第17話 大乱闘、あやかしVS怨霊ズ

樹海は、深い闇に覆われていた。


歩いても歩いても変わらぬ景色で、先はまだ続くように思える。

辿り着く先がないということは、こんなに心細く不安になるんだと、私は身を縮めて歩き続けた。

一歩進むたびに「ピシッ」と聞こえる不快な音が、樹海の不気味さに拍車をかける。

まるで、どんどん黄泉の世界に足を踏み入れて行くような、そんな感じだ。


「……つ、着かないね。ど、どこまで歩くのかなぁ?」


怖さに堪えかねて呟いたけど、誰も答えてくれない。

ヨキは無言で私の足元をトコトコ歩いていて、その向こうでは長義さんも平然と歩を進めている。

先頭を行く山吹さんも、聞こえていないかのように全く振り向かない。

無視ですか?

……え、酷くない?

「そうだね」くらい返してくれてもいいと思うんだけど!?

私は一人で憤慨し、怒りが伝わるようにわざと足音を大きくして歩いた。


そうしてまた暫く行くと、どこかから激しくぶつかる金属音が聞こえて来て、咄嗟に私は屈んだ。


「えっ!?何?何の音!?」


隣のヨキに尋ねた。

すると、ヨキは立ち止まりこちらを向いて、ニヤリと笑った。

その顔はヨキであってヨキじゃない。

心のない何か。

感情のない何か。

慌てて長義さんを見ると、彼も不気味な表情で笑っていた。


……違う……これ、みんなじゃないっ!


私は異変に気付くと、走って近くの大木の影に隠れた。

鼓動を落ち着かせるために一度静かに深呼吸をする。

それから、彼らの様子を見ようと大木から少し顔を覗かせた。


……あれ?誰もいない?

三人がいた場所には、木々があるだけで、気配も存在もまるで感じない。

どこにいったんだろう、と首を傾げながらまた大木の影に隠れた。

そして、クルリと背を向け反転すると……目の前に無数の黒い影が見えた。

逆さに垂れ下がりユラユラ揺れる人型の黒いもの。

表情も何もないのに、なぜか憎悪の感情だけが駄々漏れだ。

私の背筋に悪寒と恐怖が走る。

叫び声を出さないように口を塞ぐけど、気を抜けば泣き出してしまいそうだ。


(何よこれ!?どうなってるの!?本当のみんなはどこ!?)


口を塞いだままの私は、大木にしがみつき、震えることしか出来ない。


『ああ、怨めしい……生者よ……』


『その血肉を寄越せ……』


『お前も……同じ目に……』


黒い影から、激しく暗い怨み節が聞こえる。

声は段々と近づいて来て、やがて……気配が耳元に迫る!


「……もう、やだぁ……ヨキっ!ヨキーーー!!」


込み上げる悲鳴と同時に、私はヨキの名を呼んだ。


……すると突然「ガキンッ」と金属音がした。

先程聞こえた金属音と同じ音だ。

それは真上から聞こえ、見上げた直後、空間が何かに斬り裂かれた。


「芙蓉っ!無事か!?」


「ヨ……キ……ヨキっ?え?どうしてそんな所から!?」


斬り裂かれた空間から現れたのは、人になったヨキである。


「歩いていたらお前が突然消えたんだ!怨霊に惑わされたのだろう。生者であるお前だけ取り込もうとしたのだ!」


そう言うとヨキは標準装備の刀を振りかざし、私の近くにいた黒い影に向かって斬り付けた。


「怨霊め!私の大事な芙蓉に何をするか!」


「ヨキ!?」


大事?え?私のこと大事って!?

思わぬ告白にドキッとすると、ヨキは力一杯こう言った。


「芙蓉がおらねば、私の猫缶を誰が買うのだっ!この大馬鹿どもめ!ええいっ!こうして、こうして、こうだーっ!」


猫缶かーい!

どうせそんなことだろうと思ったわよっ!

そう突っ込む間もなく、ヨキは怨霊を斬って斬って斬りまくる。

「ぐわぁ……」と、断末魔を上げる怨霊の背後からは、ヨキと私を狙って新手の怨霊が襲いかかった。

その数は……もう数えられないくらい大量である。

こんなの、斬っても斬っても間に合わない!

そう思った時、真上の斬られた空間から、ぬっと黒曜石の目が覗いた。


「怨霊どもめ。芙蓉様を惑わし食い物にしようとはなんと浅はかな!そんな低能な輩は、この女郎蜘蛛山吹が食らい尽くしてやろうぞ?」


「山吹さんっ!」


裂け目から巨体を捻り込ませて、山吹さんは私の側に降り立った。

その山吹さんの後から、今度は長義さんが颯爽とやって来た。


「無事で何よりである、芙蓉殿。後は我らに任せるが良い!」


「はいっ、御願いします!」


私は遠慮なく言った。


長義さんは走り出て、ヨキと背中合わせになり取り囲む怨霊へ睨みを利かせる。

山吹さんは体から糸を出し、周りの樹木に絡ませると一気に宙に浮いた。


「いくぞ、猫又!」


「おう、退治屋!」


ヨキと長義さんは、手にした刀でバッサバッサと怨霊を斬る。

本家の長義さんの太刀捌きが素晴らしいのはわかるけど、ヨキがそれに負けず劣らず強かったのには心底驚いた。

猫又なのに刀持ってて、扱いにも長けてるって一体どういうこと?

首を傾げる私の前で、今度は女郎蜘蛛山吹さんによるイリュージョンが始まった。

樹木に張り巡らされた糸を巧みに操りながら、山吹さんは怨霊達を根こそぎグルグル巻きにした。

そして、暴れて騒ぐ怨霊一体をふわりと浮かせると、それはもう楽しそうに地面に叩きつけたのだ。


「ぐうっ!」


凄い勢いで地面に激突した怨霊は、呻くと同時に霧散し、それを見た他の怨霊は怯えて言葉を失った。


「ホホホホホ、思念体だからと安心しておったか?捕まることもなかろうと思うておったか!甘いわ!女郎蜘蛛の糸からは、霊だろうが何だろうが逃れることはできぬぞ?」


山吹さんは高笑いを響かせながら、リズミカルに怨霊達を叩きつけてゆく。

恐るべし、蜘蛛の糸。

恐るべし、女郎蜘蛛。

山吹さんが味方で本当に良かった。

と、私は大蜘蛛の影に隠れながら胸を撫で下ろしていた。

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