第28話 美空家、名誉の帰還

 なんてことがありつつも夕姉と一緒に店番を続け、まひるさんや夜雨とも交代で休憩をとる。まひるさんは丁寧な応対をしてくれたし、夜雨も対面販売なんてめちゃくちゃ苦手だろうに一緒にがんばってくれた。

 そしてやはり一番がんばってくれたのは夕姉であり、もし夕姉という売り子がいなかったら一冊も売れなかった可能性だってあるだろう。実際に、お隣のえびぽてとさんはほとんど買ってもらえなかったようで露骨にしょんぼりとしていた。

 だから、初参加で計50部が完売したことは本当にすごいことらしい。ちなみにアクキーは全10個のうち7個がセットで売れた。


 小規模のイベントで、会場もそこまで大きな方ではないし、お客さんも最大規模の『コミマ』なんかに比べたらずっと少ない。でも、来場者もサークル参加している側も、みんなとても楽しそうな顔をしていて、そこかしこから充実した熱量を感じた。俺も少しだけ会場をうろついたが、面白そうな同人誌がいっぱいあった。

 特に二次創作のサークルさんが多い方はすごく盛り上がっていて、『ナイトメアパーティー』という最近人気なアニメの同人誌が非常に多かったみたいだ。俺もまひるさんたちと家でそのアニメを観ているし好きなのだが……実はそのアニメの監督はうちの親父なのである。だからなんだかライバル視するところもあって、それで美空家サークルがみんなやる気になったりもしたのだ。


 そうそう。まひるさんがちゃっかりいろんなサークルの本を買いまくっていたので読ませてもらったりもしたが、どの本も作り手の想いがたくさん詰まっているのがわかってなんだか嬉しかった。初めて同人誌即売会のイベントに参加した俺は、この不思議な創作世界の感覚を肌で感じることで高揚感を覚えていた。


 14時過ぎには来場者がだいぶ少なくなって、15時になると会場にイベント終了の放送が流れる。会場の空気と他のサークルさんたちの表情もいっきに緩み、最後まで残っていた俺たちも肩の荷が下りた。


 片付けをしながらホッと一息つく。


「はー終わった……なんかあっという間だったな……」

「みんな~お疲れ様~♪ よくがんばりましたね~♪」

「完売は間違いなくあたしのおかげでしょ! まーでも今回は別に儲けなんてないし、弟くんにイイ経験積ませられたのがイチバンの収穫かな~?」

「夜雨も……初めて、サークル参加したけど……楽しかったな。にいさん、よかったね♪」

「ああ。三人のおかげで俺も楽しかった。ありがとう!」


 俺がそう言うと、三人はそれぞれ笑って応えてくれる。

 本が完売したおかげで帰りの荷物も楽なもので、なんだか気分も軽くなる。最後に挨拶したえびぽてとさんがキャリーケースに段ボールを積むのを手伝った際にはお互いの健闘を称え合った。えびぽてとさんは泣きそうだった。次、次がんばりましょうね……とは言えなかったけどな!



 ――そんなこんなで、他のサークルさんたちと一緒に初めてのイベント会場を後にする家族サークル『美空家』。土曜日の都内の空は少しだけ曇っており、わずかな晴れ間が覗いていた。


 私服に着替えた夕姉が、気持ちよさそうにぐーっと腕を空へ伸ばす。


「んん~っ! よぉ~っし、そんじゃあ打ち上げへゴー! ……って言いたかったけど、今日は早めに帰っとこっか?」


 夕姉が俺の隣を見て苦笑気味に提案する。

 隣の夜雨はすでにこくんこくんと船をこいでおり、俺とまひるさんも同じように笑ってうなずく。俺が夜雨の手を握ると妹はハッと気付いて「え? え?」と不思議そうに俺たちの顔を見る。お疲れ、可愛い妹よ。


「帰ろう夜雨。美空家、名誉の帰還だぞ」

「あ、う、うんっ。ご、ごめんね、夜雨、つかれて……」

「いいんだよ~夜雨ちゃん♪ みんな、とってもがんばったもん~♪」

「じゃあさじゃあさ、せめて地元の『ポコポコドーナツポコド』でテイクアウトしてこーよ! ほらママも夜雨も好きでしょ? で、代金は弟くん持ち~♪」

「普段ならなんでじゃいと言いたいとこだが、サークル主としてみんなに迷惑掛けたしな。ここは男らしく払わせていただこう!」

「ええ~? い、いいの~朝陽ちゃん~?」

「兄さん、め、迷惑、なんて……」

「いいんだいいんだ。むしろ感謝の意味の方が強いからさ。お礼ってことで」

「うんうん! 弟くん、なかなか男らしいとこあるじゃ~ん! それじゃいこっ!」

「夕姉くっつかれると歩けんて! 俺荷物持ってんだからさ!」


 こうして俺たちは初めての同人イベント参加を成功させ、夕暮れと共に美空の家に帰ってくることが出来たのだった――。



 諸々を済ませて、自室のベッドの上に寝転がる。

 初めての体験は心地良い疲れと共に俺の身体に染み渡り、確かな満足感を残していた。


「……自分の作ったモノを誰かが見てくれるって、すげぇんだなぁ…………」


 美空家じぶんたちのために一冊だけ残したその同人誌を、俺はしばらくじっと眺めていた。

 ベッドから身を起こす。


「――よし、んじゃあ戦利品いただきものも堪能しますか!」

 

 俺はえびぽてとさんの同人小説を手に取り、さっそくページを開いた。

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