足鳴り病

 バイトの帰り道、後輩と喋りながら坂を下っていると何かにつまずいた。ずいぶん久しぶりに派手に転んだ。


「先輩大丈夫ッスか」

「いってぇ、つぅか恥ずかし〜」


 ずちゅずちゅずちゅんっ


「え?」


 立ち上がると変な音がした。後輩と全身見たが何かがついている感じはしない。踏んだ感じもしない。しかし、歩くとそこそこデカい音がする。


 ずちゅんずちゅんっ


「それって足音ぽくないッスか」

「は? 漫画かよ。いや漫画でもこんな足音聞いたことないわ」

「とりあえず歩いてみてくださいよ」

「······おう」


 ずちゅんずちゅんずちゅんずちゅんずちゅん


「間違いないッスね」

「ああ······なんだよこれ」


 靴の裏には何もくっついてないし、道に仕掛けがあるんじゃないか。いや、公道に誰が何の為に仕掛けんだよ。

 対処法がわからず座りこんでいると、スマホで何かを調べていた後輩が言った。


「先輩、これ『足鳴り病』ってヤツかもしれないッスよ」

「なにそれ」

「ネットに『ひょんな事から変な足音が鳴るようになる奇病』って書いてたッス」


 ひょんな事ってなんだよ。あ、転んだ事か。


「お前、笑ってんだろ」

「笑ってないッスよ。これ病院行ったほうがいいんスかね」

「何科だよ」

「ブフォ」

「笑うなよ! 」

「すんません。もう無理っス。あっはははは」


 腹が立つのを通り越して、俺自身も笑けてきた。とりあえず病院には明日行くとして、何科を受診すればいいのか考えよう。


「先輩、SNSに載せますか」

「載せねーよ、アホ」

「ダメっすか······」

「当たり前だろ、アホ」

「どうしてもッスか」

「どうしてもだよ、アホ」

「アホアホ酷いッスよ。とりあえず帰りましょう」

「だな。ちょっと立たして」


 ちょっと癪に障るが、後輩に手を引いてもらって立ち上がった。


「ほい、よっと」


 ずちゅずっちゅん

 何か凄い音がした。


「ブフォッ······足、取れてないッスか」

「あるわ、アホ」

「先輩、悪口のボキャブラリー少ないッスね」

「多いよかいいだろ、アホか」


 あまりにも煩いから、後輩のチャリで二ケツで家まで送ってもらった。


 ずちゅずちゅんずちゅっ


 チャリから降りたら、やっぱり鳴った。


「明日の朝、病院行くんスよね。車で迎えに来るッス」

「おぉ、男前だな。んじゃ、悪いけど頼むわ」

「うッス。お疲れ様ッス」

「ん、お疲れ〜」


 できる限り足音を出さないように、 忍び足でマンションの自室に帰った。それはもう不審者にしか見えない。誰にも会わなくて良かったと心底思った。



 ピンポーン


 後輩が来てくれたようだ。

 部屋に入ってもソファまでは静かに歩き、倒れ込むようにソファに沈んだ。そのまま寝てしまったようだ。とにかく支度を······


 ばちゅっ


「は?」


 昨日とは違う足音だ。どうなってんだよ、気持ち悪ぃな。とりあえず、外で待たせんのも悪いから後輩を部屋に入れた。


「せ、先輩、足音昨日と違くないッスか」

「起きたらコレに変わってた」

「ブフゥ」

「笑うな」

「すんません、ふふ」

「で、何科がいいと思うよ」

「ぶっは····笑ってないッス。すんません。そうッスね······整形外科ッスか」

「いや、違うな。たぶん精神科だよ」

「いやいやいや、なんでッスか。違うでしょ。とりあえず整形外科行ってみましょうよ」


 後輩に説得されて整形外科に来てみた。後輩の計らいで車椅子に乗せてもらった。小学校の時トランポリンで両足を骨折して以来だ。



 結論から言うと、何科でも良かったらしい。後輩の予想通り『足鳴り病』なんだそうだ。一過性のものだが、どのくらいの期間で治るのかは個人差があるらしい。3日で治る事もあれば、半年経っても治らない事もあるらしい。

 原因は勿論『ひょんな事』らしい。医学とは何ぞや。ふざけんじゃねぇよ。


「早く治るといいッスね」

 後輩に車椅子を押してもらいながら病院の中庭で駄弁っていた。

「だな〜。バイトどうすっかな······」

「来たら良いじゃないっすか。どうせ誰も気にしませんよ」

「そうか。行ってみるか」


 びょこんびょこん


「あははっ、今日はそんななんッスね」

「毎日毎日笑うんじゃねぇよ」

「すんませんッス。でもほら、言った通り誰も気にしないでしょ」

「んだな。とりあえず、治るまで待つしかないしな 」

「死ぬもんじゃないなら気にする事ないッスよ」

「そだな〜。なんか色々ありがとな」

「気にしないでくださいよ。俺らの仲じゃないッスか」


 後輩はそう言って仕事に戻った。俺も仕事しないとな。

 俺たちのバイトは人体実験用の検体の観察管理だ。


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