ポケットに入る宇宙の万華鏡(一文物語集)

水島一輝

1月集

1


犬の居ぬ間に小屋を射抜く矢に、新年の挨拶がくくりつけられていて、毎年変わった方法で彼は挨拶を送ってくる。



2


子供のころ遊んでいた独楽が進化したというので、久しぶりに回してみたら、地面を深く削りもぐってしまった。



3


集められた名探偵たちは、迷宮で起きた殺人事件の解決に挑んだが、全員の見解が割れ、真実が明らかにならないまま、いとも簡単に迷宮を出て行った。



4


数々の戦で敵を斬り続けてきた腕の立つ剣豪は、唯一、妻との縁だけは切ることができなかった。



5


彼は、飛来する爆弾に茫然自失となった人々の手を引いて逃げていたが、たちどころに包まれた真っ白な煙の中で、突如現れた霊柩車に人々を連れ去られてしまった。



6


彼女が作ってきてくれたサンドイッチには、青春が挟まっていた。



7


ミイラが欲しいと頼まれた服従心の強い彼女は、古代遺跡を探索中に、生き返りたい、とミイラにお願いされて心臓を捧げてしまった。



8


仙人が術を間違えて自分のひげをさらに伸ばしてしまい、空から伸びてきた数多の紐をよじ登る人々をよそに、長くなったひげを切り落とした。



9


その推理作家はフェアであるがゆえに、実際に殺人を起こしてトリックを使ったとしても、読者を意識するあまり、さりげなくヒントを残してしまっていて、逮捕されてしまった。



10


ネクタイ人は、首を切り落とされないよう鋼鉄のネクタイを巻き、寂しさからか、偽の笑顔を浮かべながら相手のネクタイと結び合っている。



11


五十三人目でやっと女性と付き合えるようになった彼の元に、五十二通の不幸の手紙が届いた。



12


届いたチケットの切り取り線に、切り捨て御免、という注意書きが書かれており、入場受付でチケットを渡せない人が続出している。



13


女ガンマンから、なんで気づいてくれないの、という手紙とともにたくさんの薬莢が送られてきた彼は、さらに愛の塊が込められたロケットランチャーを目の前で向けられている。



14


注文した荷物が壊れないようにしっかり梱包して安全に運ばれてくるというので待っていると、戦車がやって来た。



15


闇で悪さをしないように、太陽が和を照らしている。



16


いかに暇を持てあますかコンテストで、あらん限り何もしないことが怖くなり、ぽつぽつ仕事に戻っていく人が増え、最後に一人だけいつまでも空を眺めていた。



17


雨の上がった道にできた空を反射する大きな水たまりをみんなで覗いたら、一つ顔が多かった。



18


少年が宇宙旅行でなくしたボールを地球から遠く離れた場所で見つけた捜索隊は、もう自力で帰ることができないので、ボールだけでも、と地球に向かって投げ、地球を貫通してしまったことは知る由もなかった。



19


代役専門の女優を首になった彼女は会社員になったはいいが、仕事中に素の自分でいるのが辛く、日替わりで今まで演じた役で出勤し、今日は妖艶な女医で、社内がざわついている。



20


ロボットは、調子の悪くなった飼っている人間を動物のお医者さんに連れて行く。



21


恐怖のレストランで皿が用意されたテーブルで食事を待っていると、灯りが消え、一つの悲鳴と椅子が倒れる音が聞こえたが、しばらくして美味しい肉料理の匂いが鼻の内側に広がった。



22


法で裁けない者を暗殺する国家組織がいると噂が立ち、善良な市民は、殺されるよりはましだ、と軽い罪になりそうな悪さをし始めた。



23


大雪の静かな晩の孤独の帰路に、一人の足跡を踏み直して進んでいると、ベンチで雪だるまが休憩していた。



24


虫を操る少年が、冬の寒い朝に遅刻寸前に飛び起きると、冬眠していた虫たちも叩き起こしてしまい、騒がしい一日が始まった。



25


自分に巣食う邪念という妖怪を退治するために、その日、彼は早めに眠りについた。



26


口のない美女が、唇を奪う罪深き犯行を重ねる男のもとに夜な夜な現れては、返して欲しいという催促の手紙を置いていく。



27


全人類の統計を取るための実験で、神はいないか、という質問に嘘発見器は、神はいると全員の回答を示し、やはり神がいたずらしているとしか思えない。



28


男二人が奪い合う彼女の心が二つに割れてしまうと、年齢半分の年の頃の姿になった彼女が二人になった。



29


デッサン中の石膏像の表皮が突然ひび割れ、苦しそうに孵化するので、石膏を丁寧に砕くと、中から本人が出てきて、できれば生肌をこのポーズで、と裸体を描くことに変わりなかった。



30


汚れた血液を石鹸で洗う。



31


新しい題材を求めていた作家が天体望遠鏡をのぞくと、人魚のように泳ぐ流れ星を発見し、自分の目で確かめたいと、宇宙へ飛び出して行った。

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