書物への想い

 海祭りが明け、アイノは1人岩社に来ていた。イサナのはじまりの書物を読むためだった。

「おや、また来たのかい」

 ファーリが杖をつきながら現れた。


「ファーリさま、あたしこう言う書物を書くひとになりたいんです」


 アイノの発言に、ファーリはホホホと笑った。

「なかなかなことを言う。お前はこの村で機でも織って、子どもを作ってくらしていけば幸せじゃろう?」

「それは……」

 多くの娘が送る、平凡な人生である。それを否定するつもりはない。

 でも、とアイノの心がいう。

 書物がもたらすわくわくは自分には必要なものなのだ。

「あたし、お話を作るのが好きなんですよ」

 ファーリはうむうむと頷いた。

「では、どういうものを書きたいのかね?」

「どういうもの……」

 焚火の周りで聞かせてもらえるような昔話。

 お母さんと一緒に考えた物語。それは、読んだ人が嬉しくなったり、楽しくなったりするものかな、と思う。

 アイノがそう伝えると、ファーリはならそれをやればいいではないか、と答える。


 なんとなく腑に落ちない。

 あたしがなりたいのは、ただお話を作るだけではなくて、それで報酬を受け取り、生活をすることなのだ。

 機織りや染物も嫌いと言うわけではないが、女同士の集団作業があまり得意なわけではない。

(そういう理由で考えてはいけないのかもしれない)

 書物を書く人というのは、選ばれた人なのかもしれない。

 誰も彼もが書物を書く人にはなれない。

(とうていできる気がしないわ……)

 肩を落とし、岩社を後にするアイノを、ファーリはにこやかに見送った。

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