第30話 初めてのラブコール

 ベティーでの二ヶ月目が終わる前、瀬奈に本指名の客が来た。


「38番、ミルクさん。ラブコール、6番シートにお願いします」

 瀬奈は、一瞬聞き間違えかと思った。

 矢崎が待合室に飛び込んできた。


「ミルクちゃーん、初のラブコールだね、おめでとー!!」

 アイドルを応援するオタク並みの、愛のあるハイテンションだった。


 聞き間違いじゃなかった。

 吸った酸素と一緒に喜びが、瀬奈の体中を駆け巡っていった。


 シートで待っていたのは、白の上下スウェットの青年だった。

 長く伸ばした前髪は鼻先まで伸びて、頼りないくらいに細い唇は乾燥してひび割れていた。

 瀬奈はすぐに彼を思い出した。

 入店したばかりの頃、フリーでついた客だった。


「覚えてます?」

 彼が小声で聞いた。

「もちろん!会いに来てくれて嬉しい」

 瀬奈は手を拭かせる前にキスをした。

 パサついた彼の唇が、唾液で濡れた。


 彼は瀬奈にとって印象的な客の一人だった。

「目玉をくり抜かれたおばさんが、ずっと部屋に立ってるんです」

 それを聞いた当時の瀬奈はゾッとした。


 彼は、心の病気になってニート生活を送っていた。

 前回は、彼を心配し元気づけようとした友人に連れてこられたと言っていた。


 精神病院でもらった薬のせいか、彼は幻覚が見えるようになった。

 実際の病名は言わなかった。

 本当かどうか分からないが、瀬奈は言及しなかった。


 彼以外の男の話だって同じだ。

 名前、年齢、職業、結婚しているかなど。

 それらが正しい情報だという保証はないが、信じる事にしていた。

 少なくとも今は、そう振る舞いたいのだろう。

 そう思って、ひょっとしたら嘘つきかもしれない彼らを、そのまま受け入れた。


 瀬奈は青年の話を親身になって聞き、母親のように慰めた。

 心が不安定な男の世話をするのは、亮太のお陰で慣れていた。

 彼は友人に連れてこられた身だし、もう二度と会えない客だと思っていた。


「今日は、自分一人で来たんです」

 照れくさそうに彼は笑った。

 きっと安心したくなったのだろう。


 ゆりに指導される前についた客だったので、純粋に自分の魅力に釣られて来てくれたのかと思うと、瀬奈は誇らしかった。


 その次の日も、ラブコールが鳴った。

「よお、ミルクちゃん!また自信取り戻しにきたよ」

 前回は乱交パーティーの直後に来た人だった。

 周りでセックスするカップル、潮を吹きまくる女、やりたい放題で興奮するシチュエーションはバッチリなのに、挿入する前に萎えてしまったそうだ。

 そんな自分にショックを受け、身体検査のつもりで来たのがきっかけだった。


「良かった、、イケた」

 プレイ後の、ほっとした溜め息が妙に心に残った。


 歳を取って勃起出来なくなるのはあたりまえだけど、性欲は残る。

 どうやって老いと性欲に向き合うか。

 そんな不安を聞いた。


 彼は、ゆりから伝授されたテクニックにハマった。

 ゆりはあの日以来、瀬奈に手コキのパターン、鬼頭の責め方を伝授してくれていた。

 おかげで瀬奈のプレイは豊かになった。


 こうして瀬奈は、二ヶ月目を2人の本指名をゲットして終えた。

 ランキングは、六個上がった。

 0人や1人の子が自分の下にいたが、瀬奈より若く、顔も綺麗な娘たちばかりだった。


 瀬奈は、努力の成果を噛みしめた。

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