地獄列車



──ガタタン──ゴトォォン──



──ゴォォォォ──



 昨夜、遅くまで書類の整理をしていたせいか寝不足でした。轟音さえも子守唄に思えて、地下を走る鉄の塊の中で私は居眠りをしていたようです。

 社畜になって早37年、間もなく定年を迎えます。もうすぐ開放されるのだと思った所為か、疲れが出ていた気がしていました。気が緩んでいたのでしょう。


 ふと目を覚ますと列車はまだ走っていました。時折壁が紅く燃えているようです。

 この列車は何処へ向かっているのでしょうか。時計がないので感覚での話になりますが、かれこれ数時間は走り続けています。


 この3両編成の列車には、私を含め7人しか乗っておりません。恐ろしいことに運転席は無人でした。

 それにしても、誰一人として言葉を発しません。どこかうつろで出で立ちも様々です。


 やんちゃそうな格好をした若い男が2人と、ピチッとしたスーツに高いヒールを履いた長い黒髪の美

女。ギャルと言うのでしょうか女子高生が2人に、大きなリュックを背負った筋骨隆々きんこつりゅうりゅうな外国人男性。

 そして、よれたスーツに薄毛で小太りでメガネの中年オヤジの私。


 かく言う私もぼーっとしていて、特に何をしようという訳ではありません。無情に時が流れていることだけを感じます。

 閉鎖された空間を走り抜ける轟音だけが、この空間を取り巻く時の流れです。


 さて、流石に何処に向かうのか不安になってきました。皆さんウロウロしてはいるものの、徘徊しているだけで意思がなさそうです。かく言う私も····。

 そろそろ駅に着いてほしい。と言うよりも電車から降りたい。そんな気持ちで体が疼きだしました。

 腰の辺りから、ぞわぞわと落ち着かなくなってきた時でした。片耳にじゃらじゃらとピアスを着けた、やんちゃそうな男の1人が突然大声を出しました。どう見ても正気ではない。

 恐ろしくて少しでも距離をとろうと後ずさりをすると、外国人男性にぶつかってしまいました。謝る隙もなく、その外国人男性も狂ったように叫びだします。


 それぞれ何か同じ言葉を叫んでいるようですが、列車の轟音と叫声がかすれている所為で聞き取れません。

 次第に他の乗客たちも狂っていく。次は私の番か。そう思った瞬間、頭の中でテレビの砂嵐がついた様にザーッと言う音で、周囲の叫び声はおろか列車の轟音さえもき消されました。

 目の前は真っ暗になり、身体が尋常ではないほど震えている事だけわかります。


 徐々に視界が明るくなり、本当に砂嵐を見ているような気持ちの悪い映像が見えてきました。

 ふと気づくと、私も彼らの様に必死に何かを叫んでいます。自分でも何を言っているのかわかりません。


 阿鼻叫喚とはこれかと思うほど、車内がけたたましい叫声で満たされた時、列車は急停止しました。

 視界が戻ると、乗客全員が転がっているのが見えました。私も転がり、床で頭を強く打ちましたが痛みは感じません。

 駅には駅員さんがひとりだけ居て、どうやら我々を案内してくれるようです。そこでも、誰も何もアクションなどは見せず、ひたすら駅員に続いて駅構内を歩きます。

 のそのそ、ぞろぞろと随分長い距離を歩きました。どれだけ大きな駅なのでしょうか。私が乗った沿線にこれほど大きな駅は存在しないはずです。


 おかしな事に気づいたのはおそらく、5kmほど歩いたところでようやく。出口と書いた階段に差しかかる時でした。

 我々は改札を通っていないのです。そもそも切符を持っていません。

 私はいつも胸ポケットにしまうのですが、何度見ても無いのです。不思議に思いましたが、これはラッキーと気付かぬふりをしていました。


 出口に続く階段もこれまた長い。学生の頃、死に物狂いで登ったこんぴらさんの1,368段の階段のようです。

 昔からあまり体型は変わっていないのに、辛さはあの頃の比じゃありません。老いとは恐ろしい。


 駅員が立ち止まったので、それまで俯かせていた顔を持ち上げました。いつの間にか、どんよりと曇った地上に出ていたようです。

 いつもと代わり映えしない高層ビルの谷間。 ビル風にグンッと背中を煽られて、駅員以外全員がよろけてしまいました。

 その途端、突如周囲は剥き出しの岩場に様変わりしました。所々にマグマが流れています。物凄い暑さです。

 さらに、目の前には大きな鉄の扉が。駅員が軽々と開くと、中はさながら裁判所の様です。

 裁判官席の中央には一際大きな席があり、とてつもなく大きな鬼が鎮座しています。あれが所謂いわゆる閻魔 えんま大王様でしょうか。

 ということは、ここはさしずめ地獄と呼ばれるところなのでしょう。しかし、死んだ記憶がありません。


 駅員は言いました。我々は不幸な死に方をした者たちなのだと。過労死だったり殺人だったり、とにかく自然死ではない者。


 これから我々は裁判を受けるそうです。さて、社畜は天国行きか地獄行きか····。

 唯一自覚のある罪と言えば、会社の悪行を公にするようプログラムしたことでしょうか。




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