第31話 目覚め
──それから更に四日経って、ノノを培養液から出す日が来た。
瓶の上部の蓋を外し、ローブの袖を捲ったフォリウムが腕を入れて狐の子供を引き上げる。
小さな体をベッドに横たえ、見守ること数分。
「肺から培養液が抜けて、自発呼吸を始めれば成功です」
魔法使いの声に、レナロッテは固唾を飲む。
永遠とも思える短い時間が過ぎる。
こぽり、と口の端から生ぬるい液が流れ、ゆっくりとノノの胸が上下し始める。
「息をしてる……!」
ノノの口許に手を翳したレナロッテが、フォリウムを振り返る。彼はゆっくり頷き、
「あとは意識が戻れば……」
言い終わる前に、瞼がピクピク痙攣し、子供がゆっくりと薄目を開けた。
「ノノ!」
レナロッテは名前を読んだ。
「私が解るか? ノノ!」
脳が損傷していたら、記憶を失っているかもしれない。祈る気持ちで呼び掛ける女騎士に、子供は琥珀色の瞳だけを動かし、レナロッテを見た。それから唇を開き、
「……うるさい。触手きょーぼー女」
「ああ、ノノ!」
煩わしげに狐耳を伏せるノノに、レナロッテは堪らず抱きついた。
「ごめん! 本当にすまない、ノノ……」
「うん、一生恨む」
容赦のない物言いをして、狐は女騎士の肩越しに魔法使いを見た。
「おかえり、ノノ」
「お師様……」
微笑むフォリウムに瞳が潤む。レナロッテはノノに取り縋って泣いている。
また上手く体が動かない。ウトウトと目を閉じるノノを抱き締めたままのレナロッテの肩に、フォリウムが手を置く。
「寝かせてあげましょう。今は休息が一番の薬です」
「ああ」
涙を拭って、レナロッテが立ち上がる。
フォリウムはノノの培養液を丁寧に拭き取り、綺麗なシーツを掛けてやった。
「……よくがんばりましたね」
艶やかな子供の頬をいとおしげに撫でて、魔法使いは弟子から離れた。
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