第14話 夜雨は死なないわ。俺が守るもの。

 まず向かったのは、園内一番人気らしい新型のスクリュージェットコースター。

 さすがに並ぶことを覚悟していたのだが、タイミングが良かったようで15分程度の待ち時間で俺たちに回ってきたのはラッキーだった。


「やったーあたし一番後ろー! 先頭は見晴らしがいいけどさ、一番スリルあって面白いのは後ろなんだよねぇ! ほらほら弟くんもおいでよぉ!」

「すまん夕姉」


 チョイチョイと手で呼ぶ夕姉に断りを入れる俺。

 夕姉の視線が俺の隣に向くと、そこでは俺の手を固く掴んでぷるぷると小動物のように震える夜雨がいた。夕姉はすぐに「あー」と苦笑してまひるさんと一緒に一番後ろの席に乗り込む。

 そんなわけで、俺と夜雨は一つ前の席に乗ることになった。


「あわ……はわわわわ…………っ」


 アニメのドジっ娘みたいなことを言いながら落ち着かない様子でぷるぷるする夜雨。係員の人が安全バーをチェックしている中でも、夜雨の震えは止まらない。俺の手を強く握ったままで、ちょっぴり顔が青ざめている。これはさすがに心配になるな……。


「夜雨。平気か? 怖いなら無理することないんだぞ。なんなら今からでも係員の人に言って止めてもらえるはずだ」


 しかし、夜雨は俺の手をきゅっと掴みふるふると首を横に振る。

 そして強気な目で俺を見た。


「せ、せっかく、みんなと……にいさんとっ、こ、来られたから……! た、楽しい思い出、つくり、たい……っ!」


 そう言って、怖いはずなのに気丈に振る舞う健気な我が義妹。く……なんて立派な覚悟なんだ。可愛いにも程がある。


「わかった。じゃあ兄ちゃんの手を握ってるんだぞ。そしたら怖くなくなるからな」

「う、うん……!」


 そしてついにプルルルルと発進音が鳴り、夜雨が何かの宣告を受けたみたいにひっと身をすくめる。

 ――ガタンッ……ガタガタガタ……!

 とうとうジェットコースターは硬いガタガタ音を立てて動き始めた。高度が上がっていく中、後ろではまひるさんと夕姉がキャッキャと楽しげな声を上げている。他のお客さんたちもそわそわドキドキといった様子だ。


 一方の夜雨は涙目である。


「に、にいさん……夜雨がしんじゃったら……パソコンのHDD中身、粉々に破壊してね…………ぜったい、ね……」

「夜雨は死なないわ。俺が守るもの。だから安心しろ」

「にいさん…………えへへ……。やっぱり、ね。にいさんが一緒にいてくれると……夜雨はね、なんでも、がんばろうって…………だから、ね……?」


 夜雨が、前髪から覗く潤んだ瞳で俺を見つめる。


「にいさん……いつも、ありが――――ふみゃあああああああああああああああああ~~~~~~~~~~!」


 大絶叫である。

 高速落下からのぐるんぐるん回転ループ! 

 派手に水しぶきを上げるオリジナルコース! 

 身体があっちこっちに持っていかれそうになる激しいGの攻防! 

 なかなかの迫力ある新型コースターは今の俺にも十分に楽しめるもので、ついつい童心に還ってしまった。いやすげぇなこれ! もちろん、後ろからは俺以上に大いに楽しんでいる声が聞こえてくる。夕姉はともかくまひるさんも楽しそうだな!

 そして隣からはひたすら悲鳴だけが届く。夜雨の可愛い声がこんな間近で聴けるというのも贅沢なもんだ。これは同人音声じゃ絶対聴けない絶叫だろうし。それにやっぱりジェットコースターってのは女の子の悲鳴があると雰囲気出るしな。うん、まぁ、可哀想なんだけど。しかし声量すごいね夜雨! さすがプロの声優だね!


 ――そしてガタガタとスタート地点に戻ってくるコースター。がくんっ、と小さな衝撃と共にストップ。

 隣を見る。普段は隠れているのがもったいない綺麗な両目が丸見えになるほど髪の乱れていた夜雨に呼びかける。


「や、夜雨。大丈夫……か?」


 握っていた手に少し力を込めて反応を促すと、壊れた人形みたいにゆっくりカクカク動いてこっちを見る夜雨。その瞳は涙をたたえ、内股をギュッとこすり合わせていた。


「……こ、こんな、とき……どんな、顔、すればいいのか、わ、わからにゃの……」


 俺は後ろでめちゃくちゃ満喫していた二人の声を聞きながら返す。


「笑えばいいと……って無理して笑うな! がんばってネタにも乗ってこなくていいからな夜雨! 偉いぞホント! ほらさっさと降りて休もうな! 昼は好きなもの食べよう! お菓子なんでも買ってあげるぞ! 」


 俺は動けずにいた夜雨を抱っこしてコースターを降り、係員さんに多少の心配をされつつその場を後にする。まひるさんや夕姉もさすがに夜雨の心配をしていたが、「へ、へいきだよ……」と健気に笑う妹。泣けてくる!

 こんな夜雨も当然可愛かったが、さすがにもう二度とコースター系に乗せることはないだろう。俺はこの日に深くそう誓ったのだった……!

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