あんたが俺とセックスするっていうから、今俺は結局こうなってる。
湊川晴日
三途の川の巨乳
やべえ。まずい。そんな台詞が頭ん中を回ってる。きもちわりい、あちい、吐きそう、とかも一緒に洗濯機の中みたいにぐるぐる回ってる。
俺は夏のクソあちい路地裏でしゃがみ込んでいた。いや、動けないで座ってたって言うのが正しい。ギプスに包まれた足が蒸れてあちい。
おれは一時間前、クソ暇な病院から逃げてきた。家出したタイミングでバイクで事故るなんて、マジでクソだ。警察が事情聴取にくる前に、俺は逃げ出した。捕まったらまたあの家に戻んないといけない。それはぜってえ嫌だ。
だけど、松葉杖で歩くのは思ったよりもきつかった。家から病院までは電車で一五分くらい。でも金も無かったから、おれは歩くことにした。
だけどおれは病院から1キロくらいのところで、あえなく力尽きた。でもその日は気温が38度だったらしいから、しかたねえよな。病み上がりだし。
情けねえ自分を慰めつつ、俺はパイプが這っているきたねえ壁にもたれながら、重い足をずりずりと地面にこすりつけた。となりのゴミ捨て場から嫌なにおいがするが、太陽の下で座り込むよりはましだ。
快復したらまた歩き出すつもりだったが、もしかしたらそれも無理かも知れない、と思い始めた。ぼーっとしてくらくらするだけだったのが、どんどん吐きそうになる。熱中症ってやつかもしれねー。脱水とか。
そういえば近所のバーサンがそれで道の真ん中に倒れて、何でもない日に死んでた。老人になるとあついとかさむいとかわからなくなるんだって、かわいそうだねって加代が下がり眉を更に下げながら言ってた。
そんときは、老人って弱えな、と思っただけだったけど、それ今の俺も一緒じゃん、と思ったらなんか可笑しくなった。可笑しいけど、すげーむなしかった。
うとうとしていると、きゃはは、と遠くで女の笑い声がした気がした。
気が遠くなったところで、水滴がぼたぼたと脳天に落ちてきた。何だと思って上を見るとアパートの窓が空いていて、煙草をくわえたキャミソール姿のババアが枯れかけた鉢に水をあげていた。その並んだ鉢から水がぼたぼた垂れていたのだ。
おれは急に今の状況が笑えないくらい悲しくなった。このまま死んだらおれすげえ無様だなと思った。せめてこの水滴をどうにかして欲しい。
いっそのこと、この鉢のどれか1つ、ぽろっと落ちてきてくんねえかな。そしたら気を失ってる内にさっさと死ねるだろうから。
「……あー」
おれは声を出した。さみしさを紛らすように。
そのときふいに、近くで物音がした。振り返りはしなかった。面倒だったから。
しかし、音はだんだんと近づいてきた。聞いたことの無いような音。うぃーん。パソコンが唸ってるみたいな。ああ、なんか電動自動車に近いかも。あれ静かすぎんだよな。気づかずに事故りそうになったことあったな。
ふいに、音が消えた。それと同時に、目の前がふっと暗くなった。次に、おーい、と声が聞こえた気がした。脱水症状で死んだ隣のバーサンが、三途の川の向こうから呼んでるのかも。おれはかろうじて目を開けて、すぐに自分の目を疑った。
巨乳だった。
繊細な白いレースはそのボリュームと重みに耐えきれず、おおきく隙間があき、その向こうにある水色ののブラジャーの生地まで見えた。
こちらは以外とシンプルなデザインだ。それにしても知らなかった、天国にこんなサービスあるのかよ。
「大丈夫か?」
巨乳はおれの首のあたりを触った。黒髪がばさりと顔の前に落ちる。
「待ってろ」
おっぱいはバックから何かを取り出したらしい。口元に硬いもんが当たった。
「飲めるか」
飲めねぇよ、とおれは言葉を発したつもりだったが、おっぱいに俺の声が届いたかどうかはわからない。意識がますます遠のく。
その時、顔をぎゅうと捕まれた気がした。口の中に、なんかが入ってきた。俺はそれを飲んだ。
ぬるくて甘い味だった。
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