第4話 漆原八雲

私達は、行きと全く同じ行程で、絵の中から現実世界に戻って来た。

早速不動産会社に連絡してみようと考えたけど、それより先にやることがあったと気付く。

そう、水浸しになった床の掃……


「芙蓉。掃除より先に、私の朝飯だぞ?」


心の声が聞こえたのー!?

ヨキのここぞと言わんばかりのタイムリーなツッコミに、私は一言呟いた。


「……えー……」


「えー。ではない。猫缶を開けて皿に盛るだけの簡単なお仕事だぞ?そんなもの十秒ではないか」


……うっ、反論出来ない。

確かにその通りだからだ。


「わかったわよ!待ってて。持ってくるからっ!」


私は昨日買溜めした猫缶を戸棚から出すと、専用の皿に出した。

すると、ヨキはよしよしと言いながらやって来て、味を堪能しつつ、美味しそうに食べ始める。

本来妖怪には食事の必要性はないけど、そんな彼が猫缶を好んで食するのには理由があった。

近所を散歩している時、たまたま食べ残してあった猫缶を発見し、試しに一口食べてみると病み付きになった……という下らない理由が。


「うむ。旨い。昼はササミで頼む」


「……はいはい」


満足したヨキはヒョイと近くの絵に消えた。

これからまったりと画廊内の絵の巡回をするのだろう。

私は皿を片付け、やっと床の掃除が出来ることにほっとした。


諸々の掃除を終えると、例の不動産屋の資料探しを開始する。

確か、絵の預り証に連絡先があったはず。

台帳をパラパラと捲り、一枚一枚確認していくと、やがて目的の物を発見した。


漆原うるしばら不動産ね……ええと、電話番号は……あ、あった!」


受付の子機を手にし、最初の番号を押す。

その時、あることに気が付いた。

……担当者、誰だっけ?

私は一度電話を切って、預り証に担当者名を探した。

しかし、隅々まで探してもその記述はなかった。

まぁ、いいか。

こちらの名前を言えば、わかってくれるわよねぇ。

そう思い直し、改めてボタンを押した。

プルルルル、プルルル……。

二回目のコール音の途中で、相手に繋がった。


「毎度、ありがとうございます!親切丁寧、みんなの暮らしを全面サポート、いつでもどこでもあなたの味方、漆原不動産でございます!」


うわぁ……。

立て板に水の如く聞こえてくる怪しげな営業に、私は一度受話器を外した。


「もしもし!お客様!?」


遠くから良く通る声が聞こえる。

あら、これってスピーカーにしてたっけ?

と思い確認したけど、そんな設定にはなっていない。

この人の声がデカイだけだった……。


「あっ、ごめんなさい。あの、私、円山画廊のものですが……実は先日お預かりした絵画の……」


「ああ!円山さん!お世話になります!ひよっとして、売れたんですか?」


おっと、この反応。

すぐにわかったということは、彼が担当と考えて良さそうだ。


「い、いえ。そうじゃないんです……あの……」


私は口ごもった。

今気付いたのだけど、ここから先のことを何も考えていなかったのである。

絵の中の場所を知る者を教えてくれ?

絵の持ち主を教えてくれ?

どんな風に聞いても、怪しさ満載である。


「……円山さん?」


担当の声が聞こえる。

口ごもるのもかなり怪しいよね。

何か、策を……。


「絵を買いたいという客が、出所と作者を知りたいと言っている」


不意に背後から声がして、振り向くと、そこにはヨキがいた。

いつの間にか前足を私の肩に掛け、通話口に顔を近づけている。

びっくりしている私に、ヨキは「任せろ」と頷いた。


「ああ!なるほど!そういった件ですか!」


突然変わった声に驚くこともなく、担当者はヨキに返答をした。


「しかし、申し訳ない。こちらもその辺は聞いてないんですよ。なんなら、今日依頼主の所に一緒に行きますか?」


「いいのか?」


「ええ。見積りを持っていくお約束もしてますから。先方にはこちらからお伺いを立てておきましょう」


「よろしく頼む。こちらは、先程電話に出た妹の芙蓉を行かせよう」


ちょっと!妹って言った?

余計なことを言うと、後でめんどくさいことにならない!?

訝しむ私の視線など、どこ吹く風でヨキは続ける。


「……それで、君の名前を聞いてもいいかな?」


「あっ!これは失礼しました!私、漆原八雲うるしばらやくもと言います。今後とも宜しく!」


漆原八雲?画家か作家みたいな名前ね。

と考えて、あれ?と思った。

会社名と名字が同じ。

ということは……この声のデカイ人って経営者の身内?

経営者だと思わないのは、声があまりにも若かったからだ。


「宜しく。ついでで悪いが、妹を迎えに来てくれないかな?」


「ええ。もちろんいいですよ!では、午後にお迎えに行きますね!失礼しまーす!」


漆原八雲氏は終始画廊中に響き渡る声で喋り倒した。

途中から聞いているだけだった私は、のそのそと前に座り直すヨキにお礼を言った。


「ありがとう!何も考えてなかったからさー」


「まぁ、そんなことだと思っていた。お前の閃きはいい線いっているが、いかんせん、熟慮に欠ける」


なんだろう。

思いつきだけの考えなしだと、丁寧に言われている気がするんだけど?

少しイラッとすると、ヨキがゴロンと転がってお腹をこちらに向けた。


「そう怒るな。ほら、私の腹でも撫でて、リラックスするといい」


何で素直に撫でてくれ!と言わないのかっ!

まぁ、そうは言っても、この提案は魅力的である。

モフモフの誘惑に勝てるものなし!

そんなわけで、多少の理不尽さを抱えながら、差し出された腹を撫で回す私、なのである。

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