第二話

 少女がゆっくりと振り返り、「ワ・タ・シ、の餓えを満たして下さいねぇ」と言葉を発した先には、野盗と呼ばれるであろう男達が取り囲んでいた。

 この野党集団のリーダー格の男が少女に対し威圧的な声で少女に問い掛けた。


「おい! お前!」

「…………、…………」


 少女はその問いに対して、回答することはなかった。

 ただ、先程まで少女がしていた表情は、すっかり、元の可愛らしいタレ目の表情に戻っていた。

 威圧的な声で少女に問い掛けたリーダー格の男は、その表情が気に食わないどころか、小馬鹿にされている様に感じ腹立ちという感情がこみ上げて来ていた。

 それは態度にも現れていた。声を荒げるだけでなく、地面を蹴りつけながら、再度、威圧的に問い掛ける。


「おんな!」

「…………、…………」


 男が苛立つのも無理はなかった。

 少女がタレ目になってから、今、男が威圧的に問い掛けている状態にも関わらず、目を瞑っている状態だ。もう、相手を煽っているとしか思えない行動をしている。

 さらに、無自覚挑発スキルが自動発動しているのか? 少女は、また、両頬を軽く両手で、ぷにぷにとマッサージを始めていた。

 のんびりモードに移行している様に見えるのだが……。

 少女は、眉をひそめ何やら、考えことをしているらしい。

 

 こ・と・ば、やっぱり分からないわぁー。

 …………。

 まぁ、異なる世界にやって来て、日本語で話されもなぁー。

 あれよねぇー。外国人の人が日本人よりも、流暢りゅうちょうな日本語を話すみたいな。テレビで、そのシーンを見ると何か、微妙な感覚になるのよねぇー。何ていうのかな? 今までの人生を否定されている様な感覚?

 こんな考え方をするのは、私自身、性格が天の邪鬼あまのじゃくタイプだからかしら。

 

 などと変な方向に思考が急発進していた少女だが、急ブレーキを踏むことになる。 

 

「うぉおおおーーー!!!」

 

 けたたましい叫び声に少女は目を開くと。

 

 今までの屈辱を怒りに変えた、野党のリーダー格の男が少女に向かって、襲いかかって来ていたのだ。

 男は、左腰に携えていた剣を鞘から抜き、自分の利き手である右手に持ち、その剣で少女を斬り殺す為に突撃している真っ最中だからだ。

 しかし、少女の顔には焦ることなく、予定通りにことが進んでいるといった表情をしていた。

 

「ふぅ、では、魅せてあげましょう。摩志常ましとこちゃんの実力を!」


 そんなことを言っている間に男は、摩志常の頭部、目掛けて剣が振り下ろされた。

 パチンと乾いた軽い音と同じタイミングで、ガギィィィンと金属が硬い物体に当たった音が鳴り響いた。


「あれ……? 家で一人で練習していたときは、上手く出来たんだけど。やっぱり、人、相手だとタイミングを合わせるのが難しいなぁー」

 

 摩志常は、少し顔を赤くしていた。


「バ・ケ・モ・ノ」


 剣を振り下ろした男は、青ざめた顔をしていた。


 前者は、失敗したことによる、ただの赤面である。

 後者は、恐怖したことによる、血の気の引きである。


 摩志常が赤面している理由は、自信満々に。「摩志常ちゃんの実力を魅せて上げる」と啖呵たんかを切って、披露した真剣白刃取しんけんしらはどりが見事に大失敗に終わったことによるもの。

 剣を振り下ろした男が、青ざめた顔をしているのは。

 少女の頭部、目掛けて振り下ろした剣が、頭部に食い込むことなく、から。

 人体の中で最も硬いと言われている頭蓋骨ではあるが、剣を弾くだけの強度をもった人間は、この異世界でも人外の存在でしかないからだ。

 

 少女の頭部に剣を振り下ろした男は、この場から一秒でも早く逃げ去りたい、そのことしか頭になかった。

 自分の視界に入っている奇妙なポージングをしながら赤面している少女は、間違いなく化物。

 だが、今らなまだ逃げてるチャンスはある。

 少女の意識が自分から別の方に向いている、今、なら離れられる。そう男は判断した瞬間、振り下ろした剣を手放し。百八十度反転し、仲間の野党達に向かって走り出そうとした。

 悲しきかな、男のある行動が少女の意識を再び自分に向けてしまう、きっかけに。


 摩志常が恥ずかしさのあまり、硬直状態になっていたの、だが。 

 ガシャンと剣が地面に落ちた音が、摩志常の硬直を解く鍵となってしまった。

 恥ずかしさのあまり、飛んでいた意識が戻って来ると。背中を向けて自分から遠ざかって行く男の姿が――。


 背中を向けて逃げていた男は、背後から軽く押される程度の衝撃を感じると、体が地面から数センチ浮く、と――急激に男の腹部が膨張し始める。

 男の胸筋部分から白い物体が血液を噴出しながら少しずつ姿を現し始めていた。男は叫び声を出したかったのだろうが、背中から強烈に叩きつけられる衝撃に肺が潰されており、言葉を発することが出来ない状態になっていた。

 白い物体が観音開きになった瞬間、一気に溢れ出る腹の中の臓物が外に盛大に飛び出した。

 男は飛び出した、自らの臓物の上に崩れ倒れた。

 

 倒れた男の後ろでは。

 アニメや漫画で武道家や武術家がよくやっている、掌底を出した後のポーズを摩志常していた。


「ぉおー、螺旋勁らせんけい、使えたわ」


 八卦掌はっけしょう、ちょっと教えてって頼んで教えてもらってるときは、使えなかったんだけどな。

 あのときは、ショックだったわ。それなりに武術を会得しているから自信があったのに会得できなかったから。

 弦一郎げんいちろうが、言うには。

 合気道あいきどう截拳道ジークンドーをママたちから乱取りで叩き込まれた影響で。

 八卦に基づいた技術理論の円周上を正しく回る動きができない、肉体になっていた、らしい。

 あれだ、変な癖が肉体に染み込んでしまっているとの、こと。

 一応、暇なとき形稽古してのがよかったのかな。

 あれね、石の上にも三年ってヤツね!

 

「しかし、破裂するとは」


 摩志常は、頭をポリポリと頭を掻き毟りながら。残っている五人の野党達をどうするか? 決めかねていた。

 そう、リーダーを失った野党達は逃げると思っていたのに、こちらを瞬きどころか、眉一つ動かずに、一心に摩志常に視線を注いでいた。

 野党など、こういった輩達は弱いヤツには強く、強いヤツに対しては弱い生き物。

 相手が圧倒的に強いと判断するば、蜘蛛の子を散らす様に逃げていくのが基本なのだが。

 今回に限り、例外的事案が発生していた。

 

 それは、リーダーの死に方にあった。

 

 実際、目の前で肋骨が肉を裂けながら観音開きになり、肉片は飛び散るは、臓物は腹から垂れ流れるは、と無残な死に方ではある。が、まだ、それだけなら彼らは逃げるという選択肢を選ぶことが出来た。

 しかし、彼らは逃げるという選択肢を選ぶことは絶対に出来なかった。それは、彼らの生存本能がそうさせていた。

 リーダーの死の原因は何だったのかを考えれば簡単なこと。そう、彼女に背中を向けてはいけないということ。

 彼らの生存本能は、無意識で正解を選択した――だから動かない。

 

 ただ、摩志常にとっては、逃げようが逃げまいが殺すことには変わりなかった。

 本心としては発狂してでもいいから、襲って来てくれた方が都合が良かった。

 この世界に転移して自分自身の能力の確認が必要だからである。この異世界で生きていくために。

 最初の襲い掛かって来てくれた男は、摩志常にとって有り難い存在だった。自分自身の物理的防御能力の強さを確認させてくれたのだから。

 転移される前の世界でも、自分の肉体に刃物程度では傷が付かいないことを知っていた。さらに言えば、刃物以上の殺傷能力のある物でも確かめたが、同じ結果だった。

 異世界に来れば、自分の肉体に傷を負うことが可能かもしれないと少し期待していたが。

 今の時点では、前の世界と変わらなかった。

 

 残りの野党達が行動をしない、ので。


「次は――」


 摩志常は、両足の踵から足先に力を入れ、前に向かって体重移動すると。

 足跡を残して姿が消えた。

 襲われないために、少女の動きに注視したのだから見逃す筈がない。それなのに少女の姿は足跡だけを残して消えてしまった。

 

 野党達は一瞬だが恐怖の呪縛から開放されることになる。

 今なら逃げれると野党達、全員が共感した。

 

 ――その時だった。

 

 一人だけが、悲しいことにその共感から、外されることになった。男の背後から漂う獣の臭いを彼の鼻腔が捉えたときには。もう、彼の身体、全体を包み込んでいた。

 男は仲間達に助けを求め様とするのだが、ひくひく喉を震わせるだけで、肝心の助けを求める声が出ないでいた。

 恐怖で強張っている男のシンボルを背後から摩志常は、清楚で美しい白い手で、優しくマッサージを始めた。

 男の証拠を衣服の上から形に沿わせる様に上下に撫でたり、その下にある二つの球体を強弱の変化をつけながら握ったりして、遊びながら。

 

「ふにゃ、ふにゃ、の、ままね。男としてどうなの? これじゃー、必要ないわよねぇー。火之夜藝ひのやぎ」 

  

 摩志常が、下ネタを言ったあとに付け加えた言葉。

 ――火之夜藝ひのやぎ

 すると、男のシンボルに触れていた、摩志常の清楚で美しい白い手は。熔鉱炉ようこうろの中に煮えたぎる、鉄が溶けた赤黒い色素の皮膚に変色していた。


「があああああぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!」


 その断末魔の悲鳴が、野党達の恐怖心を駆り立てた。

 悲鳴の方に視線を向けると。

 一番後方に居た男が股間を押さえ込む様に、前傾姿勢で倒れ込み、ピクリとも動かず、その身を炎に包まれていた。

 その炎の揺らめきの後ろに、消えた少女の姿が見え隠れしていた。

 

「身体もそこそこ動けるようだし、生来からの異能も使えると。お腹も減ってきたし。そろそろ、終わりにしましょう」


 摩志常の全身から気味の悪い妖気が、漂い始める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る