第4話 ちょっと変な彼は恋のキューピッド

「そ、その。それはいいんだけど……そっち行っていい?」


 今は、二人きり。それが、私を大胆にさせていた。


「お、おう。そ、その、好きにせい」


 人志君は……ううん、人志はとても動揺しているようだった。

 その様子に、緊張しているのが私だけじゃないのがわかってほっとする。


 向かいの椅子に移動して、人志と隣同士になる。

 そして、こてん、と肩を預ける。


「お、おう……」

「……」


 何が、「お、おう……」なのかわからないけど、照れているのはわかる。

 私自身、こうやって肩を寄せているだけでドキドキものだ。


「本当は、もっと早くこうなりたかったんやけど……」


 今が幸せだからいいけど、つい恨みがましい言葉を吐いてしまう。


「それはほんま、俺が悪かったから……」

「冗談やって。冗談」


 新ちゃんのお節介には度肝を抜かれたけど。

 でも、彼のおかげだと思うと、恨むことも出来ない。


「あの、頭、撫でて欲しいんやけど」


 わがままを言っているな、って実感する。

 でも、今はこれくらい言ってもいいよね、と思う。


「こ、こんな感じでええか?」


 最初は、おそるおそる、という感じで丁寧に髪に触れられる。

 なんだか、とても嬉しくて、でも、落ち着く感じがする。


「うん。とっても、気持ちええよ」


 心の中の冷静な自分が「暴走してる……」と言っているけど、知らない。


「えいっ」


 もっと、人志の体温を感じたくて、横合いから抱きしめてみる。

 と思ったら、彼も私を抱き寄せてくれた。


「その。とっても、幸せ、やよ」

「ああ、俺もや」


 お互いに、幸せなことを確認しあえるのが嬉しい。

 でも、新ちゃんは、下手したらこんなステップとうに乗り越えてるんだよね。


「どうかしたんか?梢」


 表情が変わったのに気がついたのだろうか。人志が心配そうに聞いてくる。


「ううん。新ちゃんが愛ちゃんとしばらく前から付き合ってたのなら……」

「やったら、どうしたんや?」

「こういう事も、とっくに昔にしとるんかなあって。それだけ」


 でも、それもどうでもいいことだけど。


「新太のやっちゃ。涼しい顔でやっとるかもな」


 幾分、落ち着いたのだろうか。人志がそうつぶやく。


「新ちゃんは、昔から、涼しい顔して何でもやってたよね」

「やな。あいつは、ほんま頭ええし、度胸はあるしな」


 新ちゃんは変人だけど、情に厚いのも皆が知っている事。

 今回だって、やり方はどうかと思うけど、私達を思ってのことだ。


「でも、愛ちゃんはいつ、新ちゃんに惚れたんやろうね」


 もちろん、一緒に行動することは多かった。

 それに、知らないところで二人っきりの時間はあったのかもしれない。

 だから、不思議はないけど、少し引っかかった。


「俺らが大学入学する頃は、普通やったと思うんやけど」


 人志の言葉には納得感がある。

 じゃあ、どこで二人の関係が変化したのだろう。

 そう考えて、ふと、思い出した出来事があった。


「そうそう、そうや。愛ちゃんの卒業パーティー!」


 新ちゃんは飄々としていたけど、妙にテンションが高かった。

 そして、愛ちゃんは終始、どこか落ち着かない様子だった。

 あの時は、卒業式を終えて色々あったんだろうと思っていたけど。


「言われてみれば、なーんか妙な空気やった。あの二人!」


 私だけでなく、人志もそう感じていたのだったら、やっぱりそうなのだろう。


「でも、新太の奴も水臭いちゅうもんや」

「同感。新ちゃん、自分のことには昔から無頓着やもんね」


 彼が東京の大学に進学してから4年間。

 その間、新ちゃん発案の飲み会が幾度となく行われた。

 だいたい、最後は新ちゃんの実家で、皆してお泊りが定番だった。


 ふと、そんな宴の最中のある夜の事を思い出す。


◆◆◆◆


 床で皆して、ベターンとなって、酔いつぶれていた。

 ホットカーペットもあるこの部屋は、冬場に寝転んでも寒くない。


 そんな中で、『あー、私達、青春してるなあ』なんて思っていた。

 人志との仲は、絶賛足踏み中だけど、でも、こんな日々が楽しい。

 酔いもあって、そんな気分で居たところ、のそりと起き出す人影。

 新ちゃんだ。


 トイレだろうか、と思っていると、窓を開けて、ベランダで黄昏れている。

 なんとなく不思議に思った私は、彼を追って、ベランダに出たのだった。


「新ちゃん、どうしたんや?そんな黄昏れて」


 振り向いた新ちゃんの顔は、どこか嬉しそうで、少し寂しそうだった。

 いつも柔和な表情な彼だから、珍しい表情だ。


「ちょっと夜風に浸りたかっただけ。梢は?」

「私は……新ちゃんが、なんや起き出したから、心配になってな」

「ごめんごめん。らしくもないよね」


 思えば、東京に進学した彼の気持ちを考えたことがなかった。


「なんか、新ちゃん、悩みでもあるん?相談なら乗るけど」

「悩みっていう程でもないよ。ちょっと考え事してただけ」

「考え事でもええよ」

「なら、お言葉に甘えて。今日は皆、楽しんでくれたのかなって。それだけだよ」


 なんだ、そんなことで。そう言いそうになった。でも、彼の瞳は真剣だった。


「そりゃ、皆楽しんだに決まっとるよ。新ちゃんは、心配性やな」

「そっか。それなら良かったよ。僕でも、何か出来たんだなって、そう思えるから」


 その言葉が、どこか胸が痛かった。楽しんだ、の中に自分が入っていないようで。

 我が道を行くと思っていた新ちゃんだけど、こういう繊細な面もあったんだ。

 昔から一緒に過ごしても、そんな一面を知らなかった事が少し恥ずかしくなる。


「新ちゃんは、もっと、自分に自信もってええよ。私らが保証する!」


 だから、少しでも元気になって欲しくて、そんな言葉を送ったのを思い出す。


「ありがと、梢。そうだね。少しは自信、持ってみようかな」


 そう言う彼の、少し照れくさそうな顔が印象的だった。


◇◇◇◇


 少し寂しそうな顔をしていた新ちゃん。

 でも、今はどう思っているんだろう。

 そんな事を、無性に聞いてみたくなった。


「新ちゃん達が帰ってきたら、色々話してもらわんとあかんな」

「やな。馴れ初めとか色々、な」


 二人して、楽しい事を見つけた、とばかりに笑い合う。

 と、脳裏に一つアイデアが閃いた。


【新ちゃんに愛ちゃん、ありがとな。おかげさまで、無事、私らは付き合うことになったよ】


 まずは、そんなお礼のメッセージを送る。


【でも、新ちゃんたちも水臭いって言うもんやで。部屋に戻ったら、洗いざらい吐いてもらうからね】


 万が一、だけど、愛ちゃんの彼氏が新ちゃんじゃない、というのもあり得る。

 だからこその、少し含みを持たせた文章。


 さてさて、どんな返事が返ってくるやら。

 数分経って、既読マークがついたかと思うと、一通のメッセージが返って来た。


【あらら。ばれちゃったか。二人とも、鋭いね】

 

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