第10話 心配してないわけじゃない

「さてと……じゃあ、まずは……」


私は受付台に置いた台帳に手を伸ばした。

藤山美術館の日本画は、今日全て各画廊へと搬入されるはずである。

とすると、青木さんがこの後配達に行くと言っていた『扇町画廊』か『ギャラリー湯川』のどちらかに山吹さんがいる可能性が高い。

幸いどちらの画廊も祖父の代から付き合いがある所だ。

頼み事も相談事もしやすいので助かった、と私は連絡先を確認すべく台帳に手を伸ばした。

しかし、その手を、受付台に乗ったヨキが前足で抑えて邪魔をした。


「待て。それより先にやることがあるだろう?」


「えっと。何?」


私は首を傾げた。

今、長義さんのお願い以外にやることがあったかな?

うーん、そんなことはないはずだけど。

……あっ!

私の表情が変わるのを見たヨキは頭を抱えた。


「なんて酷い女だ……お前、不動産屋のことを綺麗さっぱり忘れていたろう?」


「……はぃ……」


長義さんの件で頭が一杯で、姿を消した漆原さんのことを忘れていた。

心配してないわけじゃない。

でも漆原さんはたぶん無事、そんな気がしていたのだ。


「一応会社に確認してみろ。いるなら良し、いないなら、違う場所を探してみるべきだな」


「違う場所ってどこ?」


尋ねると、ヨキは眉根を寄せた。


「……さっきの退治屋が言う女郎蜘蛛。そいつはな、男を捕えて精気を吸う妖怪なのだ」


「男を捕えて……?えっ!?ひょっとして漆原さんが山吹さんに捕まってるかもしれないの!?」


「その可能性もある、というだけの話。ほれ、確認しろ!」


ヨキは受付台に置いたスマホを、器用にスコーンと手で弾き、私へと投げ飛ばして来た。


「わわっ!」


精密機械に何をする!!

危うく落としそうになりながらも、私はスマホを全身で受け止めた。

それからホッと一息付くと、漆原さんの番号を鳴らしてみた。


プルルルルと電子音が二回。

昨日と同じ回数が鳴ると、やはり昨日と同じメッセージが流れてきた。


「出ないよ……」


「そうか……あとは会社に出勤しているかどうか……」


「……かけてみるね」


私は貰った名刺を取り出し、携帯電話番号の上の固定電話番号を押した。

スマホと同じような電子音が二回鳴り、直後、澄んだ声の女性が電話に出た。


「毎度、ありがとうございます!親切丁寧、みんなの暮らしを全面サポート、いつでもどこでもあなたの味方、漆原不動産でございまーす!」


……この文言、社内規定で言うことが決まってるのかな?

一瞬言葉に詰まったけど、気を取り直して尋ねてみた。


「……あ、あの。私、円山画廊の者ですが、漆原社長は……」


「円山画廊様……?あっ、昨日社長とご一緒だった方ですか?」


突然女性は早口になった。


「はい。それで、社長は……」


「本日はまだ出社しておりません……」


出社してない……!?

受付台のヨキを見ると、寄せていた眉根が更に寄っている。

悪い方の可能性が広がっていく……なんとも嫌な気分がして、私はゴクリと生唾を飲んだ。


「あの……漆原社長の居場所はわかりますか?」


「……誠に失礼ですが……そういったプライベートな件はお答えしかねますので……」


そりゃそうか。

もしこちらがストーカーか何かだったら困るもんね。

でも、居場所がわかるかわからないかだけでも、教えて貰わなくては。

そう思い、勇んで喋ろうとすると、足元にヨキがすり寄ってくる。

『代われ!』という意志を汲み取った私は、さっとヨキを抱き上げてスマホに近付けた。


「あの?円山様?」


電話口から不審感丸出しの女性の声がすると、ヨキが渋い声で応答した。


「……電話を代わった。私は円山画廊のヨキという者。漆原社長とは舘野建設の一件で懇意になり、度々画廊の方にも遊びに来る仲なのだ。しかし、昨日妹の芙蓉と藤山美術館に行き、そこから行方が知れぬと言う……それが心配になって電話をしたのだが」


「まぁ、ではご友人なのですね。そうでございましたか……大変失礼致しました!私、秘書の大崎と申します」


「いや、良い。それで、大崎さん。連絡がないと言うが、やはり居所もわからんのだな?」


「……ええ。出先から直接出張に行ったりだとか、突然取引先の社長とお出掛けになるとか……自由に動き回る方ですので、心配もしていませんでしたが……今回に限って何の連絡もないものですから……」


秘書の大崎さんは、心配そうに言った。

後頭部でお団子を結い、フレーム無しのメガネをかけている格好いい秘書、という勝手なイメージを膨らませながら、私は話の続きを待った。

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