第4話 吉良長義

本日、月曜日の美術館は休館日である。

そのため、館内は静かで、所々ライトが落ちて薄暗い。

館長のすぐ後ろの漆原さんは、短い足でトコトコ歩く館長を蹴飛ばさないかに気を配っているようだ。

その様子を最後尾から見ている私は、笑いを堪えるのに必死である。

小型犬パグ対大型犬シベリアンハスキー。

前のパグを踏まないように歩くシベリアンハスキーという構図がおかしくてたまらない。


「芙蓉さん?」


「うへっ?」


突然振り向かれ変な声が出た。

それを必死でごまかそうとしたけど、漆原さんは訝しむ表情をした。


「どうしたんです?おかしな顔をして……」


「べ、別に……あっ、ほら、館長に置いて行かれますよ!」


「え?あ、ほんとだ。小さいのに早いな」


「ぶっ!」


ヤバイ……つい吹いてしまった。

また更におかしな顔になったであろう私を、漆原さんは追及するために一歩近づいた。

しかし、その時、館長の甲高い声が曲がり角の先から響いたのだ。


「おーい!ここだよぉー!」


「あ、はぁーい!」


天の助け!とばかりに私は駆け出した。

漆原さんは暫く首を捻りながら佇んでいたけど、そのうち諦めてゆっくりと私と館長に追い付いた。


「これだよー」


館長の指差す絵は、古い時代の日本画だった。

歴史の教科書(平安時代)に出てきそうな男が、腰に差した太刀を抜き、斜め上を見上げて睨みを利かせている絵である。

男の衣装は、紫の狩衣かりぎぬに黒の冠。

平安の服飾に精通してない私にわかるのはその程度のことだ。

しかし、男はどこか尋常ではない迫力を持ち、その纏う威圧感に私は息を呑んだ。

今にも動き出しそうなほど生き生きとする絵は、作者が不明でなければ、間違いなく「国宝」指定される類のものだろう。

私は付けられたタイトルを確認した。


「蜘蛛退治図……吉良きら長義ながよし?タイトルはあるんですね?」


「誰が付けたのかもわからないけどね。はっきりした年代も作者も不明。それに、タイトルに書かれている吉良長義って人は、歴史のどこにも記述がないんだよね」


「確かに古い物のようですね。平安時代の大和絵っぽい雰囲気もありますし。ん?隣、空いてますけど、他に絵が掛かってたんですか?」


「うん、そうなんだよ。今、預け先毎に絵を分けていてね。隣の絵は、円山さんに頼むやつじゃないから移動させてるんだ」


「なるほど。じゃあ、ここにある三点がうちの分ということなんですね?」


見ると、このエリアにはちょうど三点の絵が掛かっている。

吉良長義さんの絵と、年代の近い日本画が二つだ。


「そう、宜しくね。明日青木さんに運んでもらうから!」


館長はそう言って笑った。

美術館の改装順は、日本画が最初で次に洋画、版画とその他の特別展示の順番で行われる。

各々一ヶ月程度を見越していて、その間も修理工事による休業はしないそうだ。


「わかりました!では、預り証とかの確認をしておきますね!」


「事務所に用意してあるよ!じゃあ、帰ろうかね」


絵のサイズの確認も済ませ、私と館長は事務所へと帰ろうとした。

すると、漆原さんがスマホを片手に焦ったように言ったのだ。


「すみません!メッセージが入ってましたので、先に行ってて下さい!連絡とってからすぐに追い付きますので!」


ほら、言わんこっちゃない。

と、私は心の中で勝ち誇った。

大丈夫とか言ったけど、連絡があったってことは、何か問題が起こったに違いない。


「どうぞどうぞ!私達、事務所にいますから!ごゆっくりー」


「え……あ、はい……」


私は従業員の人が気の毒になり、満面の笑みで漆原さんを送り出した。

問題なら早く解決してあげないと、ね?

しかし、その態度に、何故か漆原さんは名残惜しそうにこちらをチラ見した。

意味深なその行動が少し気にかかりつつも、私はそれを無視して、館長と共に事務所へと急いだのである。

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