PART5

 認可証ライセンス の写真と俺の顔を何度も見比べてから、彼はあからさまに嫌な顔をし、録音は止めてくれと念を押す。

 ここは六本木の高層オフィスビルの最上階にある彼の事務所、前もって連絡ヲしていたにもかかわらず、彼は、

『はっきり言って迷惑なんですよね』と、不快そうな言葉を口にする。

 彼・・・・そう、つまりは俺が昨日観て来たあの、

”トミーと勇者たち”の作者である、日本有数のマルチタレント、長谷川俊介はせがわ・しゅんすけ氏、その人である。

 年齢は確か今年三十一歳になったばかり、背が高く、痩せていて、デッキブラシのできそこないみたいなあご髭を生やし、銀縁の眼鏡を頻りに外しては拭いている。

『青木・・・・何と言いましたか、彼が何と言おうと、あの作品”トミーと勇者たち”は、僕のオリジナル作品です。それをまるで盗作呼ばわりされては迷惑ですね』

 いささか、どころか実に不遜な物言いだ。

『お会いになったんですか?青木氏に』

『いえ、面識はありません。ただ、彼の書いたものを二・三拝見したら、まるで自分の過去の作品に酷似しているかのように思いましたんでね。実に迷惑です』


 それに、と、彼は少しばかり間を置いてから付け加えた。

『過去の作品と言っても、所詮はアマチュア時代の同人誌に載せたものでしょう。僕がそんなものを盗作なんかすると思いますか?』

 事務所の中には”トミー”のポスターが、そこら中に貼られている。

『では、貴方が圧力をかけて彼の仕事を止めさせたというのは・・・・』

『冗談じゃない』

 彼は頭を振り、鼻で嗤った。

『たかが三流作家と、僕を一緒にしないで貰いたいですね。僕の作品は封切りされてからこの方、興行収入だけでも既に10億は上げてるんですよ。来月には米国での公開も決定しているんだ。そんなバカげた真似、している暇なんかないですよ』

 彼は横目で時計を眺め、ソファから立ち上がった。

『悪いけど、これからトークイベントがあるんでね。こんな世の中でもファンが集まってくれているんだ。無駄なことに関わっていられません』

 それでは、といって、彼はそのまま部屋を出て行く。

 傍らに立っていた、小太りのダルマみたいな、昨日劇場に居たあの連中と同じような映画のロゴが入った紫色のTシャツを着た女が俺に、

『そういうことですから、お引き取り頂けますか?』

 と、彼以上に慇懃無礼な物言いで俺に告げる。

 俺は立ち上がり、

『仕方がありませんな。今日の所は失礼します。でもまたいずれお邪魔することになると思います』

 それだけ告げると、事務所を後にした。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 あの映画か、彼はそう前置きしてため息をついた。

 次に俺が訪れたのは、ある映画雑誌の編集室である。

 お世辞にもメジャーとは言い難く、どちらかといえばミニコミ誌に毛が生えた程度と言った方がよかろう。

 しかしそれだけに大手の映画会社や雑誌社からの干渉を受けずに、独自の視点で新作映画に切り込むという真似が出来る。

『ウチも一応映画雑誌だからね。目を通すぐらいはしたが、しかし宣伝の割にはあまり面白いとは言えないな。感動の押し売りをされてるみたいで、私はは好かんね』

 彼は吐き捨てるように言って、目の前の大きな陶器の灰皿から、シケモクを一本つまみ出して火を点けた。

 俺の事務所から歩いたってほんの五分とかからない。

 雑居ビルの三階だ。

 彼はこの会社を殆ど一人で切りまわしている。

 社長兼編集長兼記者と言ったところだ。

 俺はポケットからシガレットケースを出して、シナモンスティックをつまみ上げて口に咥えた。

『あんたもやられたのか?妨害工作をさ』

 俺が言うと、彼は苦笑いをしながら、

『そこがメジャーとマイナーの違いでね。ウチみたいなところ、奴らは相手にもせんさ。まあ、二三度”親衛隊”さんが抗議めいた電話をかけてきたくらいでね』

『親衛隊?』

『気が付かなかったか?あのTシャツを着た連中の事さ』

 彼の話によれば、何でも彼らはあの”トミーと”の、いや、正確には長谷川氏のと言うべきだろう・・・・の熱狂的な信者ファンで、ごく一部のスタッフを除いて、宣伝その他をボランティアでやっているという。

『何だか気味が悪いな』

『そうだろう、何しろ俺がたった一言批判的な記事を載せただけで、ほぼ毎日のように一本しかない個々の電話にかけてくるんだ。抗議の電話をさ。狂ってやがる』

 忌々しそうに吐き捨て、彼は煙草を灰皿にねじ付け、二本目にまた火を点けた。

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