第10話 好きに好きを重ねる!
それからご飯が炊けたところで、家族四人での夕食を迎える。
テーブルを囲むときは、キッチンの入り口に一番近い席が俺。隣に夜雨。対面がまひるさんで、その隣に夕姉というのがおきまりの座席だ。まひるさんは華奢だがめちゃくちゃよく食べるし、夕姉もその細身をどうやって意地してるのかという程度にはバクバクと食べるから俺はおかわりをよそったりもする。夜雨はちびちびと程よい量を食べてくれる。可愛い。
いつものように録画したアニメ(今日はファンタジーのバトルモノ)を流しながらの食卓。EDに入ったところで夕姉が切り出した。
「今回引き弱かったなー。ところで弟くんはなんかネタ出来そうなの?」
「うっ」
ついにその話題が出てしまった。
まぁ……黙ってやめるわけにもいかない。俺は箸を置いて話をした。
「すいません。ちょっといいですか」
かしこまった様子の俺を見てか、三人はキョトン顔で俺の言葉を待つ。
俺は正直な気持ちを明かすことにした。
「三人が俺と一緒に創作をって気持ちは嬉しい。けどさ、いきなり言われても俺には良い物語なんて思いつかない。今までみたいに三人をサポートすることは出来るけどさ、俺が創作に関わって三人の足を引っ張るのは嫌なんだよ」
三人との創作が決して嫌なわけじゃない。ハルが背中を押してくれたのもあるし、また創作に向き合ってもいいのかと思う気持ちはある。ただ、三人のすごい才能を俺が台無しにしてしまうのが怖かった。
そんな思いで真剣に話をした俺に、三人は少し固まった後穏やかな顔で笑い出した。
え? な、なんで笑うんだ? 変なこと言ったか?
少々面食らった俺に、夕姉が言う。
「弟くんさー。そんなこと真面目に考えて悩んでたワケ? バカだねーもうっ」
「は? ど、どういう意味だよ」
「兄さん……少し、考えすぎだと思う……」
「夜雨まで……か、考えすぎって?」
「朝陽ちゃん~」
正面からまひるさんが俺を呼ぶ。
「ママが急にあんな提案をしちゃったから、朝陽ちゃんを困らせちゃってたんですね~。ごめんなさい……」
「え? い、いえいえまひるさんのせいでは!」
「でもね、もう少し気楽にやっていいんですよ~」
ニコッと、まひるさんは微笑む。
「……気楽に?」
夕姉と夜雨も同意するようにうなずいた。
「あのねぇ弟くん。同人活動ってさ、自分の好きなことを表現する場だよ」
「え……?」
「ま~一緒にやる以上思いやりは必要だし? あたしたちのこと考えてくれるのは弟くんらしいけどさ、そんな深く考えることないんだって。弟くんが好きなこと書けばいーのっ! あたしたちは、一緒にその好きに好きを重ねる!」
「好きに……好きを重ねる……」
それはつまり、好き勝手やりゃあいいということなんだろうか。なんか夕姉らしい考えだけど、その言葉は意外にもしっくりときた。
夜雨が俺の手を引く。
「兄さんの書く物語……夜雨は、好き、だよ……」
「夜雨……」
「ママが離婚しちゃったとき……夜雨も、すごく、悲しかった……。でも、兄さんが楽しいお話を作ってくれて、ママも、お姉ちゃんも、夜雨も、とっても楽しく笑えた。兄さんのお話は、みんなを、幸せにしてくれるよ……」
そう言って、夜雨は小さな笑みを浮かべる。まひるさんと夕姉も一緒に笑っていた。
思い出すのは、寒かったあの冬。
アホ親父がまひるさんと“アニメの価値観の違い”で離婚をした。その詳細は女性キャラクターの扱いにおけるもので、アニメ監督として作品の全体像や商業的成功を念頭に考える父親に対して、まひるさんはとにかくキャラクターへの思い入れが強く、他のすべてを犠牲にしてもキャラクターを何より魅力的にしたいという人だ。それが美少女キャラならなおさらである。
そんな衝突もあって離婚をしてしまった二人だが、その後の美空家は大変だった。まず親父が家を出て行って一人暮らしを始めた。俺は親父についていくべきか、この家に残るべきか悩むことになる。
そして俺がここに残ることを選んだ一番の理由は――美空家の三人を、とても放っておけなかったからだ。
まひるさんはとても純粋な人だ。世間知らずなお嬢様のまま見習いアニメーターになり、子供が出来て、シングルマザーで子育てをしながら絵を描き続けた。大変な苦労をしてようやく親父との結婚に行き着いた。きっと安心したことだろう。にもかかわらず、親父も離れていった。
その後のまひるさんの消耗は凄まじく、あんなに絵を描くのが好きだった人がしばらく仕事を休んだほどだった。もちろん夕姉や夜雨だってそうだろう。苦労してきた母親が幸せになれると思っていたはずなんだ。でもそうはならなかった。
もしかしたら、俺も親父の息子として責任を感じていたのかもしれない。少なくとも俺は、血の繋がった実の
その頃の俺はもう創作はやめていたはずなのに、急に頭がぐるぐると回った。泣いているまひるさんの前で即席の婚約破棄悪役令嬢の話を考え、馬鹿馬鹿しく語った。次第にまひるさんは話を聞いてくれるようになり、最後にはようやく笑ってくれた。夕姉と夜雨も拍手をくれた。俺はそれがすごく嬉しかったし、初めて美空家の一員になれた気がした。
まひるさんが言う。
「ママも、朝陽ちゃんの物語が好きなんですよ~。朝陽ちゃんと一緒に、家族みんなで作品を作ることが、ずっと夢だったんです~。大地さんは、もういないけれど……ママの夢をお手伝いをしてくれたら、ママはとっても嬉しいなぁ」
まひるさんが、俺の左手をぎゅっと握る。
「弟くんっ。ほらほらママのお願いだよ? ここが男の見せ所ってヤツじゃん! 大丈夫だって、あたしたちがついてるんだからさ! 有名アニメ監督の息子の力見せてよ!」
夕姉がこっちまで歩いてきて、後ろから俺の肩に顎を乗せて笑った。
「兄さん……一緒なら、大丈夫……。夜雨も……兄さんの、力に、なりたい……」
夜雨が俺の右手を包み込んでそう言った。
……あー。
ちょっとこれ、ずるくないか?
クリエイターとして尊敬している三人に――家族にそんなことを言われてしまったら、さすがにもう逃げられないじゃんか。
「……わかった。わかったよもう!」
俺は観念し、そう声を上げる。
「子どもの頃に考えてた小説のネタがいくつかあるんだ。その中から今風にアップデートしたものを……書いてみる。それでいいならやってやんよ! けど拙いからって文句言わないでくれよな! それが俺の全力の好きなものなんだ!」
半ばやけくそ気味にそう言うと。
まひるさんと夕姉と夜雨は嬉しそうに立ち上がって、それぞれにハイタッチを始めた。すぐにキャッキャと騒いでその場で打ち合わせが始まり、どんなものをやるつもりなのか、主人公やヒロインはどういうキャラなのか、衣装や設定はどんな感じなのかという聞き取りが行われる。
「いやだからまだ何も決めてないって! もうちょっと待っててくれよ!」
姦しい創作娘たちに囲まれながら、俺は久しぶりに創作脳をフル回転させることになるのだった。
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