第16話 ノー・ライゼズ




 先手。

 ライゼスは供物台をセット。


「『監察かんさつ』をプレイ――手札を公開しておらうぜ?」


 勝ちほこったようにライゼズは、限定版レアカードをしめしてそう言った。


「…………」


 秋人は手札を公開。確認したライゼズは哄笑こうしょうした。


「ハハッ! 供物台ないのに手札キープしてやがる!」


 耳障みみざわりな声を上げるライゼズに、秋人は無言を通している。


「…………」


 供物台ゼロ枚。

『メイジ・ノワール』は供養台から得られる暗黒魔力により、黒魔術カードを駆使くしする。供物台がなければ、呪文をとなえることはできない。


「ご愁傷しゅうしょうさま。運に見放されたな? 二回も再契約して、手札には一枚も供養台がないとは……」


 ライゼズは手元のメモに、公開された秋人の手札カード名を書こうとした。

 そんなライゼズを、秋人は制止した。


「その必要はないぞ」

「……?」


 手札を公開したまま――それもカードをライゼズに向けて盤面ばんめんに置いた。秋人からすれば逆向きに置いている状態だ。


「なんだ? もう勝ちをあきらめたか?」


 トランプのババ抜きやポーカーで、自分の手札を公開しながら、しかも相手に見やすいようにカードを提示するバカはいない。


 だが――。


「公開情報になったものを、こうして広げているだけだ」

「…………」

「ターン・エンドだな?」


 秋人が問う。

 舌打ちを返事代わりにしたライゼズは、追い払うように手を払い、ターンをゆずった。


「俺のターンだ――」


 後攻。秋人のターン。秋人は山札からたったいま引いた供物台をセットした。

 これにはフィーチャーテーブルをかこむ観衆がどよめいた。


「今、引いた……のか?」

「『聖堂騎士団』をプレイ。攻撃」


 信じられないというように、ライゼズは盤面を凝視ぎょうししたまま、固まってしまった。手札をもつ手の指が、かすかに震えている。


「どうした? 攻撃だ」

「……ダメージを受ける」


 渋々しぶしぶライゼズがダメージを減らして記録する。


「供物台を引けたとしても、お前の手札は公開されている。たったの四枚。こっちは……五枚……?」


 ライゼズは秋人と自分の手札の枚数差にハッとした。

 ごくりと生唾なまつばを飲み込む。


「盤面にはどちらも供養台一枚。こっちは打撃要因の『聖堂騎士団』がいる。さて、盤面の合計枚数は――」


 ライゼズ、六枚。

 秋人――六枚。


 後手のドローと(+1)。

 意味のない手札公開強要カードの消費(−1)。


「二枚差あったハンデは、うめめられたようだな? ターンエンドだ」

「……くっ、まだ手札差一枚の格差があることを忘れるなよ!」


 続くライゼズのターン。

 気合を入れてライゼズはカードを引く。「くそがっ」とうめいて供養台をセット。ターンエンド。

 

 返しの秋人のターンである。


「供物台をセット」


 秋人の宣言に、さらに会場がどよめく。

 ライゼズも動揺どうようを隠せないでいる。

 

「なっ……!? 今引いたのか?」

「運に見放されてはいなかったみてーだな……ああ?」


 秋人は、666ナンバー・オブ・ザ・ビーストすごんで見せる。

 高校生とも思えぬ威圧いあつ感に、ライゼズはひるんだ。




◆ 勝美視点 ◆


「トップデッキ!? 運がいいわね……」


 勝美が感心したようにうなる。

 

 トップデッキ――必要なカードを最高の瞬間に引き当てる幸運。たった一枚のトップデッキで形成を逆転させることもできる『メイジ・ノワール』が運ゲーとも揶揄やゆされる所以でもある。


「いや……」と宮下部長が割って入る。


「…………?」

「駿河氏のプレイは計算されたものです。手札七枚の中に含まれる供養台の枚数は、六〇分の一八。ほぼ確実に一枚入っている計算になる。さらに、再契約でカードを引き直しても、手札の数は減っていますが、デッキの上に載っているカードが供養台である確率は……」

「確率上、それが期待されるからそうしている、と」

「おそらく」

「…………」


 感心する思いで、勝美は〝あの人〟の横顔を見た。


 二度の再契約によって手札を減らし、ライゼズの第一ターンからはその手札も公開。


 ライゼズの圧倒的有利。勝利は絶望的……に見えた。なのに――〝あの人〟は、逆に攻勢に打って出て、相手のライフを削り始めている。


 二ターン連続で供養台を引き当てられたときのライゼズの表情といったら! それまでの威勢いせいのいい態度から一転、れたドブネズミのようにシュンとしているではないか。


 勝美の屈辱くつじょくを、〝あの人〟が晴らしてくれている――応援するこぶしに、さらに力が入った。

 



◆ ライゼズ視点 ◆



 こんなはずではなかった――自分のほうが圧倒的に有利だったはずだ。ライゼズは自らに言い聞かせ、カードを引いた。


 引いたのは、『冥界のネクロマンサー』。デッキのキーカードだ。しかし、『冥界のネクロマンサー』では、目の前の盤面に展開する666ナンバー・オブ・ザ・ビーストの軍勢をどうにもできない。


 ――押し切られる。


 四ターン目。ライゼズは長考していた。


 相手を苛立いらだたせるためだ。ゲームの流れ、いきおいというものを、自分のペースに巻き込む意味合いも、ある。


 遅延ちえん行為は違反だった。だが、トーナメントセンターはライゼズのシマだ。ジャッジだって知らない仲じゃない。少しは大目に見てくれるさ、とライゼズは考えている振りをして、666ナンバー・オブ・ザ・ビーストうかがい見た。

 

「…………!」


 あろうことか、ヤツは苛立いらだつどころか、姑息こそくな手を使うライゼズをあざ笑うかのような、侮蔑ぶべつの目を向けてくる。


「くそが……っ」


 手札を眺め、ライゼズはうめいた。いくら逆転の糸口を探っても、この手札では打開できそうにない。デッキの回りがよくないのだ――ライゼズはすでに二戦目をどう戦うかを考え始めていた。


 二戦目以降は外典アポクリファの使用が認められている。そこには、昨日、偵察した666ナンバー・オブ・ザ・ビーストのアグロ対策カードがある。


 一戦目は捨てて、二戦目に賭けるか? であれば、あまり自分のデッキの全容を相手に見せないほうが得策ともいえる。


 そのとき。ライゼズはふっとフィーチャー席を取り囲む観衆の中に、初戦で戦った女性プレイヤーの姿を認めた。たしかトーナメントセンターの店員だったか。そういえば、初戦、666ナンバー・オブ・ザ・ビーストはフィーチャー席の試合を観戦していた。


 ライゼズが『絶滅の契約』をプレイして、女性プレイヤーのカードをすべて破壊したのを見ている。


 思わずニヤリ、とライゼズは口元を緩めた――使える。ライゼズは、揺さぶりをかけてやろうと口を開いた。


「おまえ、この状況で『絶滅の契約』打たれたらどうするつもりだ?」

「持っているのか?」


 666ナンバー・オブ・ザ・ビーストが問うてくる。

 乗ってきた。


「お前の知り合いだろ? 観衆の中にいるあの女?」


 ライゼズがあごでしゃくったが、相手は見向きもしなかった。


「ゲームと関係あるのか?」

「初戦で俺は『絶滅ぜつめつ契機けいき』で盤面ばんめんぎ払った」

「そうか……それで?」

「なっ……」

「わざわざ警告してくれているのか? 盤面ばんめん展開しすぎると、破壊呪文で一掃いっそうするから気をつけてくださいね、と」

「…………」

「ありがとう……とでも言うと思うのか?」


 何なんだ、この嫌味は? ライゼズは腹が立った。


「……っ!? 全滅させてやる……」

「フン……できないな」

「ああ!?」


 鼻で笑って即座に否定した666ナンバー・オブ・ザ・ビーストに、ライゼズは食って掛かった。


「どうしてそんなことが言える! さてはお前! 俺のデッキを盗み見たな! ジャッジ!」


 ライゼズの肩にジャッジの手が置かれた。

 静かに首を振っている。


「…………」


 スリーブの入れ替えで、むしろライゼズのほうがまじまじと相手のデッキを見ていた。完全なブーメラン――無言で首を振るジャッジがわかるね、という目を向けてくる。


「どうした? ジャッジに見放されたか?」

「貴様……っ」


 ライゼズはぐっと奥歯をめた。

 なのに、666ナンバー・オブ・ザ・ビーストはさらにライゼズを逆なでするようなことを言った。


「ライゼズ――お前のデッキはコピーデッキだ」

「……!!」


 ぐさり、と胸元をナイフで突き刺されたような衝撃をライゼズは覚えた。


「『冥界のネクロマンサー』デッキが隆盛りゅうせいしている現環境において、原典メインボードからアグロ対策しているやつはいない。コピーデッキならなおさら、お前のカードリストに『絶滅ぜつめつ契約けいやく』はない」


 くやしい。

 浅はかなブラフだと相手に見透みすかされたことが。


「さあ、お前のターンだ。どうする?」

「……次の試合にいこう」


 ライゼズは盤面ばんめんのカードを片付け始めた。


「ん? それはどういう意味だ? 投了とうりょう、という意味か?」

「……そうだっ!」


 一戦目、敗北。

 まあ、それは仕方ない。


 さっきはブラフだったが、外典アポクリファには、ちゃんと『絶滅ぜつめつ契約けいやく』がある。


 実際、初戦ではこのアグロ対策がこうそうしたのだ。


 ライゼズは、外典アポクリファから二枚のカードをデッキ(原典オリジナル)に加えた。


外典アポクリファから二枚カード投入か……『絶滅ぜつめつ契約けいやく』二枚だけでいいのか? 苦手なアグロ対策が?」

「な……に……?」

「オリジナルを生み出せない人間が、オリジナルを改良することはできない。改悪はできてもな? 外典アポクリファのたった二枚のカードしか、お前はアグロ対策できなかったってわけだ」

「『絶滅ぜつめつ契約けいやく』を打たれて、泣くんじゃねえぞ、カスが!」

「六〇枚中、二枚のカードを引く確率に、お前は残りの勝負賭けるわけだ。ご苦労さんなことだ」


「…………」


 ライゼズの目の前で、666ナンバー・オブ・ザ・ビースト外典アポクリファの十五枚を見せた。


「いいか? オレのデッキはな? 『冥界のネクロマンサー』デッキが流行ってるから、高いカードを使いたいっていうイキったバカをなんだよ」


 そして――その一五枚の追加カードすべてを投入したのである!


 ライゼズの対策カード二枚に対し、相手は一五枚。

 

 しかも、原典オリジナルでは手脚も出ない……。


「――鏖殺おうさつされるのは、オレか? オマエか?」

「…………」


 言い返せない。

 足下からガクガクと震えが止まらなくなってきた。


 俺は、負ける――。


 第二ゲームが始まり、先手を取ったライゼズは、自分の手札を確認した。

 供物台なし。


 引ける。666ナンバー・オブ・ザ・ビーストだって、そんな手札をキープして、第一戦を制したのだ。


 返しのターン。

 引いたカードに自らの運命を悟った。


 ――供物台なし。


「……負けだ」

 

 もう、立ち上がれないノー・ライゼズ

 ライゼズは、投了とうりょうを宣言した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る