第43話 見直したわ

「――アナタにしては中々良い店を選んだわね。褒めてあげるわ」

「お褒めに預かり光栄です」


 偉そうなことを言っている王女だが、口の周りは食べ物の汁でベッタベタだ。実に可愛い奴である。



「パラッシュ、口の端にソースが付いてるわよ。まったく仕方ない男ね……」


 自分の口の方が汚いのに、王女は俺の口をナプキンでぬぐう。

 ちなみにこれは、王女に気持ち良くなってもらうためにわざと付けたものだ。


「アナタ、一人で生きて行けるのかしら? 何だか心配になってきたわ。――あ、そう言えば、舞台中に私の手を握ってきたわね。あんな子供だましの劇で、泣きそうになってしまったんでしょう? だからと言って女に甘えてはダメよ?」

「ふふっ、ドラゴンを殺す時の勇者の気持ちを考えたら、つい……しかし、殿下も感動しているように見えましたが?」


 俺は笑いをこらえるのに必死だ。

 こんなに自分の事を棚に上げられる奴がいるとは思わなかった。もはや清々しくすらある。


 ちなみに、あの演劇は俺の話だった。途中で気付いてからは、恥ずかしくて見ていられなかった。


「確かにあのシーンは、そんなに悪くはなかったわ。私はまったくそう思わなかったけど、手をつないで悲しみを共有したい思う者もいるかもしれないわね」

「ははは、その通りです。私は殿下とやるせなさを共有したかったのです」


 駄目だ、もう完全に笑ってしまった。

 だが、王女はうんうんとうなずいている。


「アナタのその素直な姿勢に免じて、私の代理プリンセスガードを続ける事を許可するわ。明日も出掛けるから、プランを考えておきなさい。これはアナタの男としての技量を磨くためなのよ。遊びではないんだから、真剣にやりなさい」

「お心遣いに感謝致します。このパラッシュ、明日も殿下を楽しませてご覧に入れましょう」


「ふん、期待しないでおくわ。それと、護衛がうじゃうじゃいると歩きにくいから、明日もアナタだけそばにいなさい。女達はいらないわ」


 俺は了承の返事をする。どうやら多少は気に入って貰えたようだ。

 しかし、明日も出掛けるというのは困ったものである。何とか王宮に留まってもらう事はできないだろうか。



 辺りもすっかり暗くなった頃、俺達は馬車に乗り、ようやく王宮へと向かった。


「――ここで木が倒れて来たの。ほら、あの切り株よ」


 御者に馬車をとめてもらい、窓から切り株を見る。


「……なるほど」


 斧や雷撃の痕跡はない。完全に腐敗している。

 確かにこれを見れば、王女が事故だと思うのも無理はない。


「ね? 腐ってるでしょ? これは間違いなく事故よ。でも側近の者達は、帝国が婚姻同盟を阻止する為にやったと言ってるわ」


 王女は近々ベルカザス公国、アークロンド公の三男と婚約をする事になっている。

 両国はラキミシャ帝国の脅威に備え、婚姻による同盟を結ぼうとしているのだ。

 彼女が死ねば、その話もお流れになってしまう。王女を狙う理由としては最も納得できるものだろう。


「殿下、ちょっと切り株を調べさせてください」


 俺は馬車のドアを開けて、外へと降りた。


「――ちょっと、パラッシュ! 私のそばから離れるなんて、どういう事!?」

「申し訳ありません殿下。――では一緒に行きますか? 安全の為、私と手をつないでいただきますが?」


 王女はジト目で俺を見る。どうやら余計な事を勘ぐっているようだ。


「……パラッシュー、アナタそうまでして私と手をつなぎたいの? 本当にしょうがない男ね。――まあ、いいわ。アナタの手に乗ってあげる。でも私は、正々堂々とした男らしいい男が好きなの。よく覚えておきなさい」

「ふふっ、胸に刻んでおきます」


 よく喋る少女だ。俺は王女の手を取り、切り株の前まで歩いていく。


「――何かの薬液が付着していますね」

「薬液? まさか腐敗剤……?」


 俺はハンカチで薬液を拭き取り、臭いを嗅ぐ。


「――さすが殿下。正解です」

「という事は、やはり私を狙ったという事なのね。――でも、何故あの時、私を殺すなり誘拐するなりしなかったのかしら?」


「もしかしたら、何か別の理由があるのかもしれません。ちょっと彼等に聞いてみましょう」

「は? 誰?」


 俺は一瞬で弓を構え、暗闇に向けて二本の矢を討つ。

 二回続けて、ドサリと倒れる音がした。


「――パラッシュ!」

「ご安心を。――ちょっと失礼」


「きゃっ」


 俺は左手で王女を抱きかかえる。馬車の中に避難させるよりも、この方がずっと安全だ。

 目の前でグロい光景を見せてしまうのは心苦しいが、やむを得ないだろう。


 俺は右手で夢魔の短剣を抜く。こちらで殺す方がまだ見栄えがいい。

 三位一体の剣では真っ二つにしてしまい、モツをぶちまけてしまうのだ。


「パラッシュ、いっぱいいるわ。逃げましょう」


 木の陰から賊が姿を現す。全部で二十人ほどだ。ラキミシャのアサシンには見えない。ただのごろつき連中だ。


「大人しく王女を引き渡せば、命は助けてやる。分かったならさっさと――」


 スパッ!

 話くらい最後まで聞いてやるべきだっただろうか? もっとも、首をかっ切った後に考えても仕方ないのだが。


「殿下、怖いようでしたら目を瞑っていてください。終わったら教えます」

「馬鹿にしないで。女は強いのよ」


 さすがは王族。中々の胆力の持ち主だ。


「では、遠慮なく――」


 俺はごろつき達に突っ込み、次々と斬り殺していく。

 夢魔の短剣は実にいい。息がほとんど切れないのだ。


「――やっと来たか」


 背後から矢の飛翔音がしている。

 エクレアが<念動力ミロパー>で矢を飛ばしているのだ。


「エクレア! 全員は殺すな!」


 このごろつきどもが真犯人を知っているとは思えないが、一応尋問はしておいた方が良いだろう。


 俺とエクレアは一人を残し、一瞬で全滅させた。



「た、助けてくれええええ!」

「ああ、助けてやるとも」


 俺は運の悪い男を縛り上げ、馬車に乗せる。


「――申し訳ありません殿下。こいつも乗せてやってください」

「え、ええ……」


 セシリア王女は、目を真ん丸くして俺を見ていた。


「パラッシュ……アナタ、強いのね……」

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