第25話「カレキ動物病院院長」
☆ ☆ ☆
「それじゃ、バイト行ってくるね! また明日!」
動物病院前で、カナタは手を振る。
だが、俺には暗黒黎明窟の手の者からカナタを守るという任務がある。
「すまん、ついていっていいか? 一応、俺、護衛も兼ねてるし」
「わたくしもついていきますわ。人間は絶滅させますが動物たちには危害を加えません。むしろ動物は好きですから」
「ふええっ!? で、でもっ、バイトしてるところ見られるの恥ずかしいというかなんというか……」
と、そこで――病院の扉が開いて、中から人の良さそうなメガネをかけたおばあさんが出てきた。
「かなたちゃんや。そこの子たちはお客さんかのう?」
「あっ、院長先生、え、えとっ……その」
ここでカナタに説明させるのも野暮だろう。
「俺はカナタの友達です。実はカナタはとある組織に狙われているので護衛のために一緒にいさせてもらっていいですか?」
「わたくしも似たようなものですわ」
先手を打って、事情を説明する。面倒な理由をつけても仕方ない。直接的に言ったほうがい早いだろう。暗黒黎明窟の名前さえ出さなきゃいいだろう。言ったところで知ってる可能性は低いだろうけど。
「ほうほう……つまり、暗黒黎明窟の急進派が動き出したということかのう?」
「なっ――!?」
「……あなた、何者ですの?」
なんでこんな動物病院の院長が暗黒黎明窟のことを知っている!?
「ほほ、『師走の暴風雪』。それが、わしのかつてのコードネームじゃよ。今の名前はカレキ・スノーフカヤじゃがのう。それにしてもジェノサイド・ドール・壱式はもう完成していたんじゃのう? もう少し先になると聞いておったのじゃが――」
「『師走の暴風雪』!? 穏健派のトップがなんでこんなところにいるんですの!?」
リリィは驚きの表情を浮かべるとともに、臨戦態勢に入った。
「ほほほほ、そんなに慌てなくても大丈夫じゃよ。実質、組織の一線からは退いたからのう……もっとも、カナタちゃんに危害を加えるというなら話は別じゃが――」
突如として院長カレキの手に青く輝くメスが出現した!
「ふえぇ!? い、院長先生!?」
カナタも院長の正体は知らなかったのだろう。
目を白黒させて驚いていた。
「……ふぅ、まったく嫌になりますわね、そこらじゅうに戦闘的な穏健派がいて。『五月雨の華吹雪』の次は『師走の暴風雪』? もうあなたちが急進派になればいいのではなくて?」
敵意はないというようにリリィは臨戦姿勢を解いて魔力を霧消させた。
「ほほ、ソノンちゃんもしっかり仕事しておるようじゃのう。精霊を手懐けるとは。グチグチ言いながらも仕事はこなしよる。さすがわしの一番弟子じゃ」
「勘違いしないでくださる? わたしは人間界の偵察をしているだけでソノンに屈したわけではありません。人類は滅ぶべきという思想に変わりはありませんわ」
「そういうことにしておこうかの」
……って、この人、師匠のことを弟子って……。
つまり、師匠の師匠ということなのか!?
「……そちらは、ソノンちゃんの弟子のウナギくんと言ったかのう?」
「ヤナギです!」
「おお、そうじゃった。話は聞いておるぞい。剣術の達人だとか」
「いや、まぁ、それほどでもないですけど……」
師匠からそんなふうに褒められてもらってると思うと、少し気恥ずかしい。
「ほほほ……たとえば、こう来たら、対応できるかのう?」
カレキ院長の手元がわずかにブレる。
次の瞬間、俺との間合いが一気に詰められてメスで斬りつけられていた。
「おっと」
意識していなくても、俺の身体は勝手に回避行動をとっていた。
そして、メスを持ったカレキ医院長の左手首を俺は左手で掴む。
「ほほう、やりよる。さすがソノンちゃんが認めただけはあるのう」
「……お褒めに預かり光栄です」
と、冷静に返したもののヒヤッとした。
見た目からは考えられない瞬発力だ。
「わ、わーーーーーーーーっ!? 医院長先生っ!?」
「やっぱり、とんでもない老婆ですわね。『師走の暴風雪』の異名の通りですわ」
「ほっほっほ……年寄りの冷や水というやつじゃよ……」
殺気をまったく感じなかった上に魔法を瞬間発動して最低限の動きで最大限の攻撃効果を発揮してくるから驚いた。さすがは師匠の師匠といったところか。
「まあ、中に入って饅頭でも食べながらゆっくりするがいい。紅茶もあるぞい」
カレキ委員長の手からメスが消えたので俺は力を緩めた。ここで油断させておいて二撃が来ることも警戒したが、そのままカレキ医院長は背を向けて病院内に入る。
「というか背中を向けているのに一切隙がありませんわね?」
リリィが呆れたように呟く。同感だ。
この人は、ものすごい達人だ。
どれだけの修練を積んだらこの域に達することができるのか――。
「も、もう、今日は訳がわからないよぉ~~! なんでいつも温厚な院長先生が!」
一方で、カナタは頭を抱えてパニックになっていた。
ほんと、一日で色々なことが起こりすぎだ。
ともあれ――俺たちは動物病院の中に入った。
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