第6話 魔除けの植物

「さて、これらをどう使えば一番効率よくレナロッテさんを治せるでしょうかねぇ」


 籠いっぱいのホリーの葉とロウワンの実を前に、フォリウムは顎に手を当てて思案する。


「イステの魔女様の手紙には何と?」


「東方では、ホリーとロウワンでリースを作り、ドアに飾って魔物パラタクルスける習慣があるそうです。つまり、侵入を防ぐ手段であって、憑き物落としの手段ではないのです」


「じゃあ、憑いちゃったパラタクルスを追い出す方法は?」


「それは書いてありませんでした。取り憑かれてから宿主が死ぬまでの期間が短いので、対策がなかったと」


 予防策はあっても、根治療法は見つかっていない。


「それなら、この植物には意味がないんですか?」


 せっかく採ってきたのに、と唇を尖らせるノノに、師匠はいいえと首を振る。


「魔除けに使われている以上、この二つには意味があるはずです。本来、パラタクルスは宿主の体内に入り、意識を乗っ取るモノ。しかし、レナロッテさんは自我を保っています。そこに彼女と魔物を分離する鍵があるかと」


「ふぅん」


 ノノは気のない風に鼻を鳴らして、葉の生い茂ったホリーの枝を一本、籠から引き抜いた。そしてそれをレナロッテに近づける。すると……。

 ババッ! っと紫の蛭は雲丹ウニのように棘を立ててたらいの隅まで逃げていった。


「わ、本当にホリーを怖がってる!」


 ノノは愉快そうに枝でレナロッテをつつき回し、その度に蛭はバシャバシャと聖水を跳ね上げてのたうつ。


「こら、人が嫌がることをするのはやめなさい」


 師匠が叱るが、弟子だって負けてない。


「だって! ボク、この人に散々不快な目に遭わされたんですよ。ちょっとくらい仕返ししてもいいじゃないですか」


「そういう狭量なことを言っていると、後で自分に戻ってきますよ」


「ボクは後に降りかかるかもしれない不幸より、目先の快楽を優先するタイプなんで」


 目上の忠告も聞かずに、魔物をいじめ続ける子供。その所業に対する報いは、意外と早く訪れた。

 盥の縁に追いやられていたどす黒紫の蛭は、こっそり触手を長く伸ばし、ノノの背後に回り込ませていたのだ。そして、悦に入って枝を振るう子狐の足首に絡みつき……一気に持ち上げた!


「うひゃあ!」


 いきなり天井の高さで逆さ吊りにされたノノは、手足を振ってジタバタもがく。


「おーしーさーまー! たーすーけーてー!」


 罠にかかった狐の子に、言わんこっちゃないとフォリウムはため息をついた。


「少しそこで反省してなさい」


「そんなぁ! 食べられちゃいますよ!」


「消化される前に救出してあげます」


 ふえーんと嘆く弟子を置いて、師匠は盥の傍に屈んだ。


「レナロッテさん、もしかして今、自分の意志で触手を動かしましたか?」


 訊かれた巨大蛭は一瞬考えて、


「わから、ない。でも……つつかれて、ちょ、っとムカつい、た」


 その返答に、フォリウムは思わず笑ってしまう。


「なるほど。貴女は魔物に意識を乗っ取られない……逆に干渉しかえせるほどの強い精神の持ち主のようですね」


 ローブの袖を捲くって淀んだ聖水の風呂に腕を入れ、レナロッテのほぼ指の形のない手を取る。


「パラタクルスは肉にまで侵食していますが、骨格は無事ですね」


 握って確かめてから、手を離す。それからにっこりと微笑んだ。


「治療方針を決めました。骨まで到達する前に表面の寄生体を取り除きましょう」


「……どう、やって?」


「洗います」


「あら……う?」


 フォリウムは緑の目を細めると、すっくと立ち上がった。


「早速準備に掛かります。あ、気が済んだらノノは解放してあげてください。なるべくかじらないでくださいね。私の大事な弟子ですから」


「……どりょ、くする」


 全身を震わせて頷くレナロッテを見届けて、フォリウムは植物の入った籠を持って外へ出ていく。


「え!? お師様待って! このバケモノと置いてかないで! たーべーらーれーるぅー!」


 子狐の絶叫が、しずかな森に高く響いた。

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