第4話

 18時を回ったサスケの職場では、カタカタというタイピング音が、物悲しいBGMのように響いていた。


 しかめっ面で腕組みしているのが部長。

 一人娘がものすご〜い反抗期らしい。


 携帯のゲームでポチポチ遊んでいるのが入社1年目の新人くん。

 わずかな休み時間でも自分の趣味にてるのが、今どきの若者って感じだな。


「それじゃ、俺はお先に失礼します」

「あれ? サスケさんが残業しないなんて、めずらしいですね」

「まあな。今日はちょっと野暮用やぼようでな」

「もしかして、女っすか?」

「あのな……」


 サスケは苦笑いを返しておいた。

 女というより吸血鬼といった方が正解だな。


「サスケさん、まったく女性の気配がないですもんね〜。仕事ができて、気配りがうまいから、奥さんがいても不思議はないのに」

「完全にタイミングを逃したってやつだな」


 サスケにだって、ほんの一時期だけ彼女がいた。


 休日に仕事が入った。

 デートをキャンセルした。

 そうしたら翌日にはフラれた。

 だから、苦い記憶しかない。


「それ、労災認定してもらいましょうよ」

「あはは……」


 後輩がキャンディーを恵んでくれた。

 こうして軽口を叩き合える職場っていうのも、中々悪くないものだ。


「サスケさ〜ん、チェックしてほしい資料があるのですけれども!」


 若手の女性社員がパタパタと駆けてくる。


「ん? 今日中じゃないとマズい?」

「いえ、金曜の打ち合わせに持っていくやつなので、明日でも大丈夫ですが……。あれ? サスケさん、帰っちゃうのですか? もしかして、体調不良ですか?」

「元気だよ。俺だって早く引き上げたい日があるんだよ」

「めずらしい〜」


 人のことを何者だと思っているのやら。


「資料はメールでちょうだい。翌朝に目を通しておくから」

「は〜い」


 今度こそ職場を抜けた。


 空が明るいうちに帰るなんて久しぶり。

 とか、社畜っぽいことを考えて笑ってしまう。


「ん?」


 携帯にソフィアからのメッセージが溜まっていた。

 電車にガタゴト揺られながらチェックしてみる。


『サスケ〜、お腹が空いたのじゃ〜』

『何時に帰ってくるか教えてくれ〜』

『お〜い! 生きておるか〜?』

『返信がないとさびしいのじゃ〜』

『血が……血が……貴様の血がほしい……』

『ぐはっ……バタッ……』


 ぷっぷっぷ。

 お子様だよな。


『いま帰っているから。あと30分で家に着く』


 ポチッと送信する。


『空腹のストレスで禿げそうなのじゃ〜』


 おっさんかよ!


『冷蔵庫に栄養ドリンクが入っているから。それで空腹を誤魔化ごまかしておけ』


『は〜い! 了解!』


 にしても困ったな。

 ソフィアがいる限り、夜遅くまで会社に残るのは考えものだ。


 まあ、5日くらいだし。

 問題なく乗り切れるか。

 そんなことを考えながら、サスケは電車を降りた。


 コンビニで弁当とサラダを買う。

 ソフィアが喜ぶかな? と思い、プリンとか、ゼリーとか、チョコアイスも選んでおいた。


「へぇ〜、最近のアイスって高いな」


 200円くらいのがゴロゴロしている。

 あと、サスケが昔に食べていたアイスより高級感がある。


「ただいま〜」


 玄関のドアを開けたとき……。


「おかえりなのじゃ!」


 ゴムまりのようなものがサスケの胸に飛び込んできた。


 もちろん、ソフィアだ。

 愛犬みたいにグリグリと甘えてくる。


「サスケの身に何か起こったのではないかと心配したぞ」

「あっはっは。大げさだな。こっちの世界じゃ、事故に巻き込まれることなんて、ものすごくまれだよ」

「サスケの匂いがするのだ〜」

「かわいいな、おい」


 家に上がって、サスケは目を丸くした。


 なんか部屋が広くなっている。

 いや、散らかっていた荷物が片付いている。


 きちんと折り畳まれた洗濯物。

 ソフィアが洗ってくれたらしい。


 汚れていたコップはきれいになっているし、床に置いたままの雑誌はたなに戻っている。


 へぇ〜。

 自主的に掃除してくれたんだ。

 なんか嬉しい、拍手したい気分。


「勘違いするでないぞ。ここは私の仮の住まいである。自分の家を自分で掃除するのは当たり前なのだ」

「ありがとな、ソフィー」

「むむむ……」


 ソフィアは思いっきり照れて、指先で金髪をクルクルしている。


「そんなことよりディナーなのじゃ」

「はいはい」


 手を洗ってから、夕食の席についた。

 コンビニで買ってきたデザートをソフィアに見せてあげる。


「ヴァンパイアって、こういうお菓子、食べられるの?」

「おおっ! これはっ!」


 ソフィアがお宝みたいにプリンを持ちあげた。


「プルプルした卵のお菓子! しかも、メイド・イン・ジャパンではないか!」

「へぇ〜、日本製が好きなんだ?」

「サスケは金持ちなのか⁉︎ こんな高級デザートを私にプレゼントしてくれるのか⁉︎」

「おい、待て。プリンはそこまで高級じゃない」

「そうなの? 7日分くらいの給料が吹き飛ぶんじゃないの?」

「バカにしすぎだ。この程度のプリン、1日3個買っても、そんなに財布は痛まないね」

「ななななっ⁉︎ マジか〜! それほどの財力があるとは⁉︎ サスケは資産家なのか⁉︎ 実はすごい商人なのか⁉︎」

「平民だよ。日本のサラリーマン、めるな」


 ソフィアに尊敬の眼差しを向けられて、ちょっとした優越感にひたるサスケであった。

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