水着回

 シャツを脱ぎ捨て、マヒルさんが真っ先に海へと飛び込んだ。


「ヒャッハー海だーっ!」


 アンちゃんとぴよぴよジュニアを除けば最も若いので、人一倍はしゃいでいる。

 これが若さか。

 それにしても大胆だな。


「チューブトップか。えらく決めてきたな」

 

 社長が、マヒルちゃんの水着に驚いていた。


 マヒルちゃんのスタイルはそこそこ、という感じである。ごくごく一般的な女性の体型だ。


「プライベートビーチで人がいない、って聞いてたんで。こういうときじゃないとこんなの着られないないっすから」


 声優のラジオでこの水着をもらったが、着る機会がなかったという。


「ありがとう姐さん、これでこの水着も浮かばれるっすよ」

「死んでないからな」


 マヒルさんは、一人でワイワイと楽しんでいた。


 ぴよぴよ一家は、赤子と砂の城を作っている。三人ともラッシュガードで、露出は控えめだ。まあ、彼らのサービスショットを求める人はいないだろう。


 グレースさんのお嬢さんは……トボトボとスマホ片手に歩いていた。父親と一緒に。フリフリのセパレートを着ている。彼女なりに、攻めてきたみたいだ。


「あー、スラッシュ・ドラゴン ウォークですか?」

「はいっ。レアモンスターがいるという情報がありまして」


 父親はアンちゃんと手を繋ぎ、正面を向いている。父親の視線を頼りに、アンちゃんがモンスターを探すという感じだ。


「なーんか、しまらないなぁ」


 焚き火台を設置しながら、オレはつぶやく。


 各々が、それぞれ別行動をしている印象を受ける。


「まあ、いいじゃないか。こちらはこちらで楽しもう」


 飯塚クリス社長は、テーブルの上で割り箸を削っていた。フェザースティックを作っているのだ。火おこしもマッチやガスバーナーではなく、麻紐とファイアースターターという本格仕様である。


「動画で見て、やってみたいと思っていたんだ。よし、火をおこすぞ」


 細い着火棒を小さい金属で擦って、火花を起こす。


「一発! すげええ」

「よし、ヒモに火が付いた。これを炭へイン! 花咲くん、炭を積み上げてくれ」

「はい!」


 空気の通り道を残しつつ、オレは炭を重ねていった。あとはひたすら仰いで、空気を送り込む。


「上出来だ、ハナちゃ……花咲くん」


 歯切れの悪い答えが、返ってきた。


「は、はい。てっきり新聞紙とライターで火をつけるモノかと」


 途中のトイレ休憩で寄ったコンビニで買おうかしらと、一瞬考えたが。


「私も同じことを考えていた」


 グレースさんによると、

「新聞のインクが具材に付着しまうからダメ」

 とのこと。手慣れてるなぁ。


 ちなみにグレースさんの水着は、昔懐かしいハイレグである。競泳水着に近いデザインだ。メンバーの中で、一番細い。


「火が安定してきたな。鉄板に具材を放り込むぞ」


 ワンボックスの荷台を占拠していた大半が、肉と魚介という組み合わせだ。


「道の駅で買ったから、全部新鮮だぞ」

「そうですね。いい匂いです」


 肉を焼くオレの隣では、グレースさんがずっと野菜を切っている。


「では、みんなを呼んできてくれ」

「はい。おーい!」


 全員を呼び戻し、食事になった。


「うまいっ! 焼きナス好きです。適度にしおれた感じが最高ですよね」

「光栄です。ウチの子にも食べさせたいのですが……」


 梶原さんが、アンちゃんにナスをすすめているが、アンちゃんは口にしようとはしない。

 好き嫌いは、誰にでもあるよな。


「肉サイコー」


 焼けたカルビに、マヒルさんは真っ先に手を付ける。小さい子もいるのに、大人げない。


「すんません。意地汚くて」


 本人も、よくわかっているらしい。


「ウチねえ、五人きょうだいの真ん中で、メシ争いが苛烈だったんすよ。だから一刻も早く一人暮らしがしたくってぇ、都会に出てきたんすよ」


 焼きおにぎりをハイボールで流し込みながら、マヒルさんはモゴモゴと話す。ひめにこと同じような設定だな。だから選ばれたのかもしれない。


「ちょうどね、女男の順で生まれて、あたし、下は弟がいて、末が妹っす」

「ごきょうだいは、今何をしてるんだ?」

「長女が二児の母で、長男が美容師、下の子はまだ高校っす。弟が受験だって」

「育ち盛りだな」

「みんなマジメな家系で、あたしだけがこうなったっす。一番放任だったんで」


 一家の中で、マヒルちゃんはもっとも自由人な生き方をしてきたらしい。まともすぎる一家で、窮屈だったのだろう。そこは飯塚社長と似ていた。


「それはそうと花咲さんさぁ」


 もうできあがった状態で、マヒルちゃんがオレの肩に腕を回してくる。


「姐さんにもっとさぁ、言うことないんすか? 水着褒めるとかぁ」


 缶を持っている方の指で、マヒルちゃんが社長を指す。

 水着を指摘され、飯塚社長が縮こまった。


「一緒に買ったときに見ただろ? 驚かないだろう」

「似合ってます、社長。デパートで見たときより、ドキドキします」


 オレが言うと、マヒルちゃんがうれしそうに「やっば!」と茶化す。


「言うっすね。やっぱり男はシャキッと正直にならないとっすよね。うん」


 新しいハイボール缶を開けながら、マヒルちゃんが「ふう」とため息をついた。


「社長、マヒルちゃんが一番楽しんでますね」

「あの娘が一番、働いているからな」

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