第30話 創作者とSNS

 おそるおそるハルのスマホ画面を見せてもらうと……確かに前回のイベント名での『つぶったー』検索であれこれ感想が出てきている。そのままハルのスマホを借りたのだが、一度見てしまえばやっぱり気になってがっつり反応を探してしまう。


「んー、でもやっぱ二次創作の人気サークルさんの反応がほとんどか。ま、オリジナルの同人ってそもそも作者人気がないと読んでもらうことも難しいだろうしなぁ」

「そうみたいだね。そういえば、アサヒのご家族はみんな人気のあるクリエイターさんだろう? まひるさんは僕でも知っているくらいだ。なのに、どうして事前に宣伝をしなかったんだろう。そうすればもっと買いに来てくれる人も多かったはずだよね」

「ああ、言われてみりゃ確かにそうだよな」


 三人にはそれぞれ多くのファンがついている。特にまひるさんは業界でも有名な絵師だ。それこそSNSで宣伝でもしておけば100部――いやいやもっと大量に刷っていても足りなかったかもしれない。ていうか行列出来てたんじゃないか?


「まぁ、まひるさんたちにも考えがあったんだと思うぞ。――おっ!」


 画面を下へ下へとスクロールしていて見つけたのは、俺たち『美空家』が作ったプレビュー版の『星導のルルゥ』が映った写真だ。いわゆる戦利品写真というヤツだな。この人が買ったらしいいろんな同人誌の中の一冊として紛れ込んでいる。まさか見つかるとは!


「買ってくれた人がいたのかい? 良かったじゃないかアサヒ」

「選ばれし50人のうちの1人だな。まぁ特に感想は載ってないけど、それでも嬉しいな」


 そのままスクロールしても、もう特にめぼしいものはない。

 そこで俺は、ふと自分たちのサークル名と作品名で検索を掛けてみた。さすがに出てこないだろうと思っていた――のだが、意外なことにいくつかつぶやきが出てきた。


 その一番上の新しい書き込みに目が向いた。



『前のイベで買った謎のサークルの本。安いからとりま買ったけど、やっぱ中身クソだったわ。イラストは全部モノクロでしょぼいし、ボイスもヘタで聞く価値なし。何より小説がゴミ。レイヤーの人も会場で浮いてたし、そもそもあんなのどうやって雇ったんだよw オフパコ目的だろw』



 そのつぶやきを見た俺は――気付けば『つぶったー』を落としてスマホをハルに返していた。そのタイミングでチャイムが鳴る。


「……アサヒ? どうかしたの?」

「ん? ああいやなんでもない。それよりそろそろ教室帰ろうぜ。次移動だろ」

「ああ、うん」


 歩き出した俺に続いて、ハルもついてくる。


「それでアサヒ、何か参考になるつぶやきとかあったかい?」

「あったぞ。己の自惚れに気付かせてくれるありがたいやつがな」

「え?」


 俺はそのまま振り返らずに階段を降りていく。

 ハルはしばらく後をついてこなかった。

 

 ****


 それから数日が経った。

 その間、俺はずいぶん悩んだ。これからの活動をどうするべきなのか。早めに結論を出さなければみんなに迷惑を掛けてしまう。


 そしてある日の夜に、俺は結論を伝えることにした。

 全員が集まる夕食時。美空家はいつもように騒がしく、アニメの話や創作談義に花を咲かせている。そして気付けば次回の同人についての話になっていた。


「あたしのコスめっちゃパワーアップ中だかんね、次はゼッタイもっとお客さん来るって! 本多めに刷っとこ! ママももっとグッズ作っちゃえ!」

「うふふ、夕ちゃん張り切ってますね~♪ それじゃあ次はどんなグッズにしましょうか~。夜雨ちゃんはなにがいい~?」

「えっと……夜雨は、クリアファイルが……いい、かな? 見栄えがよくって、コレクションも、出来るから」

「よるちゃんナイスアイデアじゃーん!」

「いいですね~♪ それじゃあ表紙絵のクリアファイルにしましょうか~♪」

「う、うん……! 夜雨も、ボイスもっといっぱい録る……! もっと良くなるように、がんばる……!」

「美空家サークル、みんなやる気いっぱいですね~♪ 朝陽ちゃんもなにか意見があれば…………朝陽ちゃん?」

「弟くん? きいてるー?」

「……兄さん?」


 三人がこちらに顔を向ける。

 

 ――よし、今が頃合いだろう。


 俺は箸を置き、ハッキリと伝える。


「まひるさん。夕姉。夜雨。俺、同人活動はやめるよ」


 その言葉に――三人は言葉もなく固まった。


「……え? 朝陽ちゃん……?」

「はい? 弟くん、ちょ、なに言ってんの? もうやめるってどゆこと?」

「に、兄さん……? どう、して……」


 俺は三人に向けて頭を下げる。こういうことはぐだぐだ引き延ばしても良い結果にはならないだろう。早めに伝えておくべきなのだ。


「本当にごめん! けど決めたんだ。俺はもう同人活動はやめておく。だから、次のイベントは三人だけでやってほしいんだ」


 素直に謝ると、まひるさんは呆然となり、夕姉は思わず立ち上がって、夜雨は隣から不安そうに俺を見つめる。


「朝陽、ちゃん……」

「だ、だからそれがなんでだって訊いてんの! 理由ワケくらい教えなさいって!」

「兄さん……なにか、あったの? どうして、そんな急に……」

「俺のせいだからだ」


『え?』と三人が声を揃えた。


「とにかく、もう決めた。本当にすんません! でも今まで通り三人のサポートはするつもりだからさ。何か役に立てることがあったら遠慮なく言ってくれ。それじゃ」


 俺は席を立ち、食器を片付けて自分の部屋へ戻る。


 ドアを閉めると、深い呼吸が漏れた。

 まひるさんはまだ呆然としてるだろうし……夕姉も怒ってるだろうなぁ。夜雨は……ちょっと泣いてるかもな。胸が痛い。ごめんな夜雨。


 でも、これでいい。間違ってないはずだ。

 これは前向きな決定だから。

 不思議と落ち着いているし、冷静に考えられている。

 少なくとも、『美空家』サークルから俺は抜けた方がいい。


「その方が、きっともっと良い作品を作れるはずだ――!」


 だから俺は、もう家族との同人活動はやらない。

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