生まれてきて残念で賞

満月mitsuki

第1話 大嫌いな自分の顔

 瀬奈は、自分の顔が嫌いだった。


 もう三十年近くこの顔で生きているが、毎日メイクを落とすのが嫌だった。

 メイクをすれば見違えるほど綺麗になる。とは言い難かったが、それでもいくらかは、マシな顔になる事が出来た。


 風呂場で、顔にクレンジングオイルを塗った。

 肌全体に白い粒子がはびこって、ファンデーションが浮き上がる。太く固いまつげは、マスカラが溶けると頼りないくらいに細くなる。シャワーを当てると、顔に重ねた嘘は一つ残らず消えていった。


 湯気で曇りかけた鏡を、瀬奈は指で拭いそっと覗き込んだ。

 むくんだ下膨れの輪郭の中には、一重まぶたの細い目に、ぼてっと横に広がる低い鼻、くすんだ色の太い唇が横たわっている。鼻と唇は大きく、胡麻のように小さな目とは、とてもアンバランスだった。

 右の鼻の穴の下には、ホクロが三つ散らばっている。そこはいつもコンシーラーで塗りつぶしていたが、すっぴんだと黒がはっきりと目立ってしてしまい、小さな目が余計に目立たなくなった。  

 昔、太くゲジゲジのように生えていた眉毛は、今では所々禿げている。太い眉毛は中学生の頃の一番のコンプレックスで、根絶やしにしてしまおうと抜き過ぎたせいだ。眉頭と眉尻が特に薄いので、いくら形を整えようとしても不格好だった。

 まるで失敗した福笑いのような顔に、瀬奈はメイクを落とす度に溜め息をついた。


 こんな顔で、亮太に申し訳ない。


 亮太は、瀬奈と同棲している彼氏だ。瀬奈は「りょーちゃん」と呼んでいる。 

 瀬奈より十一歳年上の男だが、「ちゃん」という響きがよく似合う愛嬌の持ち主だ。子供のように無邪気な笑みで、いつも瀬奈の心をくすぐっていた。

 丸顔で、髭が薄くツルツルとした肌が、少しだけ女性らしい印象を与えていた。鼻筋が綺麗に通っていて、力強い奥二重と、控えめな薄い唇が端正な顔をつくっていた。

 しかし、おでこだけは年々少しずつ面積を広げて、最近は黒い髪に白髪も混じり始めてきた。亮太はそれをひどく気にしていたが、その枯れ始めていく様を眺めると、瀬奈の心は不思議と和らいだ。

 亮太から、自分の顔について文句を言われた事はないが「瀬奈の顔が好き」とささやかれた事もない。おそらく、見慣れてくれたのだろう。その寛大さに、瀬奈は心から感謝していたが、いつも引け目がまとわりついた。


 こんな顔、亮太以外の男には、決して愛してもらえない。

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