クビ宣告(?)は、突然に

花咲はなさき! まったくどうしようもないな、キミは」


 課長の怒鳴り声は、部署じゅうに轟いている。


「すんません」


 ぐうの音も出ない。


「みんな給料をもらうために頑張っているんだ。それを、キミときたら、いったい会社をなんだと……」


「はい、はい」


 オレは頭を下げっぱなしだった。


 同僚たちも、我関せずと視線を合わせようとしない。


「しかも、本社の社長に睨まれるなんて! 私の首にもしものことがあったら、末代まで呪ってや……」


 けたたましく、電話の音が鳴り響く。


「なんだ! この忙し……あわわ社長!?」


 威張り散らしていた課長の態度が、電話のヌシによって急変する。

 一気に縮み上がり、小声で「はい、はい」と返答する機械に変わっていた。


「花咲、本社の社長がお呼びだそうだ」


「あーっ……クビッスかね」


「知らん。とにかく社長室へ行け。場所は知ってるよな?」


「はい」


 トボトボと、オレはその場を後にする。


「いつかはこうなると思ってたよ、電太でんた


 道すがら、机に座る太っちょの同僚から冷たいジョークが飛ぶ。


「お前がいなくなると、社内の空気が悪くなるから困るんだけどな。しかし、今回はさすがにフォローできん」


 オレもさすがに、苦笑いしか出ない。


「そうですよ。そもそも花咲先輩は、自由人過ぎです。その分、営業先からのウケはいいんですけどねっ。私も何度か助けられたし」


 女性の後輩からも、突き放された。

 投げつける言葉も、褒められているのか軽蔑なのかよくわからない。


「戻ったら、辞表の書き方を練習しないとな」


「死にたくなったら言えよ。HDのデータはもらってやるから」


「いらん。死ぬつもりなんてないやい」


 オレは太っちょに舌を出す。


「電太、いい転職先がある。ゲームライターのギャング梶原が、編集を募集してるぞ。お前ならイケるかも」


 ありがたい申し出だが、と断りを入れて、オレは首を横に振った。


「ゲームを仕事にするつもりはないかなぁ。あくまでも遊びというスタンスを貫きたい」


「わかった。戻ったら、何があったか教えてくれ」


「うい」


 同僚たちに手を振って、オレは社長室へ。

 これが今生の別れになるかも。


 エレベーターに乗りながら、気持ちを落ち着かせる。


 大昔に見たヒーロー映画に、悪徳エンジニアが出ていたのを思い出す。

 そいつは悪いボスに横領がバレて、悪事を働かざるを得なくなった。

 彼も、こんな気持ちだったんだろうな。


 ノックをすると、「入りたまえ」と威圧的な声が。


「失礼しまーす……」


 オレは、木製の扉をあける。


 広い。おそらく小さめの柔道場くらいはある。

 しかし、テレビドラマでよく見るだだっ広い部屋を連想させた。

 気が遠くなる。


 窓に視線を向けているのは、タイトスカート姿の女性だ。

 飯塚いいづか 久里須くりす、オレの勤めるニコラ社のトップである。


 壁は、一面が姿見になっていた。


 飯塚社長とオレの姿が、鏡状の壁に移る。


 遠い。これが、オレと社長の距離である。

 

 相手はオレより、二学年年上だ。

 しかし影響力は、三年と一年なんててレベルではない。

 二歳しか違わないのに、どうしてここまでの差があるのか。


「花咲 電太、ただいま参りました」


「秘書の麗花れいか・グレースです」


 眼鏡をかけた中年の女性秘書が、オレに一礼をした。

 左手の薬指に、指輪がしてある。


「花咲さん。本日お呼び立てした理由は、ご存じですね?」


「は、はあ」


 クビ宣告ですよねぇ。


 もう一度、姿見に視線をそらす。

 さらばスーツ姿のオレよ。

 生まれ変わったら勇者にでも転生したいよねえ。


「花咲くん」


 社長が、オレに振り返る。


「はいっ」


「キミはゲームは得意か?」


「ま、まあまあです。腕は大したことないですね。プロ級ではありませんが、人よりはプレイしている方かと」


 正直に答える。

 ここでイキって「ゲームなら大得意ですよぉ。シューティングや格ゲーなら、全国一位です!」なんてウソをついてみろ。

 虚言が発覚したら、たちまち処刑だろう。


「じゃ、ゲームは好きか?」


「たいだい、どのゲームも偏見なく遊ぶタイプですかね」


 好き嫌いは、とにかく遊んでから決める方だ。そう告げた。

 それと会社と、何が関係あるのだろう?


「キミに折り入って、頼みがある」


「なんでしょう?」


 よかった。クビじゃない。


「この度、我がニコラ社は新しい部署を設けたいと考えている。アミューズメント系だ。そのアドバイザーとして、キミを迎えたい」


「マジですか?」


 ゲームが趣味なヤツがなりたい職業、そのトップクラスにオレはなれるのか。すげえ。


「お願いできるか?」


「……条件によります」


 何を言ってるんだ。

 ここは二つ返事で「はい」だろうが。

 ゲームする時間がなくなるのが、そんなに惜しいか?

 いや、惜しいのだ。本能ではそう言っている。


「頼む。キミしかいないんだ!」


 社長がなぜか、オレにしがみついてきた。


 やめてください。色々柔らかいモノがオレの足に当たっているので!


「頭を上げてください社長」


 できれば、振りほどきたい。

 が、ケガをさせるわけにもいかないよな。

 オレはなすがままに。


「私と一緒に、ゲームを遊んでくれないか!」


「はあ……」


 状況が、理解できない。 

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