第36話 創作者の家族

 けれど俺は……彼女から目をそらしてしまう。


 えびぽてとさんはハッとして俺から手を離し、おずおずと縮こまった。


「……ごめんなさい。いきなり、差し出がましいことを……」

「あ、いやいやそんなえびぽてとさんが気にするようなことじゃないんで! ホント、大したことじゃないんです。まぁ勉強とかもありますから、なかなかそっちに手が回らなくって」


 そんな風にごまかすと、えびぽてとさんは「そ、そうなんですか」と少し元気を取り戻す。うーん気を遣わせてしまったな。


「そ、そうですよね。同人活動は楽しいですが、本気で臨めばそれだけ時間と労力もかかりますし……簡単にできることではないですよね」

「そうですね。俺もこの前初めて同人誌作ってその大変さがわかりました。うちは四人でやってるからまだマシだけど、一人で作ったらめちゃくちゃ大変だろうし。えびぽてとさんすごいっすよ」

「そ、そんな私なんてぜんぜんこれっぽっちもすごくないダメダメ作家ですよ! 前のイベントも……一冊しか……買ってもらえませんでしたし……。同じように初参加だった美空家さんとは雲泥の差です…………」

「うわぁ落ち込まないで! そんな気にすることないですって! うちだって他のメンバーがすごいだけで俺は全然ですし! と、とにかく元気出していきましょ! 俺、応援してますから!」

「うう……気を遣っていただいてすみません……。ありがとうございます、あささん……めんどくさくてごめんなさい……」


 今にも泣きそうな目で背筋を伸ばしたまましゅんとするえびぽてとさん。

 なんとなくわかったが、この人めちゃくちゃ素直で真面目な人だ。だからこそなにに対しても真剣で、それが面倒くさい感じにも見えるだけなんだな。


 そんなえびぽてとさんは、きゅっと手を握って俺の方を見た。


「……私は、あささんに同人活動をやめてほしくないです」

「……え?」

「面倒なワガママを言ってごめんなさい。でも、私なんかと違って素晴らしい才能のある方が創作をやめてしまうなんて悲しいです。ライカとルルゥの未来を、私は見届けたいです」

「……本当に、ちゃんと読んでくれてるんですね」


 うなずく彼女の真剣な顔に、俺は困ってしまう。


「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど……どうしてそこまで言ってくれるんですか? あんな未完成の本だったのに……」

「魂がこもっているからです」

「え?」


 えびぽてとさんの瞳が、見えない熱を放つ。


「『美空家』さんの本には、とっても熱い情熱が、作家の魂がこもっていました。それは創作において最も必要なものだと私は確信しています」


 真っ直ぐな目でそう言うえびぽてとさん。そう言う彼女の瞳にこそ、俺は熱い情熱が宿っているように思えた。


 えびぽてとさんは照れたように顔を下げる。


「だ、だから私も、美空家さんに負けない作品を作りたいと思っているんですっ。それに……その、私は、いつまで続けられるのかもわからないから。出来る内に、出来ることをやってみたくって……」

「え? いつまで続けられるかって……なにか制限があるんですか?」

「制限、といいますか……その、父に許可をもらっていないもので……。もし同人活動をやっていることが知られたら、たぶん、もう……」

「……なるほど」


 創作系のアニメとかドラマ、いろんな作品で見たことがある。厳格な家庭に育った人が自由に活動を出来ないってパターンのやつか。ほら、理解のない親に厳しくされてるやつ。お嬢様が大変なのはまひるさんの境遇でよく知ってるからなぁ。俺みたいに両親共々クリエイターなんてことは珍しい方なんだろう。


「それじゃあ、この間のイベントも?」

「はい……。母は知っているのですが、父には黙って参加していました……」

「そっかぁ……やっぱ、みんないろいろあるんすね……」

「はい……あるんすね……」


 なんとなくもの悲しい空気になってしまう。俺も母さんからの提案とかあるし、家族に思うところはいろいろとあるが……ってこんな空気耐えられん!

 俺は空気を変えようと発言する。


「と、とにかくバレないうちは頑張りましょう! サンフェスも近いですし、気合い入れていかないと! 俺、応援してますから!」

「あささん……そ、そうですよね。イベントも近いですし、頑張らないとです! よぉし、お父様に気付かれないようにこっそり同人活動頑張ります! あささんも……そのっ、も、もし気が向いたらまた一緒に創作しましょう!」

「うっす!」


 前向きに手を挙げる俺たち。約束するわけではないが、彼女に元気が出るならそれでよかった。


 そう思ったとき。



「誰に気付かれないようになにを頑張ると言った?」



 そんな俺たちは同時に固まった。

 テーブルの横から聞こえた声。

 二人でそちらを向く。


 そこに、和装姿の強面な男性がすごい威圧感で立っていた。


「もう一度訊こう。ゆかり。誰に気付かれないようになにを頑張ると言った?」


 俺はえびぽてとさんの方を見る。


「お、お、お父様……!」


 彼女は勢いよく立ち上がり、強面の男性を見つめたまま青ざめる。


「ど、ど、どうして……」

「ここのマスターは俺の旧友でな。昔からよくしてもらっている。それより紫、お前こそどうしてここにいる。そちらの少年は?」

「あ、か、彼は、そのっ」

「よもやボーイフレンドではあるまいな? お前も年頃だが付き合う相手は慎重に選べ。海老園かいろうえんの娘に釣り合う男しか許さん」


 ジロッとキツイ目つきで俺を睨むように見る男性。

 どうやら最悪な事にこの人がえびぽてとさんの実の父親のようだった。なんだってこんなタイミングでこんな人が現れるんだよ! なんかこういうのアニメで見たことあるけど現実で起こるもんなのか!

 つーか……カイロウエンってなんかで聞いたことあるな。なんだっけ。昔親父と母さんが話してたような……。


「……ひとまず少年のことはいい。それより紫。お前は最近俺に内緒でなにかしているようだな? この俺に黙ってなにをしている? 正直に言いなさい」

「お、お父様……」

「言いなさい」

「…………はい」


 逆らう勇気も気力もないのだろう。観念したえびぽてとさんはテーブルの上に目を移す。

 俺は彼女の意図を理解し、えびぽてとさんの同人誌を手渡した。俺がうなずくと、えびぽてとさんは「ありがとうございます……」と小さくつぶやく。


 そしてえびぽてとさんはその同人誌を父親へと差し向ける。


「これはなんだ?」

「はい……私が初めて作った同人誌です……」

「そうか。なぜこんなものを作った?」

「…………す、好き、だから……です……」

「俺は許可を出した覚えはない。勝手なことをするな」

「……はい」

「わかったならもう必要ないな」

「……え?」


 そこで――彼女の親父さんは同人誌を二つに破いた。

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