第7話 にゃんこと保健室で○○!?

?」


 ねねの声はなぜか上擦ったから、俺は思わず振り返った。


 そこには笑顔を浮かべているねねがいた。その笑顔はどこか冷たく、冷笑という言葉が一番しっくり来る。


「えっ? いま姫野さんって月島くんのこと名前で呼んでなかった?」


「まさか知り合いだったの?」


「月島くんとにゃんこ星のお姫様が知り合い!?」


「……まこと?」


 うん、これはこれでまずい……でも旦那さんと呼ばれるよりはマシか。


「誠人くん、保険室を案内してくれるんでしょう? なら早く行こう?」


 終始笑顔を崩さないねね。それがかえって怖い。


「あの……」


 確かに、ねねを保健室に連れて、外では旦那さんと呼ばないようにともっかい釘をさすつもりだったけど、ねねは今名前で呼んでくれてるし、俺の言わんとしていることを察してくれたなら、もう保健室に行く必要はない。


 自分で言い出しといてあれなんだけど、今は千奈美のことが気になる。


「ごめん、ねね、やっぱり保健室の案内は今度でいい?」


「はい?」


 ねねの耳がピンと立って、ふわふわした白い毛に包まれたピンク色の中身が丸見えになっている。


「ごめん、保健室の案内は今度にしてもいい?」


「そういうことじゃない!」


「えっ?」


 てっきり聞こえなかったから聞き返してきたのかと思った。


「いいから保健室に行くんだよ!」


「いや、だって、千奈美……」


 俺の言葉を無視して、今度はねねが俺の手を引っ張って教室から出ていった。


「……まこと」


 後ろから千奈美の声が聞こえてきたが、ねねの手はなぜか力がこもっていたから、俺は黙ってねねについていった。



 

 保健室からはアルコールなのか薬なのかよく分からない匂いが漂っている。 


 お決まりの白いカーテンを通って、日差しが無造作に降り注いでくる。


「あれ? どうしたの?」


 足を組んでいた保健室の先生が、俺とねねを見ると、俺らのほうに向いて、足を左右逆に組み直した。


 その動作がすごく自然で、組んでいた足を一旦降ろしたときに、スカートが極めて短いせいで、黒いパンツがちらっと見えた。


 薄い黒タイツを履いてるから、それがほんとに黒なのか、それとも紫の類なのかは分からない……


 って、こんなことを考えてる場合じゃない。


 保健室の先生の名前は八重千里、自称彼氏募集中。でも、彼女には男に困っている雰囲気が全くなく、一度街で見かけときも、彼女は男と腕を組んで歩いてた。


 言い方悪いかもしれないけど、八重先生はとても教師とは呼べない。


「大丈夫です。ただの夫婦喧嘩です」


「夫婦?」


 ねねのやつ、とうとう言ってしまったよ。


「ち、違います。その姫野さんに保健室を案内しているところです。この子ってにゃんこ星の姫様なので、日本語がまだよくわからなくて……痛っ!」


 ねねは思い切り俺の足を踏んでにらみつけてきた。多分俺の咄嗟の言い訳が気に食わなかったのだろう。


「にゃんこ星のお姫様? どうりで見たことのある顔と思ったわね。にしても、授業中に保健室の案内とかはちょっといただけないかな? ようはさぼりでしょう? 月島くん~」


 八重先生の上着が少しはだけて、きわどい恰好になっている。そんな彼女は俺を見つめて薄ら笑いを浮かべている。


「……すみません」


 この人の見た目はあれだけど、意外とちゃんと先生してるのかも。


 やはり人を見た目で判断するのはいけないことなんだね。


「冗談よ~ 男は少しワルのほうがかっこいいしね~」


「はあ」


 前言撤回。この人ってやはりまともじゃない。


「それに女の子を保健室に連れてくるなんて、月島くんってば、なかなかやるね」


「違います……」


「そうですよ! 夫婦喧嘩って言ったんじゃないですか!」


「ねねは黙ってろ」


 またしても、俺の足から体へ激痛が走る。ねねのやつはまた俺の足を踏みやがった。


「あらあら二人って熱いわね。じゃ、しばらく先生は退場させてもらうよ。保健室使い終わったら、そのまま出ていっていいよ。あっ! 鍵は閉めといてね? もしバレたら、生徒のそういう行為を容認しただけじゃなくて、保健室まで貸し出したことになるからひょっとしたら減給よ? そんなのたまったもんじゃないわ」


 この人の倫理観はどうなってるんだろう。ツッコミ所が多すぎてとても俺の手には負えない。一つだけ言わせてもらえば、減給だけじゃすまされないだろう。




 八重先生が出て行ったあと、一応言われた通りに鍵を閉めた。


 ねねと二人きりになったとたん、空気が一気に張りつめた。


 耐えかねて、俺のほうから話を切り出した。


「ねね、何をするつもり?」


「誠人くんこそ何か話があったから私を保健室に案内するとか言い出したでしょう」


「俺は外では旦那さんって呼ばないでって言おうとしたけど、それを察してくれたみたいで、もう大丈夫かな」


「は?」


「うん?」


「そんな理由で名前で呼んでると思った?」


 そんな理由って。察してくれたわけじゃないのか?


「うん」


「ばかなの?」


「ごめん、やはりねねにだけはそれ言われたくないな」


「じゃ、言い直すね。鈍感なの?」


「それ、もっとひどいと思うけど」


「だって、事実だもん」


「俺ってなにかした?」


 そう言えば、ねねは八重先生に夫婦喧嘩って言ったな。ほんとに俺が気づかないうちにねねを怒らせたのかもしれない。


「あの女って誠人くんのなに?」


「八重先生はただの先生だよ?」


「違う! 先生じゃなくて。確かに先生も怪しからん格好してるけど違うの!」


 やはり、ねねも八重先生の格好はまともじゃないと思ってるんだね。


「さっき誠人くんとぶつかった子だよ!」


 千奈美のことか……女って言い方するからてっきり八重先生のことだと思った。一応同級生だからせめて女の子っていいなよ。ねねってもしかしたら昼ドラの見過ぎでマセてるのかも。


 にゃんこ星にも昼ドラってあるのかな。


「……ただの幼馴染だよ」


「嘘つかないで……だってどう見ても向こうは誠人くんに惚れてるんだもん! 誠人くんだってまんざらじゃない感じだったし……」


 千奈美が俺に惚れてる? そんなのあるわけない。だって俺はつい三日前に振られたばかりだから。


「……そんなわけないよ。ねねの勘違いだよ」


「女の子の直感をなめないで? あとその女の子が誠人くんを見た瞬間、すごいドーパミンの匂いがしたもん!」


 ドーパミンって匂いするの!? 


 でも、確かに犬ほどじゃないが、猫も人間の千倍くらいの嗅覚を持っているって聞いたことがある。


 これを口に出したら、きっとねねはまた「私と猫を一緒にしないでよ!」って怒るだろうね。


 俺の感覚だとにゃんこ星人は猫が人間の姿になったようなものなのに、どうやらにゃんこ星人は猫と一緒にされるのが嫌らしい。


、いいですか? もしあの女の子と浮気したらお父さまに言いつけるから、星間問題にしてやるんだから!」


 星間問題……総理大臣の手紙にもそう書いてるから、おそらくほんとにそうなるだろうな。


 もしそうなったら、千奈美はどうなるんだ。危ない目に遭う可能性は十分にある。


 だめだ。千奈美を守るためにも、絶対星間問題に発展するような行動はしちゃいけない。


「……分かった」


「浮気したら星間問題だからな!」


 どうやら、厄介な女の子の旦那になったみたいだな……ははは……ちょっと笑えないや。




 


 



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