繁栄の火~言祝ぎ

 社の入り口に立ち、炎をみる。

 飲めや歌えやの騒ぎはまだ続いている。

 一族の望みは、子をなすこと。

 それは、繁栄の証。

(あたしは女として、それをしなければいけない)

 炎をみていると、そんな役割なんてどうでも良くなる。

 

 自分の心の炎を燃やせ。

 空に向かってのびあがれ。

 役割を全うするために生きるつもりでいたけれど。

 アイノは実は、自分がずっとこの祭りを楽しみにしていたことに気がついた。

 他の一族と会える。

 どのような暮らしをしているのか、話しを聞くことができる。

 先程の若者の、手の刺青の意味。山での暮らし。

 それは自然と心から湧き出てくるもの。純粋な、喜び。

(今日は、交流を深める場でもあるものね)

 そうと思えば心は決まった。

 アイノは駆け足で焚き火の元へ戻ることにした。



 そこには既に、見慣れた人たちの姿は少なかった。イヨと鷹族の青年もいない。

 アイノは草原からくる風馬族の一団をみた。海が珍しいのか、彼らは砂浜にたむろって、のんびり語りあっている。

 彼らの腰にはみな剣を下げるベルトがしてある。今日は祝いの席なので、外してきたようである。

(草原って、どんなところなんだろう)

 いきなり話しかけるドキドキよりも、ワクワクのほうが優っている。アイノは一歩進み出ようとした。

「ねぇ」

「え?」

 みると、あの熊族の青年だった。さっきとは少し雰囲気が違う気がする。どこか自信なさげな様子なのだ。

「何ですか」

 じりっと後退りしながら答えると、彼は眉尻を下げた。

「イサナ一族でしょ? きみ。俺、普段山にいるから、海が珍しくて。どういう暮らしをしてるのか、教えて欲しくてさ」

「え?」

 アイノは首を傾げた。さっきとは、あまりにも様子が違いすぎる。けれど、今の方が自然体にみえる。

「どうかな。ちょっと、話さない?」

「そういうことなら……」

 話してみたいことはたくさんあるし、聞いてみたいこともたくさんある。

「あのね、いい場所があるの」

 それは、心の底からの笑みだった。



 彼の名は、タルホと言った。

 普段は高山の奥地で暮らし、さらに高い山々を眺める場所で暮らしている。

「1番高い山は、エルバスという。一面氷で閉ざされていて、誰もその地へは近づけないんだ」

「そこには何があるの?」

 口からどんどん質問がでてくる。それだけタルホの話が面白いのだ。

 彼はそっと声をひそめた。

「言い伝えでは、白い竜が住んでいるらしい。でも、その姿をみたものは誰もいないんだって。長老のじっちゃんでもないらしい」

 タルホは、星熊族の最長老の孫らしい。知識が豊富で、話も上手だ。

「竜は、なにをしているんだろう?」

「それはわからないけれど、でも俺たち星熊族はその聖域を守ることが役目なんだって」

 タルホの目は、真っ直ぐに岩社から覗く海をみていた。揺らぐ青い光に照らし出された横顔は、とても優しいものだった。

(人の印象って、わからないものね)

 先程は、緊張していたらしい。

 イサナ族と話しをするのを楽しみにしていたが、いざとなったら、どうしたらいいのかわからなくなってしまったらしい。

「青銀山脈って、どんなところ?」

「うーん」

 タルホは腕を組んだ。

「一言で言うと、星が近いって感じかなぁ」

 部族はそれぞれ、普段は持ち場所から離れない。それぞれの家系の守り神に日々の平和を祈りながら生活している。

 対立しているわけではなく、それぞれの持ち場を距離感を持ちながら守っているという感じである。

 アイノがいつか青銀山脈をみてみたいというと、タルホは嬉しそうになった。

「ぜひ来てよ。アイノさんにもあの山々を見てみて欲しい」

 ひとしきり話したあと、二人は岩社の洞窟を出た。

「こんなとこで何してるんだ?」

 みると、マヒトだった。肩に釣竿を担いでいる。少し頬の辺りが緊張している。

 しかし、アイノが説明をすると興味を引かれたような顔になった。タルホの方も最初こそ強張っていたが、だんだん肩の力が抜けてきたようだった。

「エルバス? その竜の住処、おもしろそうですね」

「はい。マヒトさんも、ぜひ遊びに来てほしいです」

 どうやら二人は、人としてならそもそも気が合いそうだ。二人の様子を眺めていたが、アイノははたと思い出した。

「そういえば、マヒト誰かに妻問いしたの?」

「ん?」

 あからさまに忘れてたという顔になる。

「うーん。俺は、してない。まだ考えてないんだ」

「ふうん?」



 二人と別れたあと、アイノはのんびり家に戻ってきた。

 隣の家の玄関先で、先日赤ちゃんを産んだ娘が、赤ん坊を抱いて幸せそうにしている。傍には旦那さんもいて、すごく幸せそうな風景だった。

 夫婦は幼馴染であり、子どもの頃から将来一緒になることを約束していた仲だという。

 憧れの気持ちがないわけではないのである。

 ただ、自分がそうするという気持ちがわいてこないことは事実で。

 そう、相談したことがある。すると、娘は笑って答えた。

「まだきっと、そこまで思える相手に、出会えてないだけじゃない?」

 自分にとって、そう思える相手に出会える将来はあるのだろうか。

「今のままじゃ、ダメな気がするな」

 妻問いされなかったことを、何と言われるだろう。

 でも、いまのままじゃ、自分が求める将来は得られない気がするのだ。

「タルホという友達ができた。マヒトととも少し話せた」

 一つ一つ、自分の芯の気持ちに素直になろう。

「そうしていけば、あたしはたぶん大丈夫だな」

 自分の望む方向に向かって、進んでいこう。

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