチンコ以外だと捕まりますよ!?」


 英知くんが正論を叫ぶ。

 まあ、派手になったら警察のご厄介になるだろうね……。


 パチンコの三店方式――前回は言葉を濁したけど、せっかくなので説明しようかな。


 パチンコという遊びは、もともと出玉を景品と交換するシステムで、大抵は消耗品や嗜好品と交換することになる。

 その景品の中に、換金性のある『特殊景品』というものがあって、それを専門の質屋(景品交換所)で買い取ってもらうことで、現金に変えるというシステムだ。そして、景品交換所は、それを必要としている業者(景品問屋)へと特殊景品を売り、景品問屋はパチンコ店に特殊景品を卸す。

 パチンコ店、景品交換所、景品問屋の三つの業者がそれぞれ個別に取引をしているため、三店方式という名前で呼ばれている。


 なんでこんなややこしい仕組みをしているかと言うと、パチンコ店が風営法で許されている範囲は出玉と景品を交換する部分だけで、出玉を自社で現金化したり、有価証券に交換したりすることを禁止されているからだ。なので、景品交換所で特殊景品を換金することに、パチンコ店は関わっていませんよ、というのが建前である。


 まあ、屁理屈に近い理屈なので、グレーゾーンの中でも黒に近いとは思うけれども、このシステムが生まれた歴史には、暴力団がパチンコ景品を現金化するシノギをやって社会問題になった背景があったりするため、一概に善悪で語れない背景があったりする。詳しく説明しているサイトもあるので、興味があったら今度こそググろう!


 閑話休題。


 まあそんなわけで、この雀荘のりんごシステムは、伯父たちが仲間内でやっている中々どす黒いお仕事なんだけど、今の所はほとんどお遊びに近い状態なので、警察も察知していないという状態になっている。


「そもそも、なんでこんな回りくどいことしているんですか? ゲームチップを採用している雀荘でも、精算は帰る時にレジでやるんじゃないです? 三店方式まで使うほど派手に儲かっているようにも見えませんし……」


 英知くんのもっともな疑問に、伯父は苦虫を噛み潰したように顔を歪める。

 黙り込む伯父の代わりに、トラおじちゃんがそれはもう愉快そうに教えてくれた。


「そりゃあ、これ以上営業停止を喰らいたくねぇからさ、なあ、勘ちゃんよぉ!」

「営業停止? 何やらかしたんですか?」

「何って、麻雀で違法行為つったら賭け麻雀に決まってんだろ、オカマの兄ちゃんよ」


 決まっているかどうかはともかく――この店が摘発を食らったのは事実だ。


「がはは、見ての通り、オレっちたちゃクズだからな。久々に会えば、打つ、飲む、買うのが遊びな、昭和のろくでなしさ。ま、ちょっとした同窓会だわな。朝っぱらから気分良く浴びるように酒を飲み、きれいな姉ちゃんたちとどんちゃん騒ぎだ。そしたら最後は、誰が一番強かったかで喧嘩になってよ。よっしゃ、そんじゃあ勘ちゃんの店で決めようやと、営業終了間際の銀行に駆け込んでからこの店に集まったってわけだ」


 上機嫌で思い出を語り続けるトラおじちゃんはどんどんヒートアップしていくが、その横で伯父は頭痛をこらえるようにこめかみを押さえていた。伯父からすれば、酒の勢いでやってしまった、思い出したくもない記憶だろう。危うく雀荘の四号営業許可を剥奪されてブラックリスト入りする所だったし、そりゃそうだろう。


 若干引き気味に話を聞いていた英知くんが、おそるおそる尋ねる。


「でも、普通に麻雀しただけですよね? そんなので営業停止になるんですか?」

「そりゃあ普通のレートならならねぇさ。普通ならな。がはは! おいおい、その時集まったメンツが、ぬるいレートで打つかよ。点ピン? リャンピン? そんなのガキの小遣いにもなりゃしねぇ。オレっちたちにふさわしいレートでやったに決まってらぁ」

「……一体、いくらなんです?」


 英知くんが私を見ながら聞いてくる。そんな当然のように私が知っていると思わないで欲しい。


 まあ、知っているんだけどね。


「千点十万」

「………………………は?」


 あんぐりと開いた口が塞がらない英知くんに、私は事実を提示する。


「だから、千点十万円。三万点返しのウマがワンツー。だから箱下で五百万円くらい払うことになるアホみたいなレートだよ」

「……正気ですか」


 そりゃ摘発されるわという顔で英知くんがつぶやく。

 それに関しては私も全面的に同意だ。バブル期ならいざしらず、平成も終わって令和になるような時代に。札束で殴り合うような麻雀をやっているのだから、正気とは思えない。


 ちなみにこの勝負、本当にアホなことに観客も何人か居て、さらには外馬でも札束が飛び交った。噂を聞きつけてギャラリーはどんどん増え、見るからにやばい賭場となった。

 夕方から始まって深夜を超えて騒ぎまくった挙げ句、ついに近所のガールズバーから苦情が入り、公権力の見回りイベントが発生して、見事に全員お縄となったのだった。


 アホである。

 我が伯父ながら、アホの極みである。


 人のことを言える立場かと言われるかも知れないけど、私はこんなアホみたいな形で逮捕されることは無いし、そもそも伯父からいつも目立つようなギャンブルはするなと再三言われてきていた。そんな教えを授けてくれたこの育ての親が、酒と徹夜の勢いでどんちゃん騒ぎして捕まったのだから、アホとしか言いようがない。


 伯父もさすがに自分の脇の甘さを実感しているためか、この件に関しては完全に無言を貫いている。そして、どうやったかは分からないけど、雀荘の営業許可の剥奪だけは阻止して、半年の営業停止を経て、ようやく最近、営業を再開したと言う訳だった。


 とは言え、同じ立地で営業をしているため、警察に目をつけられないように努力をした結果が、あのりんごカードシステムというわけだった。


「……いや、そもそも賭け麻雀やらなきゃ良いだけの話じゃないですか」


 呆れたように当たり前のようなことを口にする英知くん。


「しかも三店方式にすることでメチャクチャ怪しくなってますし。普通に健康麻雀で再オープンすればいいじゃないですか。なんだって、そこまでして賭け要素を残そうとするんです?」

「そんなこと言っても、なぁ、勘ちゃん」


 トラおじちゃんがすっとぼけたように言う。


「麻雀で賭けないなんて道理はないわな?」

「ああ、麻雀は賭けるもんだからな。なあ、みーちゃん」

「そうだね。麻雀はやっぱり賭けないとね。伯父さん」


 声を揃えるダメ人間三人だった。


「まあ、でも」


 と、私は咳払いをしながら、この件について何度も言ったことを口にする。


「仲間内の麻雀なんだし、レートは低くても良かったんじゃない? もう少し常識的なレートなら、営業停止まではならなかったでしょうに」


 賭け自体は納得する私だけれども、レートに関してはもうちょっと節度を持てよと思う。まあ、メンツが揃ってしまったから、ハメを外してしまったのかも知れないけど。


「は! そんなこと、あのメンツで出来るわけがねぇだろう」


 案の定というべきか、トラおじちゃんはまるでその日のことを誇るように言う。


「なんたって、ガンパイゲンに、河漁りの黒井、そしてこのオレっち、ギリ抜きのトラだ。さらには、あの伝説の夜を戦った染め手の一色もいるってんだから、相応のレートじゃねぇと申し訳が立たねぇってもんだ」


 本当にろくでもない通り名である。

 ちなみに、私は全員知っている。というか、全員から麻雀を教わった。


 正確には、源さんはガン牌だけでなく他家の手牌を読むのが抜群にうまかった。黒井先生は鳴き麻雀が得意な早和了はやあがりの達人で、なおかつ何故か海底ハイテイで和了る率が高い打ち手である。ちなみにトラおじちゃんは、普通に積み込みとすり替えがうまいだけのイカサマ野郎だ。


 そして――そんな三人と卓を囲んだのが、うちの伯父だった。


「伝説の夜って、みやびちゃんの伯父さん、そんなに有名なんですか?」


 英知くんが伯父の方を見ながら尋ねるが、伯父は相変わらず頭が痛そうに目を閉じている。というか、正直考えたくないのだろう。唸るような声で「知らん。勝手に言われてるだけだ」とそっけなく言う。


 当の本人はそんな感じだが、トラおじちゃんは他人事なので楽しそうだ。


「そりゃもう、オレっちたちの、いや、それどころか、二十年前の歌舞伎町に居た博奕打ちにとっちゃ、あの夜を知らないやつは居ねぇくらいだ。あの大七星が撃ち落とされた伝説の夜を知らねぇなんて言った暁にゃ、ド素人扱いされてもしかたねぇや」

「そこまでにしろ、トラ。吹聴することじゃねぇ」

「なぁに言ってやがんだ。今更謙遜するこたねぇだろ」

「謙遜じゃなくて恥ずかしいんだってことが分からねぇか。若気の至りなんざ自慢にもなりゃしねぇ。クソガキが恩人に仇を返しただけの話を、大げさに語るんじゃない」


 伯父はガリガリと頭をかきながら、「ったく」と小さく毒づいた。


「悪いな、マネージャーの兄ちゃん。俺のことなんかより、さっさと麻雀やろうや。ひとまず、席決めからやろうか――」


 話をそらそうと、無理やりゲームを始めようとした伯父だったが――その時、店の扉が開く鈴の音が響いてきた。


「――丁度いい。新しい客が来たようだ。メンツは足りるな」


 これ幸いと、伯父は席を立った。


「俺は店のルールを説明してくるから、このまま少し待っていてくれ」


 新しく来た客はどうやら一人のようだった。ふぅん、この店にフリーで来る人がいるんだね。パーティションの影にいる新規客を迎えるため、伯父はレジカウンターに向かう。


 伯父が居なくなったことを良いことに、トラおじちゃんはさっきの話の続きを始める。


「一色勘九朗っつったら、まあ、この界隈じゃ知らねぇやつが居ねぇギャンブラーさ。今じゃあ、見ての通りしがない雀荘の店長だが、これでも昔は、負け無しの博奕打ちって評判だったんだぜ。賭場荒らしから代打ちまで、そりゃもう手広くやっていたもんだ」

「そうなんですか?」


 英知くんは確認するように私を見て来る。

 まあ、事実ではあるんだけど、私も別に全盛期の伯父を見たことがあるわけではないので「そうらしいよ」とだけ答える。


「眉唾だけど、歌舞伎町の雀荘のほとんどを出禁になったとか。あと、仙道会せんどうかい系のヤクザが仕切る闇カジノではブラックリストに入ってて会員証すら作れないとか、有名な話らしいね」

「どんだけ素行が悪かったんですか」

「違う違う。迷惑だったのは間違いじゃないけど、出禁になったのはだよ」


 曰く、一色勘九朗にフリーで打たせたらぺんぺん草も生えない、とか。


 どこまで本当かは分からないけど、歌舞伎町の雀荘を荒らしまくった話は嘘ではないらしく、私は色んな人からその武勇伝を聞かされた。


 フリーで入ってその店の常連を食いまくり、客足が途絶えるまで徹底的に叩きのめす、みたいなことを一軒一軒やっていたらしい。

 その時に関わりを持ったのが、先程名前が上がった源さんや黒井先生、それにトラおじちゃんだったりするのだそうだ。


 手牌や山が透けて見えるというガン牌の使い手。

 最善の鳴きで他家の追随を許さない最速の打ち手。

 全ての山はツモ牌であると豪語する抜き取りの天才。


 他にも、狙った相手から出和了を打ち取る山越しの狙撃手。リーチすれば必ず一発で和了る魔術師。フリテンを強制させる死神。役満テンパイ率五割の豪運の持ち主――数々の強敵との戦いは、さながら雀伝記とでも呼ぶにふさわしいのだそうだ。


「なんですか、その漫画みたいな話……」

「まあ、さすがに誇張はされていると思うけどね」


 でも、源さんや黒井先生は本当にすごい技術を持っていたから、あながち全てが嘘というわけでもなさそうだった。そんな連中と、麻雀漫画みたいな対決を繰り返していたのが、若かりし頃の伯父だったそうだ。


「でもまたどうして、そんな雀荘を潰しまわるようなことしてたんです? まさか、漫画みたいに強いやつと戦いたい、なんて馬鹿みたいなこと言いませんよね?」

「がはは、それが馬鹿らしいことに、わけぇ頃の奴はその大馬鹿だったのさ」


 英知くんの質問に、トラおじちゃんが豪快に笑い飛ばしながら言う。


「ただまあ、あいつだってただ闇雲に強い打ち手を求めてたんじゃねぇ。勘ちゃんには、最初から最後まで、しか見えてなかったんだ。いわば、賭場荒らしっつーのは、そいつを引きずり出すための無差別テロでしかなかったのさ」

「ある一人の男、ですか?」

「おうよ。それこそが、あの伝説の夜のもう一人の主役。昭和のギャンブラーにして、平成の不動産王。七星ななほし研吾けんごさ」


 トラおじちゃんがそこまで言った時だった。

 パーティションの奥で、伯父から店のルール説明を受けていた一人客が、ひょっこりと首を出してこちらを見てきた。


「なあ。誰か今、『七星研吾』の名前を出してなかったか?」


 一人客は女だった。


 切れ長のツリ目にすっと通った鼻筋の勝ち気そうな美人。長い黒髪は艶やかで、全身から凛としたオーラがにじみ出ている。一度目にしたら忘れそうにない、スポットライトが自然と集中するような、存在感のある女だ。


 その女は、私の姿を見た瞬間、「お」と目を丸くした。


「あら。見た顔だと思ったら一色ちゃんじゃん。奇遇だねぇ」

「……ども。鯨波さん」


 気安く声をかけてくる彼女に、私は引き気味に頭を下げた。


 鯨波。

 あのマンションバカラで出会った、豪快なギャンブラーとの再会だった。


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