第7話「カナタの回復魔法~モフモフ好きの少女~」

「……俺なんかにかかわるとクラスでの居心地が悪くなるぞ?」


 一応、小声で忠告する。

 だが、カナタは首を振った。


「ううん、そんなこと気にしないよ。これまでもクラスで孤立してたし。むしろヤナギくんが転校してきてくれたおかげで話し相手ができて嬉しいくらいだよ……わたしずっとボッチだったし……」


 この遅刻令嬢も苦労してきたのかもしれない。

 俺としても友達ができることは悪いことではない。


「あ、左手、少し怪我してるっ」


 言われて、俺は初めて薬指の部分に少しかすり傷があることに気がついた。


「ああ、こんなの怪我のうちに入らない」

「ううん、ばい菌が入ったら大変だから! 回復魔法使うね!」


 カナタはけっこう頑固なところがあるのかもしれない。

 かすり傷に向けて、右手のひらを伸ばした。


「治癒魔法」


 短く呪文は唱えたものの、宙空に描かれたのはびっくりするほど精緻な魔法術式。

 ……なんだ? これだけすごい術式を学園の生徒が使うだと?

 カナタは落ちこぼれじゃなかったのか?


 俺が驚く間にも回復魔法によって、薬指のかすり傷は完全治癒した。


「……一日に一回、回復魔法なら使えるの……」

「そうなのか。というか、すごい術式組んでたな。どうやって覚えたんだ?」

「あ、うん。夢の中で女の子に教わったの」

「例の夢か……」

「うん……」


 戦場で共に戦った魔法使いだって、これだけ精緻な回復魔法を使うことはできなかった。


「今の回復魔法、俺の怪我の具合を見ながら最適化した術式を編んでただろ?」

「え、あ……うん、使える魔力が低いぶん、ちゃんとその怪我にあった魔法式組まないと、効率落ちちゃうし……」

「でも、そんなの一朝一夕に身に着く技術じゃないだろ? この術式をこれだけ早く組めるってことは、日常的に使ってたのか?」

「え? そ、そんなことまでわかっちゃうの?」


 最前線で戦い続け多くの回復魔法使いから回復魔法をかけてもらったからこそ精度の高さはわかる。教わっただけでできる発動速度ではない。慣れを感じる。


「……じ、実は……動物病院で、回復魔法を使ってたんだ……」

「動物病院?」

「うん、せっかく回復魔法使えるし……だから、怪我したり病気で苦しんでいる動物たちを助けてあげたいなって……」


 なるほど。動物相手に回復魔法を使い続けてきたことで、精密な術式を使えるようになっていたのか。回復魔法は人間同士よりも異種族――しかも、獣相手に回復魔法を使うほうが難しい。


「わたし、人付き合いは苦手だけど……動物は好きだから……動物病院の先生も子どもの頃からの知りあいだし……」

「そうか。それはいいことをしてたな。えらいじゃないか」

「う、ううん、えらくなんてないよっ。……わ、わたし、動物好きなだけだしっ」


 とは言いつつ、少し照れたように顔を赤くしてモジモジしている。

 褒められ慣れていないのだろう。


「俺も動物は好きだしな。やっぱりモフモフはいいよな」

「う、うんっ! モフモフと接していると心が癒される。人間と違って気を使わないでいいし……あまりモフモフしすぎると嫌がられるけど……」

「ははは、本当に動物が好きなんだな」

「う、うんっ……!」


 村にいた頃は犬や猫をかわいがっていたものだ。

 やはり動物はいいな。


「そんなに動物が好きならテイマーとかを目指すのもありじゃないのか?」

「それも考えたんだけど、うちの学園は由緒正しい貴族の通う学園だから……魔法か剣のどちらかメインで戦わないといけないから……」

「そうなのか……」


 つくづく貴族というものは格好をつけたがる。人にはそれぞれ適性というものがあるんだから、杓子定規で決められるものでもないのだがな……。


「ああ、そうだ。剣なら教えられるぞ」

「ヤナギくん、剣術を習得してるの?」

「ああ。習得しているというか、ほとんど我流で覚えたものだけどな。貴族が習う正統派の流派と違って、かなり実戦向きだ」


 そこまで言ってから「しまった」と思った。

 この学園では隠密行動をとるつもりだったのに……。


「あ。あのっ、お願いっ……ヤナギくん! わたしに剣術教えてっ……」

「あ、ああっ……お、俺でよければな……」


 流れで剣術を教えることになってしまったが……まぁ、いいか。

 友達の頼みだからな。それを断るのもどうかと思う。


「ははは、クラスの除け者同士で仲良くやってら!」

「そのまま一緒に退学すりゃいいのにな~」


 俺たちがコソコソと会話をしているのを見て、遠くからクラスメイトたちが囃し立てる。しかし、本当に人間としてのレベルが低すぎて嫌になるな……。

 こんな奴らのために最前線で戦っていたと思うと、本当にむかついてくる。


「それではいろいろとイレギュラーはありましたが~、授業を続けますよ~。今日のメインは剣術の授業です~」


 そこでシガヤ先生によって、授業が再開されることになった。


 これは渡りに舟だ。

 だが、いきなり剣技を発揮したら、それこそ俺の正体に感づかれかねない。

 俺は魔剣使い『最前線の羅刹』として知られていたのだ。


 さっきのゴーレムは自滅ということになったが、剣を持って異様な強さを発揮したら誤魔化しようがないだろう。気をつけねば。



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