番外編 ソーシャルゲームガチャ

EX.アイドル夏恋はガチャが嫌い



 こんな仕事をしていながら言うのもおかしな話だが、アイドルという仕事は宗教じみている。


 宗教だなんて言葉が気に入らないようならば、信仰とでも言い換えようか。信じる心、心の拠り所。人は誰しも、何かしら依存先を探してしまうものだけど、アイドルという仕事は、その拠り所を作る仕事と言ってもいいだろう。


 アイドルを応援すること勇気をもらえる。

 アイドルを見守ることで元気づけられる。


 自分の好きな人が期待に答えてくれれば、誰だって嬉しいものだ。憧れている人が何かを成し遂げたら、喜びを分かち合いたいって思うのは当然だろう。


 アイドルという職業は、それを叶えてくれる。


 ファンのために何かをして、ファンと喜びを分かち合う。傍から見たら互いに一方通行でしか無い繋がりでも、それを双方向であると錯覚させるのがアイドルの仕事だ。


 そもそも、アイドルって偶像っていう意味だしね。祈ることで報われる。偶像崇拝そのものだ。日本のアイドル業は、それをよりポップに、そしてカジュアルにしたものだろう。

 夢を見せる。現実を彩る。気分を高揚させる。

 それは、心の拠り所を作る仕事だ。


 夢だとか希望だとか、元来斜に構えたところのある私ですら、この仕事をしていると少しは信じても良いような気分になる。それは無いからこそ作るもので、ギャンブルにおける雲の流れに通じるところがあるように思う。


 運の流れは、あるものじゃなくて作られるものだ。

 夢も同じで、あるものではなく作っていくものだろう。


 そうした意味で、その活動自体が夢を作るアイドルという仕事は、改めて考えるとすごい職業だ。本来ならば自分で形を作っていくものを、あると錯覚させるのだ。目指したり憧れたり、勇気や元気をもらえる形になる。なるほど、それは偶像アイドルという言葉がふさわしい。


 さて、前置きが長くなったのでそろそろ本題に入ろうかな。


 そう。宗教の話だ。


 え、そこに戻るの? って思われるかもしれないけど、まあ聞いて欲しい。

 人は迷った時によりどころを求める。運否天賦にすがる姿は、本人からすると必死なものだが、はたから見ると見苦しい以外の何ものでもない。ほんと……ひどいのだ。ギャンブルに負けた人間というものは、見るに耐えないのだ。次こそは勝てると根拠のないものを信じて有り金をつぎ込む姿は、醜悪としか言いようがないものなのだ。


 けどそれは、同時に赤の他人からすると最高のエンターテイメントでもある。


「あぁああああああああ、私の七万がぁああああああああああああああああああ! なんで出てくれないおぉおおおおおおおお!!!」


 叫んでる、叫んでる。


 ソーシャルゲームのガチャシステム。

 それは、悪魔のシステムである。


 ガチャの起源を遡ればアメリカの球体ガム用小型自販機に行き着くらしいが、日本においてガチャと言えば、カプセルトイのことである。あの、ショッピングモールや駅ナカなんかにある、小銭を入れて回せばおもちゃが出てくる自販機だ。あの抽選システムを俗にガチャガチャと言うのだけれど、ソーシャルゲームではお金を入れてランダムにキャラを当てるシステムのことを、それと同一視してガチャと呼ぶ。


 これがまあ曲者で、基本無料を謳ってゲームに誘い込み、キャラクターを欲する購買欲と射幸心を煽り、抽選式のくじ引きを引くための有料アイテムを買わせ、結果的に大金を注ぎ込ませる――これがガチャシステムである。


「う、ぅうう、うう、だめ、出ない。そんな、なんで出てくれないの幾夜くん……250連、こんなに回してるのに、なんで……」


 今更言うまでもなく、博奕というものは人を狂わせる。

 お金がかかっているから当然だ。どんなに綺麗事を言った所で、現代社会で生きていく上で、お金というものは自分の血肉に直結するほど大切なものだ。その現金を賭けるのだから、負けた痛みは肉を削ぎ骨を砕かれるような感覚に近しいと私は思う。


 そして、そんな死の疑似体験を続ける人間は、次第に理性を失ってオカルトに頼るようになる。


 験を担ぐのだ。


 例えば、出走する馬の誕生日が今日だから単勝で勝てるとか、パチンコのハンドルを握る強さを変えると玉の入りが良くなるとか、あの宝くじ売り場のおばちゃんは霊験あらたかだから当たりやすいとか、今日の星座占いで一位だったからギャンブルも勝てるとか、そういうたぐいのオカルトだ。あるいはジンクスとも言いかえても良い。

 まあ、そんなものあるわけがないのだが。


「もうもうもうもう! なんで出ないのよぉ。こうなったら、何回か単発で回して乱数調整をして……あ、そうだ。その前に幾夜くんでお仕事回して、ついでに強化レッスンも……よし、これで大丈夫。あと、お供え物も追加して……ついでに踊ろう!」


 事務所の休憩室である。テーブルに置いたスマホの前で奇妙な踊りをしはじめ、終いには虚空に向けて拝み出した夏恋ちゃん。その形相は必死のそれだ。そんな彼女を眺めながら、私は事務所のお茶請けの余りである煎餅をかじった。


 いやあ、ギャンブルで奇行に走る人間って、他人事だとなんでこんなに面白いんだろう。


「あのさ、夏恋ちゃん」

「みゃー姉なに!? 今忙しいんだから後にしてくれない!?」

「現実でどうあがいても、ゲーム内の確率は変わらないよ」


 小学生でも理解できる理屈だ。

 しかし悲しいかな、大人は余計なことを知りすぎて、そんな真理を忘れてしまうようだ。


「そんなの、やってみないとわからないじゃない!」

「……そうなの?」

「そうよ! みゃー姉知らないの? 物理学にはカオス理論って言って、観測できない数的誤差があって、それが積み重なると結果が変わるのよ。一見なんでも無い行動でも、力学的な僅かな変化が、巡り巡って大きな影響を与えるの。そういうの、バタフライ効果って言うんだって高校の頃に授業で習ったわ!」

「そ、そっか。……それで、なんで踊るの?」

「踊ったら出るような気がするからよ!」


 みゃー姉知ってる。そういうのを宗教カルトっていうんだよ。


 本物の宗教に対して失礼なことを思いながら、私はまた煎餅をひとかじりする。うーん、湿気ってんなこの煎餅。賞味期限過ぎてるから当たり前か。客には出せないから早く処理しろって社長が言ってたけど、所属アイドルに期限切れのお茶請け食べさせるの、事務所的にはどういうつもりなんだろうね?


 しかし、カオス理論ときた。

 ツキや流れを変えるという話はギャンブルでは付き物だし、偶然に必然性を見出そうとするのは人間の性だ。その中でも、カオス理論はもっともらしい理屈の一つである。


 具体的な話をすると、ギャンブルに使われる道具が、使われれば使われるほど摩耗して何かしらの偏りを持つ可能性などである。ダイスならある出目が出やすくなったり、ルーレットならある目に落ちやすくなったり――ただ、仮にそんな偏りがあったとしても、見つけるためにはある程度の試行回数が必要だし、その時点で普通にギャンブルしているのと変わらない。


 それに、ソーシャルゲームは電子上で抽選を行って結果を出力しているはずだから、いくら回数を重ねようと摩耗することなどないので、カオス理論は起こらないはずだ。


 その辺りを噛んで含めて伝えてみたのだが――もはやガチャに洗脳されている夏恋ちゃんは、自分が信じているものしか見えていないので認めようとしない。


「でも、ゲームなんだから乱数は絶対にあるのよ。だから一見関係のない操作でも、ガチャを回す時に影響が出るかもしれないのよ。確かに踊りとか拝むのはオカルトかもしれないけど、ゲーム内操作は実際に効果があるはずだって思うわ」

「そうなの?」

「そうよ! 実際、強化したりお仕事したあとにガチャを回すと出やすい気がするもん!」


 気がするらしい。


 まあ、電子ゲームに関しては私も詳しくないから、そこまで力説されると口を閉じざるを得なくなる。でも確かに、パチスロやオンラインカジノなんかでは、店側が機器を操作しているんじゃないかっていう疑惑が必ず生まれるので、そう思ってしまうのも無理はないか。実際は、操作しなくても店側は確率的に儲けられるのでそんな手間はかけないのだけど。


「……ゲームのガチャ引く人たちって、みんなそんなこと考えながらやってるの?」

「当たり前でしょ。推しを引くためなら、何だってやるわよ」


 当たり前らしい。


 夏恋ちゃんがハマっているゲーム、ナイツプリンス。通称ナイプリ。


 本当の騎士道を求めて舞台に立つ男性アイドルたちの活躍を描くこの作品は、500万ダウンロードを超える人気ゲームだけど、まさかこんな奇行に走っている人間が五百万人居るとは思いたくなかった。まあ実際はリセマラやら複数アカウントがあるはずだから、アクティブユーザーはもっと少ないと思うけど、少なくとも目の前に奇行を行っている人が一人居る事実は無視できないのが悲しい。


 私が冷ややかな目で眺めていると、夏恋ちゃんは更に課金をしたらしい。さっき七万負けたって言っているけど、電子ゲームに七万円って、中々正気じゃ使えない額だ。そう思うのは私がソーシャルゲームに興味がないからだろうか?


「っていうか、そんなに当たらないものなの?」

「ここまで沼ってるのは久しぶりよ……いつもならするっと来てくれるのに、なんで推しの時に限って……しかも今回、第二部シナリオの後日談のカードだから、担当サポーターだったら絶対に手に入れなきゃいけないのに……うぅ、吐き気がしてきた」


 とうとう健康を害し始めた。この子本当に大丈夫かな。


 それにしても――良くも悪くも確率の話なのだから、試行回数を重ねれば当たりそうなものだけれど、確率的にはどうなんだろうか? 


 こういうガチャで最高レアに当たるSSRやURは、ゲームごとに抽選確率が違うとは聞くけど、だいたい1%前後くらいで設定されることが多いらしい。確かナイプリにおけるSSRの出現率は1.5%と聞いたことがある。だとすると、100回試行回数を重ねたとして期待値は……あ、そっか、これ独立事象だから、関数使わないとダメなんだ。この場合は、1回の確率に対して試行回数分のべき乗だから……いやいや、こんなの暗算は無理だって。スマホを取り出して、関数電卓を立ち上げる。えっと、当選確率が1.5%だとすると、逆に当たらない確率は98.5%。100回の試行で全部当たらなかったとして、その余事象を求めれば当たる確率が出てくるから、計算式としては、1-0.985の100乗で――うわ、77.9%だ。100回やっても二割強の確率で外れるのか。パーセンテージである以上、99%に限りなく近づけることを目指すことになるけど、だとしたら一体何百回試行回数重ねれば良いんだ?


 私がポチポチと電卓で計算をしている間に、夏恋ちゃんの方は勝負に決着がついていた。


「う、うぅう……これで天井……ついに天井……」

「夏恋ちゃん、天井って何?」

「……ガチャの上限額設定よ。その金額使っても出なかったら、ピックアップされているカードを一枚引き換えでくれるの」

「へぇ。じゃあその天井分のお金でカードを買うみたいになるのね。ちなみに、いくら?」

「300連分。九万」

「……………」


 ボロい商売だ。


 ……うん、でも、仮にも夏恋ちゃんは現役アイドルだ。それなりに売れてるから、ギャラだってそれなりだ。確かに九万は大金だけど、払えない額ではない。遊行費と割り切るならまあ笑って話せる範囲だろう。


 そんなこんなで、結局夏恋ちゃんは、そのガチャで天井を迎えた。


 彼女の推しキャラである祁答院けとういん幾夜いくやくんとやらのカードを手に入れた。そこには喜びよりも憔悴があり、死んだ目をしながら彼女はノロノロとスマホをタップし始める。


 そして――また彼女はガチャを回し始めた。


「って、ちょっと。何やってんの夏恋ちゃん。もう欲しかった子は手に入ったんでしょ?」

「……何言ってるの、みゃー姉。ガチャはね、


 光を失った目で画面を見つめながら、彼女は均等なペースで画面をタップし続ける。


「同じカードを四枚重ねて限界まで強化しないと、ゲーム中で使えるレベルにならないの。そうじゃなくても、推しなんだから限凸させるのが愛なのよ。これは理屈じゃないの。私の推しへの愛を試されてるのよ」

「……………」


 みゃー姉知ってるよ。そういうの、宗教カルトっていうんだよ……。


 人から信仰を受ける存在であるアイドルが、ゲームのキャラに信仰を捧げていた。

 これを愛と見るか搾取と見るかは人それぞれだろうけれど――うーん、私にしても、アイドルという稼業である以上、ファンの愛を搾取しているわけだけど、ここまで醜悪ではないと思いたいけれど、しかし、人の純情がどんどん堕ちていく姿は中々堪えるものがあった。


 みなさん、愛の形は人それぞれなので、むちゃもほどほどに……。



※ ※ ※



「っていうことがあってね。いやー、人のこと言えた口じゃないけど、射幸心を煽るギャンブルって怖いなって思ったよ」


 場所は変わって、夜の7時。

 場所はファーストフード店。


 私は女子中学生とデートをしていた。


「あはは、れんれんってファンの間だと腹黒系って言われてるけど、結構純情なんだね」

「あれを純情と言って良いんだろうか……まあ、ヒモに貢いでいるようなものだから、純粋なのは確かかもしれないけど」


 私がそう言うと、男子の制服を着た少女がケラケラと笑った。


 彼女の名前は耶雲胡桃ちゃん。最近友だちになった、男装の女子中学生である。

 彼女は小さな口を懸命に開いて、ケチャップをこぼしながらハンバーガーを頬張っている。だらしなさよりもあどけなさの方が先にくるような、微笑ましい光景だ。


 どうして私が女子中学生とハンバーガーを食べているかと言うと、数時間前に可愛らしく誘われたからだ。


「みやびさん。夕ご飯ごちそうしてください」

「ねえ胡桃ちゃん、どうして私の携帯番号知ってるの? メアドしか教えてなかったよね? それと、なんでごちそうしなきゃいけないのかな」

「だってみやびさん、お金持ってそうだし」

「あなたも持っているでしょうが。お家で食べなさい」

「メインバンクは東央銀行」

「うん?」

「サブバンクは三芝UJ銀行。あと、海外取引用にネットバンクのパンダ銀行」

「………………」

「上から順番に、口座番号言えるよ?」

「奢らせていただきます。だからいますぐ来なさい」


 可愛くない脅迫だった。


 この子――生物学的には女子だと言っていたから、少女でいいと思うけど、彼女はプロ級の腕を持つポーカープレイヤーであると同時に、異常な腕前のハッカーでもある。まるで漫画かアニメに出てくるハッカーみたいに、どこからか個人情報を抜いてくるので油断ならない。


「とりあえず、口座番号は今すぐ忘れてほしいんだけど、どこからそんな情報持ってきたのよ」

「やだなぁ。パスワードは調べてないから、大丈夫だよ?」

「調べられるの?」

「場合によっては」


 よし、明日にでも口座は作り直そう。


 とんでもない子と友だちになってしまったなぁ、とぼやきながら、私はポテトをひとつかじる。揚げたてホカホカで美味しい。どこかの事務所の湿気た煎餅とは大違いだ。ジャンクフードは普段控えているんだけど、たまには胃を虐めないとすぐに怠けるからね、と言い訳をしながら、次から次に口に放り込んでいく。


「ちなみに、みやびさんは興味無いの?」

「ん、何が?」

「ガチャ」


 バニラシェイク(セット外・期間限定Lサイズ。ちっとは遠慮しろ)をすすりながら、胡桃ちゃんは言った。


「ソシャゲって、スキマ時間に出来るから、大人の方がハマりやすいらしいよ。ギャンブル要素も強いし、みやびさんは興味ないのかなって思って」

「ああいうゲームは本質的にはキャラクタービジネスで、ギャンブル性は利益追求のための副次的なものだからねぇ。私の求めるものじゃないかな。アニメとかは嫌いじゃないし、職業柄流行は追っているつもりだけど、夏恋ちゃんみたいな推しは無いかな」

「あー、そっか。アニメはどちらかと言うと受動的なものだけど、ゲームは能動的なものだから、そのスタンスの違いは大きいんだ。オタク趣味って主体的なものだし、自分が進んでやっている、っていう感覚が、ソシャゲにハマる理由なのかもね」


 わざと難しく言ったつもりだけど、胡桃ちゃんは同じノリで返してきた。うーむ、この子、やっぱり歳の割に頭が切れる。まあ、ポーカーやハッキングが出来るくらいだから当たり前なんだろうけど、一体この知恵をどうやってつけたんだろうか。


 でも、年下相手に気を使って話さなくて良いのは、ちょっとだけ気が楽だ。夏恋ちゃんや手毬ちゃん相手だと、やっぱり世代差があるから少し言葉を選ぶことがあるし、そう考えると、胡桃ちゃんのこの距離感は中々新鮮だった。


「ガチャで言えばさ。夏恋ちゃんから天井って話を聞いたんだけど、九万円って中々えげつない金額だよね。でも、計算してみたら案外妥当な確率で、上手い設定だなって思ったよ」


 ガチャの価格や天井については、ゲームごとに違うため一概には言えないけれど、平均的には1回が三百円で、天井は300連の九万円程度らしい。


 仮にSSRが1%の排出率だとして、さっきの計算式に当てはめてみると分かりやすい。

 当たらない確率が99%で、その試行を300回やったとして、その余事象を求めるのだ。1-0.99^300=約0.95。つまり、300連回せば、95%程度の確率で当たることになる。九割五分まで来て当たらないのなら、そこから先は似たような確率になるので、一つの目安として、妥当な設定だと思う。


「確率設定については適切だと思うんだけど、やっぱり金額がねぇ。でも、ソシャゲは年々、開発費が高騰しているって話だし、仕方ないのかな。夏恋ちゃんがゲームやってる所見たことあるけど、ナイプリってアニメーションがすごくて、基本無料とは思えないくらい凝ってるもん」

「そうだねー。ゲーム会社の人の話を聞くと、今じゃヒットさせるためには、億単位の開発費が当たり前みたいだから、そこは妥協できない所なんだと思うよ。逆に言えば、それだけ力を入れて開発すれば、お金を払ってくれる人は払うって話でもあるし」


 言いながら、胡桃ちゃんは私のポテトに手を伸ばしてきた。この子、もう自分の分を食べたのか。まあ今日はごちそうしてあげているので、好きにさせよう。


「でもね」


 と、胡桃ちゃんはもぐもぐと口をハムスターみたいに膨らませたまま言った。


「みやびさんは今、300連天井が確率的に適切だって言ったけど、むしろ僕は、それでもまだ温情じゃないかって思うよ」

「うん? それってどうして?」


 もっと回させた方が稼げるってのはあるかもしれないけど、300連以上はいつ当たってもおかしくない確率のはずだ。

 ちなみに参考までに、400連で約98%、500連で約99%になるので、ほぼ誤差になってくる。まあ、ガチャは有限事象ではなく独立事象なので、運が悪かったらずっとすり抜け続けるのだけれども、逆に言えばまっとうな確率で言えばどこかで当たるはずだ。


 そんな私の疑問に対して、胡桃ちゃんは乾いた笑い声を上げた。


「その確率計算って、最高レアが当たる確率だよね。でも、よくよく考えても見てよ。ゲームの中で、?」

「ん? ……あ、そっか」


 完全に失認していた。


 確かに、300連回せば95%の確率でSSRが一回くらいは出るだろう。でも、それは何枚もあるSSRのうちの一枚だ。求めているキャラかどうかは関係ない。


 え、でもそれじゃ、ちょっとまって。

 例えば最高レアのキャラが十人いたとして、それが1%の確率で割られるんだから、キャラ個別の排出率は単純計算で0.1%になる。それをピンポイントで当てようとしても、途方も無い試行回数が必要にならないか?


 ちなみに排出率0.1%を同じ計算式に当てはめて計算してみたら、300回の試行回数で当たる確率は約25%だった。四分の三で外れやがる。


「えっぐ……」

「でしょ? まあ、ピックアップキャラとかは排出率を高く設定されてたりするから、もうちょっと当たりやすいとは思うけど、当たらない時は本当に当たらないよ。だから、天井を設けてくれているゲームは温情なんだよ。……本当にヤバいゲームは、無天井だから。乱剣奇譚とかディスティニーオーダーとか……もうホント……」


 あ、最後の言葉で胡桃ちゃんの表情が変わった。こりゃ、無天井のゲームで裏目を引きまくったことがあるな。


 しかし――これだけ確率的に分が悪いギャンブルでも、手を出してしまうのが人間の性というものか。まあガチャに限らず、人間が賭け事に向かうのは、損得を度外視した魅力をそこに見出してしまうからだ。賭博において金銭的な報酬を求めるのと同じくらい、ゲームコンテンツにおけるキャラクターというものは、魅力的なものなのだろう。それを馬鹿にするわけにはいけまい。だって、ゲームのキャラを売るのと同じように、私達はアイドルとしての自分を売ってるのだから。人気商売とは突き詰めていけば、自分というキャラクターを顧客にとって価値のあるものにして、対価をいただくものなのだ。


 そんなわけで、うまくまとまったかどうかわからないけれど、ガチャ編だった。

 私が言うのも何だけど、ギャンブルは程々に、資金の許す範囲で行いましょう。



 番外編『アイドル夏恋はガチャが嫌い』 END




 CM


 騎士道とはなにか。


 命を懸けて戦い武勲を立てる。

 異端を排除し無辜の民を守る。

 主君に忠義を誓い誇りを持つ。

 名誉と礼節を掲げ規範となる。


 ああ、しかし現実はどうだ。侵略戦争に名誉や誇りなど無く、忠義を尽くせるような主君など居ない。礼節など持たぬ蛮族が剣を握り、規範となるべき士道はただの暴力へと成り果てた。


 こんなものは騎士道ではない。

 ならば変えねばならぬ。

 失われた命に報いるためにも、今一度、誇り高き騎士道を取り戻そう。


 騎士ナイツプリンスの道を!


『新しい騎士の形は、アイドル!?

 イケメン騎士たちが、剣の代わりにマイクを持って舞台を駆ける!

 異世界からやってきた「あなた」は、騎士たちのサポーターとなってライブのお手伝いをします。

 個性豊かな騎士たちと繰り広げる、騎士道アイドル物語。

 あなたは彼らを、騎士として輝かせられますか?


 500万ダウンロード突破記念中。

 ナイツプリンス

 絶賛好評配信中!』


 CM終わり





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