4.

 地球は、狙われている。近い将来に、火星から侵略者がやって来る。じーちゃんが、そう教えてくれた。あれは、僕が小学校に上がって間もない頃の話だったと思う。じーちゃんはただでさえシワだらけの顔をもっとクシャクシャにして、今日からお前は『同志』だと言ってくれた。『同志』という言葉の響きが特別に思えて、僕は嬉しくなった。じーちゃんは、縁側で黒い猫を撫でながら、じーちゃんしか知らない『世界の秘密』を語ってくれた。その手元で、ジッポライターの火がユラユラと揺れていた。僕はそれをじっと見つめる。かーさんは僕達のことを茶の間から笑顔で見守っていた。とーさんは、茶の間の隅の光の当たらない場所に居て、影に隠れた顔がどんな表情を浮かべているのか判然としなかった。なんとなく、僕がじーちゃんと仲良くするのを嫌がっていたような気がする。言葉や態度でハッキリと示されたことはなかったけど。でも、僕がじーちゃんから聞いた『世界の秘密』を教えてあげると、困ったような怒ったような、それでいて全部を諦めたような複雑な表情を見せた。それは、じーちゃんの飼っていた黒猫が子供に殺された日のことだったから、よく憶えている。僕が退屈そうに石を蹴って遊んでいると、じーちゃんは無言で猫の死体を庭に生えた大きな樹の下に埋め、その辺に転がっている石を置いて墓標の代わりにした。そして、重々しく溜息をついた。とーさんの視線が宙を彷徨っていた。かーさんは困ったような弱ったような曖昧な表情を浮かべ、頬に手を当てた。


 じーちゃんとは、年に四回ほど会っていた。春夏秋冬、季節ごとに家族で会いに行った。ばーちゃんはじーちゃんとまだ小さなとーさんを残して、遠い昔に亡くなっていた。じーちゃんは、ばーちゃんとの思い出が残る田舎の家にこだわり、同居をすすめるかーさんの誘いを断り続けた。書庫の本を手放すのも嫌だったみたいだ。じーちゃんが僕の家に来ることもあったけど、その機会は年々減り、僕が小学校の中学年になる頃にはなくなっていた。足腰が弱って、遠出ができなくなったのだ。それでも、僕はじーちゃんの話を聞くのが好きだった。友達の誰も知らない、学校の授業では絶対に教えてくれない『世界の秘密』に胸を躍らせた。しばらくして、じーちゃんは病気になった。


 病院で寝たきりになったじーちゃんが殺された。深夜、病室に忍び込んだ何者かが、人工呼吸器装置を取り外したのだ。その日、僕達家族は病院の仮泊室に泊まっていた。じーちゃんの容体が急変して、いつ亡くなってもおかしくない、ご家族は側に居てあげてください、と病院のセンセイから連絡が来たからだ。そして、朝起きたら、じーちゃんが死んでいることを報された。その時の、とーさんの惚けたような表情だけは今でもはっきり憶えてる。「気が抜けたのかもね……」と、かーさんが言っていた。じーちゃんは事故死ということになった。事故の原因と責任は追究されることなく、全てうやむやに片付けられてしまった。きっと、みんな疲れていたのだと思う。とーさんも、かーさんも、センセイも、看護師さん達も、みんなみんな。


 じーちゃんを殺したのは火星人かもしれないし、そうじゃないかもしれない。今となってはよく分からない部分の方が大きい。生前、じーちゃんは僕に向かって繰り返し言った。地球は火星人に狙われている、と。宇宙からやってきた侵略者インベーダーの陰謀に勘づいた自分は、いつかきっと消されるだろう、と。

 だったら。

 やっぱり、じーちゃんを殺したのは火星人なのだろう。

 僕はそう思うことにした。

 やがて、成長した僕は、じーちゃんの意志を受け継いで、仲間と一緒に戦うことを選んだ。トウタとユキツグは僕の『同志』だ。


 火星からの侵略者は、電波に乗ってやって来る。

 じーちゃんは、精神生命体である火星人に体を乗っ取られないように、頭にアルミホイルを巻いて眠っていた。だけど、病院はそれを許してくれなかった。だから、じーちゃんの精神は少しずつ電波にやられていった。あんなに優しくて、いろいろなことを知っていたじーちゃんは別人みたいになっていった。毎日、天井に視線をさまよわせたり、死んだはずのばーちゃんと会話をしていた。時々、かーさんをばーちゃんだと勘違いした。かーさんは適当にそれを受け流した。とーさんは何も言わなかった。僕はじーちゃんの枯れ木みたいに細い手を取って話しかけた。反応はなかった。口の端で唾が泡のようになっていた。まるでゾンビみたいだった。生きてるわけでも死んでるわけでもない。そんな曖昧な状態で宙吊りにされたじーちゃんが、可哀想で仕方なかった。同時に、そんな状態のじーちゃんを放置している人達が許せなくて、僕は、あれは火星人、やっぱり火星人がじーちゃんを殺した火星人が猫も殺した僕はそれを見たみんなを殺している猫の鳴き声ジッポライターの火僕の肩にとーさんの手が手が人工呼吸器をあああ猫の黒い瞳が黒い毛並みがあああライターの火が火が透明人間が通り過ぎる電波が電波が黒猫がグンニャリ電波が電波が電波がアイツらは鍵開けの天才だ火星からの電波が来るよぉ怖いよぉぉぉ体が透明にぃぃぃ電波がアルミホイルで遮断しなくちゃあああああああああああああガガガガガガガガガガガガが

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