ぴよぴよファミリー

「お疲れさま」


 冷えたハイボールを、飯塚社長がマヒルさんへ渡す。


「あ~っ、緊張したぁ」


 戦い終わって、マヒルさんはハイボールを胃の中へと流し込んだ。さっきまで二時間飲みっぱなしだったというのに、彼女は自分の肝臓に容赦ない。


「全然緊張していた風には、見えなかったけれど?」

「何言ってんすか。この汗見て!」


 上着の革ジャケットを、マヒルさんが乱暴にはだけた。白いTシャツに、赤いスポブラがじっとりと透けている。胸は社長と違い、控えめだ。


 オレは残った寿司を皿へ移し、ラップする。明日の昼にまた食べようかな。寿司桶を洗って、外へ出す。


「今日はよくがんばったな。ごちそうしよう」

「焼肉がいいっす!」


 結構食べたと思ったが、まだ腹に入るか。若いなぁ。


「よしよし。ぴよ先輩一家も連れて行くから、小さい子どもが入ってもOKな店でいいか?」

「デザートの方に力を入れていようが、何でも入りそうなんで」


 とにかく、食べに行きたいらしい。


「グレース、条件に合う場所は?」

「ここから近い場所なら、席があるそうです」


 さすが秘書さん、もう予約を入れていた。


 次に、ぴよぴよさんのお宅へ。


「ぴよ先輩、これでいいだろうか? 赤ん坊を連れても煙くないぞ」


 社長が、ぴよぴよさんにスマホの画面を見せる。


「焼肉いいね。子どもがいると中々拝礼から。ありがとう」


 スマホの画面を見ると、ぴよぴよさんも快く同席してくれた。


「ただ、宴会席ではないんだ。席が別れてしまうが。他の店なら開いているが、煙たいぞ。赤ん坊には辛いかもしれん」

「話し合いするわけじゃないからね、別席でいいですよ」


 世間は、平日の午後だ。仕方ないだろう。


「ご同席ありがとうございます、奥様」


 ぴよぴよさんと同い年くらいの女性に、社長が声をかける。

 赤ん坊を抱きながら、ぴよぴよ夫人が笑顔を見せた。

 夕方になり、グレースさんの乗るバンで焼肉店へ。


「ふおお。このお店、バイクでよく横切るんですけど、入るのは初めてですっ」


 もうマヒルさんが、ヨダレを垂らす。


 オレはまず、ドリンクバーへ。

 みんなの飲物を淹れつつ、周囲を見渡す。


 お店の商品は、焼肉だけじゃない。アイスや寿司、カレーなども扱っている。もう寿司はいいかな。カレーは気になっているが。


「はいどうぞ。社長とグレースさんは、お茶でいいですね?」

「ありがとう」


 オレの向かいに飯塚社長が、隣はグレースさんの順である。


 山盛りの肉を載せた皿を持って、マヒルさんは社長の隣に座った。


 ぴよぴよさんご一家は隣の席で親子水入らずだ。まだ肉が食えない赤ん坊は、潰した焼き野菜を食べさせてもらっている。


 マヒロさんのハイボールが来て、いよいよ乾杯に。


「では楽しんでくれ」


 社長からの軽い挨拶の後、歓談となった。


 見たこともないぶ厚い肉を、マヒルさんが豪快に焼き始めた。肉を焼いても、煙が出ないタイプのロースターだ。これなら、赤ん坊連れでも安心だな。


「こんなタン、見たことないですよ」

「あたしもっすよ」


 焼き上がったところで、レモンを掛けてパクリ。


「うわあ、成功者の味です」

「どうなんだろうな。でも、たしかにうまい」


 豪快な食いっぷりのマヒルさんとは対照的に、飯塚社長は上品に肉を口へ運ぶ。


 さすがグレースさんだ。いい店を知っている。本格焼肉で赤ん坊連れOKの店なんて、チェーン店くらいだろう。しかし、その編み目をくぐってナイスな店を選んでくれた。


「遠慮するな。好きなだけ食べればいい」

「ごちそうになります、社長」


 オレは遠慮したが、マヒルさんは「あざっす」とだけ言って、ハイボールとカルビをパクパク放り込む。


 ライス片手に、オレはじっくりとロースを育てては巻いて食べている。オレはこれでいい。


 飯塚社長とグレースさんは、あまり箸が動いていなかった。ホルモン系をチビチビ食べている。オレたちの食い振りを見ているのが、楽しいんだとか。


「グレース。家族も連れてきたらよかったのに」

「家族は社員ではないので、お気になさらず。家は家で、FPSの公式大会で盛り上がっているので」


 グレースさん一家は、揃って相当のゲーム中毒らしい。オレより重症だな。


「ぴよぴよ先生、今日はありがとうございました」


 次にオレは、ぴよぴよ夫妻にあいさつをしに行く。


「いえいえ。勉強になりました。妻が作ったキャラが生放送で動くのを、喜んでいます。ひめにこも、妻が産んだキャラなので」

「といいますと?」


 オレが質問すると、社長が代わりに解答した。


「そういえば、伝え忘れていたな。【ぴよぴよ】というのは、ユニット名なんだ。奥さんがメインのデザイナーなんだよ。奥さんが考えたキャラを、先輩が動画として動かすんだ」


日吉ひよし」さんご夫妻は、大学で同人誌サークルをしていた縁で結婚したという。ダンナさんが動画などの可動部門を。主な美術面は、奥さんが担当するのだとか。それで【ぴよぴよ】ねぇ。


「先輩は奥さんを食べさせるために、技術系のブラック企業にいてな」


 首になりかけていたところを、『ならば面倒を見ましょう』と社長が引っ張ってきたらしい。


「おかげで、子どもまで授かりました。後輩ながら、飯塚さんには頭が上がらないよ」と、ぴよぴよさん夫は優しい声で語る。

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