第16話「神出鬼没の師匠」
「……あ、れ……?」
まるで眠りから目覚めたように目をパチパチとしばたたせてから、カナタはこちらを見る。
「大丈夫か?」
「……ふえ? ……えっ!? あれ!? ヤナギくん? わ、わたし……」
『リリィ』が表に出ていたときは記憶がなくなるのだろう。
カナタは混乱したように俺と周囲の風景を見回していた。
「……これ、夢? 考えてみれば、わたしに友達ができるわけないし……」
「いや、夢じゃないぞ。今日あったことは全て現実だ。朝のホームルームのことも校庭でのことも保健室のことも、今こうして一緒にクレープを食べたことも。俺たちは友達だ」
説明してやると、カナタの表情が安堵に染まっていく。
「あぁ……よかったぁ……!」
そんなに俺と友達になれたことが嬉しかったのか、カナタは満面の笑みを浮かべた。だが、すぐに不安そうな表情に変わる。
「……って、じゃあ、わたしいったい、どうなってたの? 動物病院の前に来て話していたところまでは覚えてるんだけど……」
カナタにリリィのことを話していいのかどうか。
「お願い、いったいなにがあったのか教えて……なにか、あったんだよね?」
俺が思案している姿から察したのだろう。カナタは訊ねてきた。
こうなると、俺としても無下にはできない。
「えっと、だな……カナタの夢の中に女の子が出てくるって話をしてただろ? その女の子が表に出てきた。正確には、カナタの身体を使って俺と話した」
「えぇえっ!?」
問題はどこまで話すかだな……あまりにもスケールがでかすぎる上に危険な内容も含んでいる。ある程度、伏せないと。
「……まぁ、なんだ……そのうちカナタから女の子……リリィは出ていくらしい」
カナタを不安にさせないよう話すとなると、これだけが告げられる事実だった。
まさか世界の滅びだの精霊だの救世の巫女だの暗黒黎明窟だののという単語を出すわけにもいくまい。
そもそも、俺もわけがわからないのだ。
カナタを混乱させるだけだろう。
「そ、そうなのっ? って、そう、リリィちゃんって言うんだ、その子! あたし、初めて名前知ったよ!」
「カナタにも名前を教えてなかったのか。まぁ、ともかく……いずれカナタの身体から出ていくことは決まっているらしい」
そのときは新たな戦い――しかも人類滅亡をかけた最終決戦――になる。
だが、そんなことをカナタに言って不安がらせても仕方ない。
「そ、そうなんだ……じゃあ、この眠り病もいつか終わるんだぁ……」
カナタは安堵したような声を出すが、すぐに悲しそうな表情になった。
「でも、寂しいかも」
「寂しい?」
「うん。だって、もう一年以上ずっと一緒にいるから……夢の中だから全部は覚えてないんだけど、けっこう楽しかった気もするから……魔法も教えてくれたし」
「今後、夢の中でその女の子がなにか意味ありげなことを言ったら教えてくれ」
「う、うん……」
現状、ヒントはリリィから得るしかない。いつまたカナタの力を借りて表出するかわからない以上、夢の中の会話からでも情報収集をしたい。
「まぁ、いちいち夢の中の会話を覚えてられないと思うけど、もしかすると師匠……いや、学園長ならわかることがあるかもしれないしな」
ただ、師匠が『暗黒黎明窟』の幹部という話が謎すぎる。
リリィの話からすると、かなりヤバい組織のようだが……。
先の大戦の最中に師匠が変な組織と接触しているということはなかったし、雑談の中で変な思想を持っていると感じることもなかった。
王都でふんぞり返っている司令部の連中に対しての批判めいた言動はあったが、それは最前線で戦っていた人間は同じ気持ちだ。
と、そこで――。
「おや? なんだ、ふたりともなんでこんなところにいる?」
俺たちは唐突に声をかけられた。
「うわぁっ!? し、師匠!?」
「ふえ? 学園長先生……?」
声をかけてきたのはよりにもよって師匠だった!
しかも、両手にクレープを持っている……!
「不純異性交遊は禁止だぞ?」
「「違います!」」
師匠の言葉を俺たちは揃って否定した。
「なんだ仲がよいな。まあ冗談だ。本当のところはクレープを食べにきたといったところか? そして、カナタ・ミツミのバイト先である動物病院を案内していたと」
「なっ!?」
「ふえっ!? なんでわかるんですか?」
俺たちは揃って驚く。
「なに、驚くことはないさ。あのクレープ屋はわたしの顔見知りというか幼なじみなのだ。魔導のセンスがありながらスイーツを極める道を選んだ変わり者さ。だから、こうしてたまに買いに来てやっている。そこで、たまに我が校の制服を着た女子生徒が来てるという話は聞いていたからな」
「じゃ、じゃあ、わたしが動物病院でバイトしていることはどうやって知ったんですか?」
「カナタ・ミツミ。君は前に学園に迷いこんでいた傷ついた野良猫に対して回復魔法を使ったことがあったな」
「えっ? あ、は、はいっ……!」
「そのときの君の姿を、わたしはたまたま見ていた。それで君が動物好きなのだということはわかった。だからバイトをするなら動物病院かなと思ったのだ。野良猫を救う君の姿を見たとき、わたしは学園に通わせて良かったと心から思えたものだ」
そんなことがあったのか。
まぁ、俺が寝ている一年の間にカナタは学園生活を送っていたわけだからな。
「明日にでもおまえたちを学長室で引き合わせようと思っていたが、自ら仲よくなって一緒にクレープを食べにいくほどになるとはな。若さとは実にいいものだ」
そう言って、師匠は優しく微笑んだ。暗黒黎明窟やリリィのことなど訊きたいことは山ほどあるが、それはカナタがいないときのほうがいいだろう。
「色々と学園ならではの苦労はあるだろうが、それも今だからこその経験だ。十年も経てば思い出となる。まぁ、貴族のお坊ちゃんお嬢ちゃんだらけの中ではストレスもたまるだろうが。そういう生活の中で生き抜くことも大事なことさ。大人になったら、もっとどうしようもないジジイや老人と渡り合わないといけないからな」
師匠は自嘲気味に笑うと、クレープにかぶりついた。
「うむ、美味い。実はさっき店先でふたつほど食べて来たのだが、プレアのクレープはいくらでも食べられてしまうな。素材本来の甘さを生かしているのでくどくない。プレアも腕を上げたものだ」
今度は慈しむような笑みを浮かべて左右のクレープを代わる代わる齧っていき――ついには最後まで食べてしまった。
「食事は大事だ。ストレスを発散するのに最も手っ取り早い。そして、一流の料理は魔術に通じるものがある。技術も大事だが――最後は真心(まごころ)が物を言う」
クレープの包みをクシャクシャと丸めて、最後は魔法で手品のように消失させた。
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